
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
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◆ 第18章②
*
それから、翠ちゃんは少しずつ立ち直っていったようだった。
僕たちのキラーチューンも無事に完成した。
十一月、僕たちはトイチとキスケの知り合いのバンドと共同で、企画ライブをすることになっていた。
paletteがライブをするときはだいたいそうなのだが、今回もトイチとキスケが主体となって交渉などを進めてくれていた。企画をする側ともなると当日も何かと忙しいらしく、リハーサルの前から彼らはライブハウスのスタッフや共演者に声をかけて回っていた。
僕、あいちゃん、翠ちゃんの三人は、ひとまずリハが始まるまで客席の片隅でおとなしくしていた。
すると、共演者であろう一人の少年が話しかけてきた。
「トイチとキスケ以外は、初めましてっすね」
キスケ並みの長身だが、見るからにキスケより軽薄そうな印象だ。赤みがかった癖毛と、右耳のピアスが目立つ。
「自分、モザイクラッシュってバンドでベース弾いてる、
「paletteの相澤です。よろしくお願いします」
あいちゃんが挨拶を返すと、翠ちゃんも「宮島です」と名乗った。「黒川です」と、僕も二人に続く。
「トイチくんたちの知り合いですか?」翠ちゃんが尋ねる。
「トイチとキスケの、中学時代の音楽仲間っす。キスケと下の名前が同じなもんで、自分はベニスケって呼ばれてました。……ってなわけで、まあお互い敬語なんて使わず、気楽にいこうや」
ベニスケくんが両手を大きく広げる。僕たちはまだ彼との距離をはかりかねていた。ベニスケくんは続けた。
「トリはpaletteに譲ったけど、今日一番の盛り上がりは、俺らモザイクラッシュがもらってくからな。トリだと時間も遅いし、疲れてくるお客さんも多い。その一個前くらいがピークとしちゃ妥当っしょ」
「ま、負けないよ、paletteだって!」
あいちゃんが食ってかかる。ベニスケくんはにやりと笑った。
「リーダーはトイチだよな?」
「そうだけど」僕が答える。
「そっかそっか。ドラムに逃げた奴が率いてるバンド。果たしてどんな奴らなんだろうね?」
「逃げた……?」僕は訊き返した。
「知らないのか? アイツは、ギターやベースもできるってのに、ほかの楽器は自分より上手い奴がいるからって、ドラムに逃げたんだぜ?」
「そんな、逃げただなんて……」
あいちゃんが言い返したのを、ベニスケくんが手で制する。
「器用貧乏が率いるバンドの、お手並み拝見ってとこだな」
そう言ってベニスケくんは去っていった。
トイチがほかの楽器もできることは知っている。けれど僕たちは、彼がドラムを選んだ理由までは知らなかった。
*
リハーサルを終え、ロビーで五人一緒になった。
ベンチにあいちゃんと翠ちゃんが座り、その前に僕たち男三人が立っている。
「さっき、杉野くんって人に挨拶されたんだけど、彼……」
あいちゃんがベニスケくんの話題を出した。
「ああ、ベニスケか」とトイチ。
「中学時代の音楽仲間って言ってたよね」
翠ちゃんの言葉に、トイチとキスケが頷く。
「学校に軽音楽部ってのはなかったんだが、仲間内で集まって音楽やってて、文化祭なんかではライブもしたりしてたんだ。その中の一人が、あのベニスケ」
「あるとき、ドラムやってた奴が転校してしまったんです。当時、ほかにドラムができる奴はいませんでした。トイチも、ギター、ベース、キーボードはできたんですけど、当時ドラムは未経験でした。新しくドラムを探そうかって話になったときに、トイチが、じゃあ自分がやるって言い出したんです」
「俺がドラムとして再始動したわけだけど、リズム隊としてウマが合わないってんで、しばらくしてベニスケは脱退。その頃にはもう高校受験も意識しなきゃいけない時期だったから、そこで俺たちは解散になった」
二人の説明で、おおよその経緯はわかった。
僕は気になっていたことを訊くことにした。
「ベニスケくん、トイチはドラムに逃げた、とか言ってたけど……」
「逃げたつもりはねぇよ」手に持っていた缶コーヒーを力強く握るトイチ。「ほかにやる人がいないから、俺がドラムを買って出たんだ」
「俺も、トイチが逃げただなんて少しも思ってません」キスケも続く。
トイチは缶の中に残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「俺はずっと、足りないものを埋めるよう努力してきたつもりだ」
*
モザイクラッシュが披露したのも、すべてオリジナル曲だった。
彼らの色は直線的で力強かった。
その色使いには、ハイライトやグラデーションという概念はない。けれど数多の単色のパーツの重なり合いが、独特の空気感を生んでいた。
ドラムが土台を築き、ベースが輪郭を描き、そこへボーカル、ギター、キーボードが三者三様の色を大胆に乗せていく。
