【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第24章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ブループリント~ 第23章②
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第24章

  # # #

 七年ぶりに再生したそのCDを、僕は最後まで聴かずに止めた。
 あれだけ色鮮やかだった僕たちの音楽は、今ではその精彩を欠いていた。
 それから、あの五人の写真をもう一度眺めてみる。
 そこに写る僕たちが色褪せて見えるのは、過ぎ去った年月のせいだろうか。
 CDをケースに戻し、写真もそこへ一緒に挟んでケースを閉じた。
 高校時代の思い出を収めたプラスチックを、僕は引き出しの奥にしまい込んだ。

  # # #

 東京の大学に進学した僕は、都内で一人暮らしを始めた。
 高校に合格したときには絵梨奈にすぐメールで報告したものだが、このときは何も伝えなかった。
 音楽から色が消えて以来感じるようになった、絵梨奈と言葉を交わすことに対する心理的な抵抗。それは高校を卒業しても消えなかった。
 幸か不幸か、絵梨奈から連絡が来ることもなかった。

  *

 四月に入って数日の間に、健康診断を済ませ、サークルの説明会を覗き、そして入学式を迎えた。
 入学式は午前中で終わった。実家からやってきていた母と昼食をとったあと、僕は一人、スーツ姿の新入生の集団の中を縫うようにして学部棟へ向かった。
 午後から新入生は学部ごとにキャンパス内の別々の棟に分かれ、その中でさらに学科ごとに分かれた。履修登録の方法から、大学内の施設の使い方、学生生活を送るうえでの注意点などについてひととおり説明を受け、それから分厚い教科書を買わされた。
 帰る頃には僕のリュックは朝の倍以上の重さになっていた。さらに手には大学の名前が入った手提げ袋。この中に入った冊子や書類の束には、ろくに目を通すこともないだろう。
 キャンパスを一歩出たところで立ち止まり、あたりを見回してみた。
 人の密度も建物の密度も、僕が生まれ育った場所とは桁違いだった。
 東京に来たことはあったが、大学周辺は入試の際に一度訪れているだけの、ほとんど知らない土地だった。
 僕が通う大学は、これぞ東京ともいうべき都会の中にあった。
 キャンパスも、一般的な大学のそれとは異なり、どちらかというとビルが密集しているような場所だった。

 知っている人でもいたらいいのにな、と思った。
 未知の環境に一人で放り込まれることには、やはり心細さを感じる。
 僕はたぶん、変化を好まない性格なのだ。
 席替えやクラス替えだって、僕の中では楽しみよりも不安のほうが大きかった。
 小学校の入学式の日、見知らぬ人に囲まれた教室で、僕は一人で泣いていたことを思い出した。あのとき絵梨奈が声をかけてくれなかったら、僕はどうしていただろう。
 まして今回は住む場所からして異なるのだ。高校までとは比較にならない。
 ああそうか。もしかすると絵梨奈は高校に入った頃もこんな感覚を味わったのかもしれない。
 それを言ったら、高校入学と同時に引っ越してきたというあいちゃんだって、似たような気持ちになったのだろうか。
 そんなことを考えていたときだった。

「なんでいるの!?」

 聞き覚えのある声がした。
 声がしたほうを振り向く。
 そこには、ついこの間まで同じ高校で、同じクラスで、同じバンドをやっていた──

「あ、あいちゃん!?」
 相澤藍花──あいちゃんの姿があった。

 入学式だったので、あいちゃんも僕と同様、スーツを身にまとっている。彼女とは何度も会っているが、スーツ姿というのは新鮮だった。
「びっくりしたよ。まさか湊がいるなんて」
「僕も知らなかった。あいちゃんもここ受けてたんだね」
 あいちゃんは僕と同じ学部の、物理学科に入ったという。彼女もちょうど学科のガイダンスが終わり、これから帰宅するところだったらしい。
 僕たちは一緒に最寄り駅まで歩いていくことにした。
「湊のとこは、数学? 学科の名前からして、ただの数学科って感じでもなさそうだけど」
「数学と情報をやるっぽい。必修でプログラミングもあるらしい。授業で使うからって、さっそくノーパソ買わされることになったよ」
 僕は理系に進むことにしたのだが、理数系科目がこれといって得意だったわけではない。単につぶしが利くだろうという、そんな浅い理由だ。
 大学だって、都内ならわりとどこでもよかった。進学先は、世間一般的にはまあまあのレベルだが、僕の出身高校では生徒も教師も滑り止め程度にしか考えないような大学だった。
 だから同じ高校出身の学生がいること自体驚きだし、それが僕のよく知っているあいちゃんだったからなおさらだった。

