
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
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◆ 第19章②
*
卒業ライブの前の、最後のスタ練の日のことだった。
この日はあいちゃんが放送部の用事あるということで、少し遅めの時間にスタジオを予約していた。
あいちゃん以外の四人はそれまで、楽器店の隣のカフェで時間をつぶしていた。あいちゃんには事前に連絡しておいたので、用事を終えたらここに来るはずだ。
すると、僕たちの隣のテーブルに、同級生の男子三人組のグループがやってきた。
「お、paletteじゃん」一人が僕たちに声をかける。
「よぉ、タケか」奥の席に座るトイチが返事をした。
学校と駅の間にある店なので、うちの生徒がこうして学校帰りに立ち寄っていくことも多いのだ。
彼らは席につくと、僕たちに体を向けてきた。
「今度の軽音部の卒業ライブ、見に行くからな」
「俺も行く。目当てのバンドはほかにもあるけど、やっぱ一番はpaletteっしょ!」
タケ以外の二人も口々に言う。
こうして注目されるというのはありがたいものだ。僕たちはそれぞれにお礼を返した。
「そうだ」最初に声をかけてきたタケが、身を乗り出して言った。「この前のCDも聴いたぜ。すげぇかっこいい曲じゃん!」
「えっ、CD?」キスケが驚く。
「トイチからもらったんだ。paletteの曲が入ったCD。あれキスケが作ろうって言ったんだって?」
「そ、そうですけど、あれは卒ライで来た人に配る予定のもので……」
「悪いな、キスケ」トイチがキスケの言葉を遮った。「預かってた分の一部を、前もってクラスの奴らとか、先生とか、知り合いに渡したんだ」
「なんでそんなこと……!」
「もともと金をとるようなものじゃないし、もうモノはできてしまってるんだから、必ずしも卒ライで配る理由もないと思ってな」
「俺、卒業ライブの日は用事あって行けないんだけどさー、あれ聴いたらめっちゃ行きたくなっちまったよ!」
タケが嘆く横で、
「楽しみにしてるからな。クラスの奴らにも宣伝しといたぜ!」
「隣のクラスの奴は、黒川からCDもらったって言ってた。みんな、ライブ頑張れよ!」
と活気づく二人。
「湊さんも?」
キスケが僕を見た。
「ああ、湊も協力ありがとな」とトイチ。
「うん」僕は頷いた。「黙っててごめん、キスケ。僕もクラスで何枚か配ったんだ」
以前の練習のとき、僕たちだけで説得しても、キスケの心は完全には動いていない様子だった。そんな彼を見て、トイチは考えた。
曲を聴けば、ライブに行きたいと思ってくれる人が出てくるかもしれない。そしてそんな人の声が、キスケの背中を押すかもしれない。
そこでトイチはキスケに内緒で、卒業ライブに先駆けて身近な人にCDを渡すことにしたのだ。僕もそれに力を貸したわけだ。
キスケはまだあっけにとられている様子だった。
「──だそうだぞキスケ」トイチが、隣に座るキスケの背中を叩く。「もう一度言うが、俺たちの音楽を聴きたい人は、俺たちの思ってる以上にたくさんいるんだ」
改めて絵梨奈からのメールを思い出しながら、僕も目の前のキスケに言葉を投げかけた。
「僕からももう一度。キスケが笑ってステージに立つことを、その友達も望んでるはずだよ」
翠ちゃんも口を開いた。
「音楽って、聴いてくれた人を楽しませるものでしょう? そのためにも、まずは私たちが楽しまなきゃ」
「……そっか、俺が…………」
キスケはゆっくりと僕たちの言葉を噛み締めているようだった。
ちょうどそこへ、あいちゃんがやってきた。
「なになに、なんの話してたの?」
言いながら、僕の隣に座るあいちゃん。
「キスケは意外とモテるって話さ」
トイチがにやりと微笑むと、あいちゃんもにやりと笑って、斜め前のキスケに向かって身を乗り出した。
「あーなるほどね。キスケ、意外と女の子のファンついてるよね」
「そ、そうだったんですか?」
キスケが面食らう。これには僕も内心驚いた。
ステージから見ていると、たしかにpaletteのライブでは前のほうに女の子が固まっていることも多い。あれはてっきりあいちゃんか翠ちゃんの友達だと思っていたのだが、なるほどキスケのファンという子もいるのか。
キスケは照れたように口元を緩めて、後頭部をかいた。
「こんなときに、とか思ってましたけど……、こんなときだからこそ、なんですよね」
「そう思ってくれて安心したよ。やってやろうぜ、キスケ」
トイチが言うと、キスケは気合いを入れ直すように息を一つ吐いた。
「くよくよしてるわけにはいかないですね。卒ライ、やってやりましょう!」
それから、隣のテーブルの三人を振り返った。
「タケさんたちも、楽しみにしててください!」
「おう!」「応援してるぜ!」と二人が返す横で、タケは「だから俺は行けねぇんだよぉ~」と頭を抱えていた。
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