【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第17章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ブループリント~ 第16章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第17章

「ごめんなさい!」
 文化祭が明けた最初の授業日。昼休み、あいちゃんと廊下ですれ違ったと思ったら、彼女はいきなり両手を合わせて謝ってきた。
「ど、どうしたの?」
「いきなりpalette辞めるとか言って、みんなに迷惑かけたよね。無責任だったよね。ほんとにごめんなさい!」
「別に、気にしてないよ」
「あと湊には、音に色なんて見えないよ、とか突っぱねるようなこと言っちゃって……」
 あいちゃんは何度も頭を下げた。
 僕たち一人一人に直接謝って回っているらしかった。翠ちゃん、トイチ、キスケにはすでに謝罪し、僕が最後なのだそうだ。
 僕としては初めから許しているので、謝られるとなんだか逆に申し訳なくなってくる。
 どうしたものかな、と戸惑っていると、数メートル先から一人の男子生徒が手を振ってこちらにやってきた。
「おぉー、黒川に相澤さんじゃん!」
 五組の江崎(えさき)裕太(ゆうた)くんだった。動くたびに、身に着けているアクセサリーがジャラジャラと音を鳴らす。
「文化祭のライブ見たぜ! なんかいろいろあったみたいだけど、うん、よかった。こっちまでアツくなっちまったな」
「あ、ありがとう」
「……誰?」あいちゃんが小声で僕に尋ねる。
「僕と同じ中学の、江崎くん」
「ただいま紹介にあずかりました、五組の江崎っていいます」江崎くんがあいちゃんに向かって恭しく挨拶をする。「相澤さんのことは、放送部で校内放送とかやってるのと、黒川のバンドのボーカルってことで知ってました」
「ど、どうも」
「黒川、ムッツリだけどいい奴だから、どうかよろしくお願いしますわ」
 おどけた口調であいちゃんに耳打ちする江崎くん。彼も悪い奴ではないのだが、こういうのはちょっとやめてほしい。
「で、黒川さぁ」江崎くんが再び僕に話を振る。「お前、一部の男子の間じゃめっちゃ羨ましがられてんだぞ? 両手に花、って」
「両手に花?」
「活発眼鏡っ娘、声までかわいい相澤さんと、学年でも一、二を争う美人で才色兼備の宮島さん。そんな二人に挟まれてる地味なメガネ。くぅ~っ、黒川のくせに~!」
 そんなふうに言われていたのか。……まあ、見た目だけなら僕より江崎くんのほうが間違いなく音楽をやっていそうではある。
「今も相澤さんと話してたじゃんか」江崎くんは続ける。
「いや、これはたまたまさっきあいちゃんのほうから話しかけてきたからで……」
「あいちゃんって呼んでんじゃん! お前相澤さんのなんなんだよぉ~」
「え? 友達だけど」
 僕は即答した。
「じゃあ宮島さんとは?」
「友達」
 また即答する。
 あいちゃんも翠ちゃんも友達であり、バンド仲間の一人。それ以上だと思ったことはない。
 反射的に、絵梨奈の姿が脳裏に浮かぶ。
 そう。僕の中で最上位の関係性にある人物は絵梨奈だ。あいちゃんや翠ちゃんが、僕にとって絵梨奈以上の存在になるとは考えられない。
「なんだよぉ、だから黒川はムッツリって言われるんだぞ~」
「どういうことだよ……」
「それに俺は知ってるぞ」江崎くんが人差し指を突き立てた。「中学時代、女子とほとんど縁がなかったくせに、白川さんとは妙に仲よかったじゃねーか」
 絵梨奈の名前を出され、思わずうろたえる。
 そうだ。高校で僕は絵梨奈のことはほとんど人に話していないが、彼は僕と同じ中学だったので、当然絵梨奈のことも知っているのだ。
「絵梨奈は、その……通ってたピアノ教室が同じで」
「あー! 絵梨奈っつった! 下の名前で呼んだー!」
「それは、ピアノの先生がそう呼んでたから、僕もそう呼ぶようになっただけで……」
 文化祭に絵梨奈が来ていなくてよかったと思った。もし来ていて彼に見つかっていたら、僕も絵梨奈も何を言われたかわからない。
 こんな性格だが、本人の名誉のために書いておくと、江崎くんも中学時代は僕や絵梨奈と並んで常に学年トップの成績を維持していた。それに彼は僕と違って運動もできる。黙っていればなかなかの美男子だろう。黙っていれば。
「ま、そんな美人に縁のある黒川に、一つ頼みがあるんだけどさ」
 江崎くんが咳払いをした。美人に縁のある、を強調していたのが気になったが、あえて突っ込まないことにした。
「宮島さんと同じクラスだろ? 宮島さん紹介してくれよ!」
「……えっ?」
 そうきたか。たしかに、高一、高二と二年続けて翠ちゃんとは同じクラスではあるのだが。
「かわいい枠の相澤さんは黒川に譲る。だから、美人枠の宮島さんを俺に譲ってくれ!」
「譲るってなんだよ。別にあいちゃんをもらってくつもりもないよ?」
「いや、俺は宮島さんがタイプなんだ。宮島さん、クラスでどんな感じ? バンドではどんな感じ?」
「えーっと……」
 実はバンドのこと以外、僕は翠ちゃんとほとんど話したことがなかった。
 翠ちゃん自身あまり積極的に話す性格ではないし、別のクラスのあいちゃんとのほうが僕はたぶん多く言葉を交わしている。
「あ、あいちゃん、どう?」
 隣のあいちゃんに助けを求めると、彼女は「うぇっ!?」とうわずった声をあげた。
「えっと、優しくて大人っぽくて、かわいいってか美人でおしゃれさんで、でもベース弾いてるときはすごいかっこよくて……」
「相澤さん、貴重な情報あざっす!」生き生きとした顔であいちゃんにお礼を述べると、江崎くんは僕の両肩を掴んできた。「ってなわけでさ、なぁ頼むよ、紹介してくれよ。頼めそうなの黒川しかいないんだよ~」
 江崎くんがしつこく懇願するので、僕はしぶしぶ了承した。
 とはいったものの、僕もよく知らなかった。
 ──翠ちゃんって、どんな子なんだろう。

