
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
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◆ 第23章②
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音楽から色が消えてしばらくの間は、まるで生きた心地がしなかった。
音楽に色がない世界は、こうも虚しいものなのか。ずっとそんなことを考えていたものだった。
音楽をやらない決意をしたことで、日常生活に支障が出ないくらいには精神的に安定してきた。
ただ、色が見えない感覚には慣れても、もう一度演奏しようという気にはどうしてもなれなかった。僕は鍵盤にも触らなくなっていた。
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高校最後の文化祭、絵梨奈は東京から駆けつけてくれた。
絵梨奈は僕が元気でいたことに、何より安心していたようだった。
実をいうと、文化祭のことを絵梨奈にメールで伝えたときには、すでに音楽から色が消えていることには気づいていた。
けれど、そのことだけは絵梨奈に言うことができなかった。メールのやりとりの中でも、もちろん直接会ったときにも。
絵梨奈にさらなる心配をかけたくなかった。
それ以上に、僕は彼女のヒーローでありたかった。
色が見えなくなったことを絵梨奈に伝えたら、僕はヒーローではなくなってしまう。そんな気がしたのだ。
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paletteについては、高三の二学期から卒業までの間、僕は同じクラスだったあいちゃん以外とは言葉を交わさなかった。
僕たちは音楽を通じてつながった。音楽くらいしか共通点がなかった。
音楽を辞めると言ったら、つながりが切れるのは必然だった。
それまでpaletteには、メンバー間の衝突らしい衝突なんてなかった。
三年間バンドをやってきて、やっと五人で奏でる色が見えてきた。そんな折の出来事だったからこそ、対立を深めてしまったのだろう。
結局、文化祭ライブも卒業ライブも、paletteは参加を辞退した。
僕が色に頼らずに演奏していれば、こんなことにはならなかった?
絵梨奈のヒーローになろうとしなければ、この結末は避けられた?
いくつもの憶測が、あとから次々と頭に浮かんだ。
彼らの進路も、僕は知らない。
ひとまずここからは、僕の進路について書いておこう。
東京の大学に行きたい、とは漠然と思っていた。
明確な目標があったわけではない。単に、絵梨奈も東京の大学に進学するだろうと思ったからだ。
彼女のことだから一流と呼ばれる大学に受かるに違いない。同じ大学には入れないとしても、同じ東京なら会える可能性はあると思ったのだ。
とはいったものの、三年生の初め頃に作曲に没頭していたことや、音楽から色が見えなくなって気持ちが塞がっていたことなどが影響し、僕は秋になってもなかなか勉強に身が入らなかった。
誰に指摘されるでもなく、僕は悟った。
中学まで優等生の体裁を保てていたのは、絵梨奈が側にいたからだったのだ。
自主性の尊重とそれを象徴するような私服登校、という高校の校風がさらに追い討ちをかけていたと思う。自由が許される環境で、はりぼての優等生だった僕はたちまち化けの皮を剥がされた。
規則に縛られるストレスはないが、逆に誰も自分の道を示してくれない。自分がまっとうな道の上にいるのか、それとも外れてしまっているのかさえわからないのだ。
センター試験の結果は悲惨なものだった。
けれどそこでようやく、自分はどこの大学にも入れないのではないかという危機感が生まれた。このことが、短い期間ではあったが真剣に勉強するきっかけになった。
結果として、なんとか東京の私立大学に合格することができた。
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スノウドロップの写真は、この年には送っていない。
受験まっただ中の時期なので、絵梨奈に迷惑がかかると思った──などというのは、あくまで建前だ。
本音を言ってしまうと、下手にメールでも送ったら、音楽に色が見えなくなったことを何かの拍子に絵梨奈に知られてしまうと思ったからだ。
つまるところ、ボロが出ないように接触を避けていたのだ。
ヒーローでなくなってしまった引け目と、それを隠しているうしろめたさ。
そんなちっぽけな感情で、僕たちの約束は破られてしまったのだった。
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