
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
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◆ 第19章①
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高校時代にバンドで作ったCDは、プラスチックのケースの中で眠っていた。
色が見えなくなってからは聴かなくなっていたが、まあ思い出したついでだ。
僕はそれを、七年ぶりに再生してみた。
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「CD?」
あいちゃんがキスケに訊いた。
「去年の卒ライのとき、先輩のバンドで、自分たちの曲を収録したCD作って配ってたグループがあったじゃないですか。あんな感じのを、paletteでもやってみたいなって思って」
「いいけど、どうしてまた?」再びあいちゃんが尋ねる。
「持ち歌も増えてきて、paletteの方向性みたいなのも固まってきたことだし、そろそろデータのセーブじゃないですけど、この時点での俺らを形にしたいなって思ったんです。どうでしょう皆さん」
キスケの提案に、「いいんじゃねぇか?」とトイチ。
僕、あいちゃん、翠ちゃんも頷いた。
「よかった。ありがとうございます」
キスケは顔を綻ばせると、切れ長の垂れ目で遠くを見つめた。
「……それに、聴かせたい奴がいるんです」
「聴かせたい人?」と僕。
「小学校の友人です。中学から別々の学校になっちゃったんで、トイチも知らないと思います」
「へぇ、そんな奴が」
意外そうな反応のトイチ。どうやら本当に知らなかったらしい。
「俺のゲーム仲間です。俺もその友人も、小学生の頃はゲームばかりしてるような奴でした。彼は小学生の頃からかなり手練れのゲーマーでした。彼によると、ゲームの腕前で自分と並ぶのは俺くらいだったらしいです。俺が中学に上がってギターをすんなり弾けるようになったのは、音ゲーで彼と競い合ってたことが大きいと思ってます」
「そうか。俺は小学生の頃からギター経験あったのに、キスケ、あっという間に俺を追い抜いてったもんな」
懐かしそうに語るトイチ。キスケはさらに続ける。
「音ゲーに限った話じゃないですが、彼とはよく競い合ってました。中学に入ってからは彼と会うことはほとんどなくなってしまったんですが、今でもときどきメールしたり、ゲーム内でチャットしたりしてます。俺の音楽の話にもつき合ってくれるんです。だからpaletteの曲も、一度聴かせてみたいって思って」
「ライブには誘わないの?」翠ちゃんが尋ねる。
「彼は人混みとか大きい音とかが苦手みたいで、ライブには行けないって言ってました」
「なるほど。それでCDに録音した音源を、ってことか」
改めて承知したというふうに、トイチが首を縦に振った。
会話をしているうちに、駅にたどり着いた。
改札を通り、僕たちはホームで電車を待った。冷たい夜風が僕たちに吹きつける。
ここでふと思い立って、僕はキスケに尋ねた。
「CDが完成したら、僕も自分用のほかに、もう一枚もらってもいい?」
「いいですよ。湊さんも誰かに渡すんですか?」
「キスケと同じように、僕にも、僕たちの音楽を聴いてほしい人がいるんだ。小学校の頃からの友達で、一緒にピアノ習ってたんだけど、今はなかなか会えなくて」
もちろん絵梨奈のことだ。
彼女についてはあいちゃんに少し話しただけだったと思う。詳しく話そうかとも思ったが、ちょうどそのとき、電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。
「お互い、届くといいですね」
キスケが僕に向かって微笑んだ。
「ありがとう、キスケ。いいもの作ろうね」
ホームに電車がやってきた。
僕たちは温かい明かりが光る車内へ足を踏み入れた。
*
僕たちは、オリジナル曲の中から三曲を選び、CDに収録することにした。
録音用の機材はキスケが用意していた。練習の合間にスタジオや部室で少しずつ録音していき、それをキスケが編集する。そして卒業ライブの約一カ月前、ついに音源が完成した。
CDのジャケットは翠ちゃんが作ってくれた。写真やイラスト、おしゃれなフォントなどが組み合わさった、なかなか本格的なものに仕上がっている。こんなところにも彼女の多彩さが表れていた。
僕たちは自分用に一枚ずつ、僕とキスケは追加でもう一枚を確保して、残りはリーダーであるトイチが預かることになった。これを卒業ライブに持っていき、来た人に渡すというわけだ。