  *

 相変わらず、クラスでは僕と翠ちゃんの会話はなかった。
 江崎くんとの会話から一週間ほどが過ぎた、ある日のことだ。
 この日はスタ練があった。話す機会があるなら今日くらいだろう。そう思って僕は放課後、教室を出ていく翠ちゃんをつかまえた。
 昇降口へ向かう途中、念のため、周囲に江崎くんがいないことを確認する。……よし、大丈夫そうだ。
「あのさ」僕はさっそく話を切り出した。「五組の江崎くんに、翠ちゃんを紹介してくれって言われたんだけど……」
「江崎くん? ああ、あの彼ね」
「知ってるの?」
「話したことはないけどね。江崎くんのことなら、クラス違っても噂くらい聞くでしょう?」
「そうかな? 僕は同じ中学じゃなかったらたぶん知らなかったよ」
「ついこの前、同じクラスの子と別れたって話も聞いた。手当たり次第に人を好きになれるなんて、ある意味尊敬するわね」
 呆れたように笑う翠ちゃん。
 思慮深いようでいて、いたずらっぽいところもある。思い返せば僕が軽音部に入ることになったのも、彼女のそんな性格があったからだった。
「……で、翠ちゃん、どうする?」
「ごめんなさい。お断りするわ」
 翠ちゃんはやんわりと微笑んだ。

 校門を出て、駅前の大通りへと続く坂道を下っていく。
 ベースを背負った翠ちゃんと、シンセを背負った僕。ほかの誰かもいる状況なら何度もあったが、翠ちゃんと二人だけというのは初めてかもしれない。
 彼女は僕より少しだけ背が高い。目線の高さでいうと、ちょうど絵梨奈と同じくらいだった。
 学年で一、二を争うかどうかはともかく、たしかに江崎くんの言うとおり美人で、常に落ち着いている。明朗快活なあいちゃんとは対照的なタイプだ。
 翠ちゃんは、見た目の雰囲気だけなら絵梨奈に近いかもしれない。
 ただ、実は心身ともに繊細というか、下手に触ると壊れてしまいそうな危うさがあるという点では、あいちゃんのほうが絵梨奈に近い気もした。
「気になってたんだけど」今度は翠ちゃんが口を開いた。「湊くんの『音楽に色が見える』感覚って、そうなった原因はあったりするの?」
「わかんない。たぶん先天的なものだと思う。物心ついたときからこうだった」
「……共感覚の一種なのかしら?」
 共感覚、という言葉は僕もなじみがあった。
「そうだと思う」と僕。