個々の力量の高さを窺わせる演奏だった。
そして、そこにあるのは決して力強さだけではなかった。
輪郭線の色によって、硬い雰囲気にも柔らかい雰囲気にもなる。ベース一つで、全体像が与える印象まで異なって見えた。
次に出番を控えた僕たちは、舞台袖でモザイクラッシュのパフォーマンスを横から見ていた。
「ちっ……、アイツら、リハでは手ぇ抜いてやがったな」
腕を組みながら聴いていたトイチが不敵な笑みを見せた。
「やってくれますね」とキスケも奮い立つ。
拍手が聞こえた。客席側はよく見えなかったが、おそらく相当盛り上がっていたことだろう。
「私たちは私たちで、思いっきりやりましょう」翠ちゃんがベースを肩にかけた。「新曲も用意してきた。ベースは遠慮なくやらせてもらうわ」
「──最後に、できあがったばかりの私たちの新曲、聴いてください!」
あいちゃんが高らかに言い放つ。
paletteのステージ、そのクライマックス。
僕たちのキラーチューンとして作り上げた一曲。この日のライブの一番最後となるその曲を、これから披露する。
渾身の新曲は、疾走感のあるロックだ。
序盤から、トイチの重厚なキックが響き、翠ちゃんのベースがうねる。
あいちゃんのボーカルに呼応して、キスケのギターが斬り込んでくる。
僕もデジタルサウンドを駆使して飛び込んだ。この曲のシンセの音色は、今までで最も試行錯誤を重ねたと思う。
サビに入ると、曲が一気に熱を帯びる。
浮かび上がるのは、満月に照らされた夜の街。
赤が、黄色が、オレンジが、弾丸のように打ち出される。緑が地を這い、ときに紫が大きく脈打つ。青い風が天高く昇り、光の粒となって降り注ぐ。
明暗も濃淡もさまざまな色が明滅し、周囲を巻き込んでいく。
そこに見えるのは、もはやただの色の集まりなんかじゃない。
僕たちの音楽は一つの景色を形作っていた。
*
片づけを終えてライブハウスを出た僕たちに、ベニスケくんが話しかけてきた。
「今日はお疲れさん。トイチ、キスケ、企画誘ってくれて、サンキュな」
「お疲れ。楽しかったぜ」とトイチ。
「またやりましょうね」キスケも軽く手を挙げて答える。
十一月ともなると、夜は吐く息が白くなってくる。あたりはすっかり真っ暗だ。濃紺色の空には星が瞬いていた。
ベニスケくんとトイチが向き合う。
「最後にやった新曲、かっこよかった。あれもトイチが作ったのか?」
「ああ。だけど俺がやったのは、デモ作ってリズム入れるところまで。あとの部分は四人が固めてくれたよ」
「……へっ。なんだ、まだギターやベースはたいして使えないのか」
「器用貧乏だからなぁ」トイチが夜空を見上げた。「キスケも翠ちゃんも湊もあいちゃんも、みんな俺なんかにはないものをもってて、すげぇと思う」
言葉を切り、再び正面を見据えるトイチ。
「俺はドラマーとしても未熟なのかもしれない。けど未熟だからこそ、俺はコイツらの力を借りて、もっといい曲を作って、もっといいライブをしていくんだ」
「足りないものはどうにかして埋めてやる、って、そういやトイチ、中学時代から言ってたな」
懐かしそうに笑うベニスケくん。
すると、今度はトイチの肩越しに翠ちゃんへ声をかけた。
「あのさ、ベースの、えっと……」
「宮島です」翠ちゃんが答える。
「宮島さんか。……新曲のベースライン、あれ、すげぇ痺れた」ボソボソと言うベニスケくん。
「あら、ありがとう」翠ちゃんはふわりと笑った。「でも私一人の力じゃない。paletteのみんながいたから、ああいう形に仕上がった。トイチくんの取り柄は、演奏の技術だけじゃない。だからこそ私たちのリーダーなのよ」
「そうだな。今日のライブを見て、俺もそう思ったよ」
「あと、ベニスケくん。あなたのベースも、すごく力強かったわ」
「お、おう。そりゃどうも」
ベニスケくんは照れくさそうに頬をかいた。
それから僕たちに別れを告げて、ベニスケくんは帰っていった。
「なんか、さわやかなチンピラみたいな人ね」
穏やかな表情のまま、さらりと翠ちゃんが言う。いつもの翠ちゃんが戻ってきていた。
「俺たちの──特に、翠ちゃんの力を認めたってことだろ」とトイチ。
「そうね、ありがたく受け取っておくわ」
それから翠ちゃんは、僕たち四人に向き直った。
「今日のライブで私、paletteでよかったって、改めて思った」
「とりあえず、企画ライブは成功だね」あいちゃんが両手を合わせる。「みんな、お疲れ様でした!」
「ああ、お疲れ。今日は遅いから、打ち上げはまた後日な」
トイチが歩き出す。僕たちも彼に続いて、最寄り駅までの道を歩いた。
最初の交差点で、横断歩道を渡った直後だった。
歩きながら、思い出したようにキスケが口を開いた。
「そうそう、ライブ終わった直後であれですけど、ちょっと考えてることがあるんです」
「どうした?」
トイチが尋ねる。僕たち四人の視線がキスケに集まっていた。
「CDを作ってみませんか?」
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