CDができて数日後、僕はあの空き地を訪れた。
粉雪が静かに舞う日だった。
スノウドロップは今年も咲いていた。
僕は花を写真に収めた。
そして前年と同様、スノウドロップの写真を添えて、絵梨奈に卒業ライブの案内のメールを送った。
──今度はCDも渡すので、楽しみにしていてください。
そんな一文も添えて。
*
しかしながら、一つ問題があった。
絵梨奈からの返信が来なかったのだ。
とはいえ、一方的に催促のメールを出すのもよくないだろう。心配ではあったが、とりあえず彼女から返信が来るまで待つことにした。
返信が来たのは、僕がメールを送ってから一週間以上が過ぎた頃だった。二月も終わりが近づいていた。
放課後、スタジオに向かおうとしたとき、僕の携帯電話がメールの受信を知らせた。
『心配かけてごめんなさい。
このところ忙しかったのもあって、体調崩しちゃって。
卒業ライブも、ちょっと見に行くのは難しいです。ごめんなさい』
ふいに頭を殴られたような衝撃を覚えた。思わず立ち止まってしまった。携帯電話を持つ手が震えた。
けれど、メールにはまだ続きがあった。
『でも、湊は気にせず精一杯ライブをやり切ってほしい。
湊が頑張ってるって思うと、私も頑張れるから。
私のせいで湊が全力を出し切れなかったら、私も悔しい。
それと、今年もスノウドロップの写真、ありがとね』
ここまで読んで、なんとか平常心を取り戻した。
体調を崩していた、というのは気がかりではあったが、それでも返信をくれたこと、励ましてくれたことに感謝し、僕は返事を打ち込んだ。
卒業ライブに全力で臨もう。そう誓いながら。
けれど、気がかりなことというのは立て続けにやってくるものらしい。
その日のスタ練で、明らかにキスケの様子がおかしかった。
楽器店で合流したときからそうだったが、普段より表情が暗い。
ギターの音もどことなくキレが悪かった。というより、いつも閃光のように迸る黄色に、まったく勢いがなかった。
「キスケ、どうした? 元気ないみたいだが」
演奏を止め、トイチが声をかける。
「え? ……あ、いや、大丈夫ですよ」
キスケは笑ってみせたが、無理しているような笑い方だった。
「ほんとに大丈夫?」
「体調悪いなら、無理しないほうがいいわよ」
あいちゃんと翠ちゃんも不安げだ。
僕も演奏から見えたものを伝えることにした。
「なんかこう、ギターの色がどんよりしてる。いつもの明るさがなくて、灰色っぽくなってる」
「……湊さんの目はごまかせませんか」
キスケは諦めたようにため息をついた。
「この前話した、俺の小学校からの友人、いたじゃないですか。……彼が、亡くなったんです」
「えっ……?」
僕たちは絶句した。
あいちゃんは泣きそうになりながら口元を手で覆い、トイチと翠ちゃんは驚きと悲しみが混ざったような表情で目を見開いている。
しばらくの間、重い沈黙が流れた。
「大丈夫?」おずおずと、翠ちゃんが訊いた。
「突然でした。昨日知ったばかりで、俺も詳しいことは聞いてなくて、まだ気持ちの整理も……」
「……キスケ、やれるのか?」トイチも慎重に尋ねる。
「やります。やるしかない、ってのはわかってます。皆さんに気を遣わせるわけにもいかないので、卒ライには出ます」
力なく答えるキスケ。
僕たちは何も言えず、やがてキスケはこう続けた。
「彼のことを思うと、俺はこんなことしててよかったのかなって。ライブとか控えたほうがいいんじゃないかなって……」
僕は一時間ほど前に受け取った、絵梨奈からのメールを思い出していた。
──湊は気にせず精一杯ライブをやり切ってほしい。
──私のせいで湊が全力を出し切れなかったら、私も悔しい。
「……でもさ、キスケ」僕は思い切って口を開いた。「その友達のためを思うなら、全力でステージに上がることが一番なんじゃないかな。きっと、悲しい顔でギターを弾くキスケの姿は見たくないはずだよ」
トイチも僕に続いた。
「今のキスケには酷かもしれない。けど、そいつ以外にも俺たちの音楽を聴きたい人は、paletteのライブを楽しみにしてくれてる人はいるんだ」
しばらく間を空けて、キスケは消え入りそうな声で呟いた。
「……そう、ですよね…………」
結局、キスケはずっと俯いたままだった。
励ましの言葉をもらえた僕のほうが、はるかに幸運だった。
キスケの場合、そう簡単に立ち直れるようなものではないだろう。
その日の深夜、トイチから一通のメールがあった。
『ちょっと協力してほしいことがあるんだ』
メールはそんな一文で始まっていた。
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