「ところでさ、サークルは決めた?」
 あいちゃんが話題を変えてきた。
「どうしようかなぁ」
「軽音サークルには入らないの?」
「……覗いてはみたけど、なんか違うなって思った」僕は数日前の、サークル説明会の日を思い出した。「軽音サークルのブースに行ったら、新歓ライブってやつに招待してもらえたんだけど……こう言っちゃなんだけど、全体的にレベル低かった」
 軽音サークルは正直、ここじゃない、というのが率直な感想だった。
 ライブでも粗が目立っていた。リズム隊は走るしギターは雑音にしか聞こえないし、ボーカルは音感もリズム感もあったものではない。
 もし色が見えていたら、お粗末で見苦しいものがあふれ出ていたに違いない。
 改めてpaletteや、ミューブレに出るバンドのレベルの高さを知った。
 僕は音楽はそれなりに好きではあったが、バンドをやりたいわけではなかったことに気づいた。
 高校時代は、メンバーの技術が高いからそこにいた。居心地がいいからそこに身を置いていた。
 それだけだ。それだけだったのだ。

「第一、僕はもう音楽はやらないって決めたからさ。軽音サークルに入る理由はないよ」
「……そっ、か」
 どこか寂しそうに、あいちゃんは答えた。
 少しだけ間を空けて、彼女は続けた。
「私も、軽音はやらないことにした」
「あいちゃんも?」
「うん、私は放送研究会ってとこに入ることにしたよ。高校の放送部とはまた違った感じっぽいけど、音楽やらないなら私は放送かなって」
「放送か。いいんじゃない? ほら、高校でも頑張ってたしさ」
「えへっ、ありがと」
 あいちゃんは顔を綻ばせた。
 彼女にとって放送というのは、高校時代、バンドに勝るとも劣らない大きな柱だったはずだ。僕は素直に応援したいと思った。

 話をしているうちに駅に着いた。
 大学から徒歩約五分。ここから都心へも郊外へも一本で行ける。
 この駅には複数の路線が乗り入れているが、僕とあいちゃんは同じ電車を利用していた。
 あいちゃんも都内で一人暮らしを始めていた。駅から、僕の家と反対方面へ三十分ほどの場所に住んでいるらしい。
 僕が帰る方面に向かう電車が、ちょうどホームに来るところだった。
 じゃあ僕はこれで、と言いかけたところで、
「湊」
 と、あいちゃんに呼び止められた。
「高校の卒業式、一緒に写真撮ったの、覚えてる?」
 僕は頷いた。高三の夏以降、トイチ、キスケ、翠ちゃんとは会話することすらなくなってしまったが、同じクラスだったあいちゃんとはそれなりに話していたし、卒業式の日には写真を撮ったのだ。
「大学の卒業式でも、また湊と写真撮ってもいい?」
「もちろんだよ。そのときは、四年ぶり二回目になるね」
「じゃあ約束ね」と、あいちゃんは嬉しそうに笑った。僕も笑顔を返した。
 見知らぬ土地で、こんなふうに笑い合える人と再会できたのは感謝すべきことだろう。

 発車ベルが鳴ったので、急いで電車に乗り込んだ。
 振り返ると、窓の向こうであいちゃんがこちらに手を振っていた。
 僕も手を振り返した。

 窓の外を流れる景色を見て、ふと思う。
 ──絵梨奈は一体、どこにいるのだろう。
 僕と絵梨奈は、小一から中三までの九年間のつき合いだった。
 彼女との間に、思い出と呼べるエピソードは決して多くない。
 それでも未だに忘れることができないでいるのは、九年という時間の大きさだろうか。
 いつか絵梨奈と会うことはあるのだろうか。
 けれど、進学先が東京だろうというのも、あくまで憶測でしかない。
 東京に来てしまったので、スノウドロップの写真も撮れない。絵梨奈と僕をつなぎ止めるものはもうないのだ。
 そもそも何千万もの人が入り乱れる東京という街で、特定の一人を探し当てることなんてほぼ不可能だった。

 あいちゃんと大学で会えたのは、もはや奇跡といっていい。
 彼女との再会は少なからず僕に影響を与えることになるのだが、それはもう少し先の話だ。

  # # #

 東京に行けば絵梨奈にまた会えるかもしれない。かつての僕はそんなことを考えていた。
 しかし結局、都内で絵梨奈と遭遇することは一度もないまま、僕は二十歳を迎えた。
 今から五年前。成人式。
 絵梨奈と会ったのは、このときが最後になる。

  # # #
 
 
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