 僕自身、音と色や、視覚と聴覚の関係について調べてみたことは何度もあった。そのとき必ずといっていいほど登場するのが、この共感覚という言葉だった。
 共感覚とは、音と色に限らず、文字に色を感じる、味に形や質感が伴うなど、ある刺激に対して複数の感覚が反応する知覚現象のことだ。
 僕や絵梨奈にとっては忘れがたい、かのフランツ・リストも、この感覚の持ち主だったのではないかといわれている。オーケストラの指揮をしていた際、「ここは紫を強く」「ここではピンクを弱く」などと指示を出し、団員たちを困らせてしまったエピソードがあるそうだ。
 リストを意識していたわけではないが、僕もバンドの練習時、このようなことはやっていた。色なんてわからないよ、とあいちゃんには怒られてしまったが。

「音に色を感じる──いわゆる色聴(しきちょう)って呼ばれる共感覚だと、ドの音から赤い色が見えるとか、Aのコードから紫色を感じるとかっていうケースが多いイメージだけど、湊くんの見え方はそれとはちょっと違うんだよね?」
 色聴という単語を友人の口から耳にするのは初めてだった。
 翠ちゃんは、なんでも知っていてなんでもできる印象がある。
 コーラスを苦もなく入れてしまったり、初めて触るシンセを僕より使えたり、一時的にとはいえボーカルもこなしていた。
 共感覚のみならず、色聴という言葉まで知っているとは思わなかった。
「そうだね。僕の場合は、聴覚が刺激されたからといって必ずしも色が見えるわけじゃない。あとバラードが青っぽい色とも限らないし、逆にアップテンポな曲でも色は落ち着いた感じってこともある」
「眼鏡を外したり、目を閉じてたりしてるとどう?」
「眼鏡は、あってもなくても見え方は変わらない。音さえ聞こえれば、目を閉じててもなんとなく色は見える……というか、頭の中にこう、ぼんやりと浮かび上がってくる感じかな」
「っていうことは、『見える』というより『感じる』に近いのかしら?」
「あー……、そうかも」
 自分の感覚についてここまで踏み込んだ話をするのも、思えばなかなかないことだった。

 坂を下り切ったところの交差点。赤信号で立ち止まった。
 この横断歩道を渡ると、いつも利用している楽器店にたどり着く。
「もしかして湊くん、この手の話するの、あんまり好きじゃなかった?」
「そんなことないよ。どうして?」
「だよね。だと思った」翠ちゃんは横目で僕を見た。「湊くんは、特別であることを隠さないんだなーって、ずっと思ってたから」
 彼女はどこかミステリアスな雰囲気すらも感じさせる。
 その目には一体どんな景色が見えているのだろう。そんなことをふと考えた。
「まあ隠しててもしょうがないし、これが僕なんだよ」
 僕が音楽に色が見えることをアイデンティティだと思えるようになったのは、絵梨奈の存在があったからだ。絵梨奈が肯定してくれた。だから僕がある。
「高校に入ってpaletteのみんなに打ち明けてからは、隠したいって気持ちはさらに薄れたかな」僕はつけ加えた。
「そう」
 すると翠ちゃんが、ほんの少し伏し目がちになった。
「──私は、普通になりたかったから」
 ちょうどそのとき、信号が青になった。
 なんでもない、と言って翠ちゃんは横断歩道を渡っていく。一瞬遅れて僕も横断歩道を渡る。
 信号機からは、ピュウ、ピュウピュウ、という独特の音が鳴っている。こういった音からは、僕は色を感じない。
 横に並んだときに、ちらりと翠ちゃんの表情を窺った。
 いつも涼しげな彼女の表情が、どこか憂いを帯びているように見えた。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ブループリント~ 第18章①
 
 

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