【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第16章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ブループリント~ 第15章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第16章

「──よし、本番はなんとかなりそうだな」
 曲の演奏を終えると、トイチが言った。
 文化祭を翌週の末に控えた九月のある日、僕たちはスタジオでセットリストの最終確認をしていた。
 paletteを辞めると言ってから、あいちゃんは練習に来なくなった。
 次のライブは文化祭だった。時間がなかったので、ひとまず文化祭では翠ちゃんをボーカルに据えることにした。
「翠ちゃん、実際ボーカルやってみてどう思う?」トイチが尋ねる。
「ベース弾きながら歌うってこと自体は問題ないけど……。でも、そうね。やっぱり、paletteの曲を私が歌うのはなんか違う気がする」
 そう、何か違う。
 翠ちゃんの歌唱力も目を見張るものがあったが、どこか違和感がある。
 やはり、あの透明感のある青が足りないのだ。
「文化祭のあとは、やっぱ誰か新しいボーカル探します?」
「そうせざるをえないだろうな」
 難しそうな表情を浮かべるキスケとトイチ。
「……でも、見つかるかな」
 僕の言葉で、沈黙が訪れてしまう。
 本当に新メンバーを入れていいのか。あいちゃん以上の人はいるのか。その前に自分たちにできることはないのか。paletteは存続できるのか。
 僕たちは一様に不安を抱えていた。

  *

 ──paletteを辞めたい。
 あの日、あいちゃんの突然の申し出に、僕たちは呆然として何も言えなかった。
「……えっと、その、放送部のほうも、これから忙しくなるし……。ほら、放送部にもさ、大会とかあるから」
 それがあいちゃんの言い分だった。その口調はやや歯切れが悪かった。
「paletteのボーカルは、私じゃないほうがいいと思う。……たぶん、このままだとpaletteに本気で打ち込めなくて、みんなに迷惑かけちゃうから」
 翠ちゃんやキスケが否定しても、スケジュール調整なら心配するなとトイチが言っても聞かなかった。
「今までありがとう」
 そう言い残して彼女はあの日、僕たちの前から去ってしまった。
 最後に見せたのは、どこか悲しそうな笑顔だった。
 誰もあいちゃんを引き止めることができなかった。

  *

 練習後、僕は駅前で三人と別れた。
 このあと、普段はあいちゃんと一緒に帰っていたのだが、彼女がいないので僕は一人で帰ることになる。
 特に会話もないので足早に歩いていると、十メートルほど先に見慣れた後ろ姿を見つけた。
 あいちゃんだった。僕は走って追いかけた。
「あいちゃん?」
「み、湊!?」
 慌てふためくあいちゃん。
 さて、勢いで話しかけてしまったのはいいが、僕もかける言葉が見つからなかった。
「……えっと、スタ練の帰り?」
 あいちゃんのほうから問いかけてくる。
「そうだけど、あいちゃんも今帰り?」
「うん。さっきまで、放送部の活動があって」
 放送部は文化祭で、体育館のイベントや、前夜祭、後夜祭の裏方仕事をするという。その事前準備をしていたのだろう。

 いつもの線路沿いの道を並んで歩く。
 僕たちの距離が普段より遠い感じがするのは、気のせいだろうか。
「やっぱり、大会のこと気にしてる?」
 放送部が忙しい、というのは建前でしかないのだろう。それは僕でもなんとなくわかった。
 あいちゃんは何も言わなかった。
「ホワイトアウトだっけ、あのボーカルが特別上手いだけでさ、別にあいちゃんは……」
「あの人だけじゃない。一年生にも、中学生にも上手い人はいっぱいいた。ギターやキーボード弾きながら歌ってる人もいた」
「でも、あいちゃんだってじゅうぶん──」
「上手いとか下手とかじゃなくて」
 一瞬だけためらってから、あいちゃんは続けた。
「……私は、paletteでいいの? ボーカルでいいの?」
 あいちゃんが力なく尋ねる。
「そ、そうだよ、paletteの色には、あいちゃんの声が必要なんだ。やっぱり、あの青が──」
「色なんて、私にはわかんないよ!」
 あいちゃんが声を荒げた。
 しまった、と思った。あいちゃんにこの説得は逆効果だったようだ。
 考えてみたら、音楽から浮かぶ色なんて僕にしか見えない。絵梨奈には色を使ったアドバイスが通じたことがあったが、おそらくあれは特殊なケースなのだ。

 いよいよ気まずくなってしまった。
 僕は何も言えないまま、あいちゃんの隣を歩いていた。あいちゃんはずっと僕から顔を背けていた。
「……大丈夫。歌が嫌いになったわけでも、paletteが嫌いになったわけでもないから」
 別れ際。踏切の前で、あいちゃんはようやく僕に顔を向けた。
 paletteを辞めたいと言った日に見せた、あの悲しげな笑顔だった。
「文化祭のライブ、私は放送部で照明やってるからさ。paletteの出番、楽しみにしてる」
 あいちゃんが言い終わると同時に、警報音が鳴り出した。
 遮断機が降りてくる。
 じゃあね、と呟いて、あいちゃんは踏切の向こう側へ走っていった。
 電車が過ぎ去ったとき、踏切の先に彼女の姿はなかった。

  *

 直前になってあいちゃんが戻ってくる、なんて都合のいいことはもちろんなく、僕たちは文化祭ライブ本番を迎えた。

 練習どおりにできたし、翠ちゃんもよく歌っていたが、心なしか観客の反応はよくないように思えた。
 ライブが進むにつれ、僕たちの音楽から見える色が少しずつ淀んでいくような気さえした。
 三曲を歌い終え、翠ちゃんが話し始める。
「私たち、本来は五人なんですけど、今日はわけあって、四人でやらせてもらってます」
 そしてまっすぐ前を見つめ、優しく言った。
「だけどね、誰がなんと言おうと、paletteのボーカルはあいちゃんだよ」
 翠ちゃんが言葉を切る。
 僕はキーボードの前に立っていたマイクを引き寄せた。これを使うことはないだろうと思っていたが、この際なので喋らせてもらうことにした。
「僕たちのライブって本来、キーボードの前にマイクは置かせてもらってないんです。ボーカル、ギター、ベースの三本で。だけど今日はいつものボーカルがいないんで、僕の前にマイクがあります」
 paletteのライブでは、いつもマイクを三本立てている。あいちゃんは言うまでもなく歌うため、キスケは曲の間のMCで話すため、翠ちゃんはMCのほかにコーラスも担当しているためだ。
 文化祭のライブでも、マイクは三本用意してもらっていた。
 けれどこの日は、キスケと翠ちゃんと、もう一本はキーボードの僕の前にマイクがあった。
 自分の前にマイクがあるという光景に、僕はライブ中ずっと妙な違和感を抱いていた。
 これは、普段ならあいちゃんが使うはずのマイクなのだ。
「……だけどやっぱり、このマイクを使うのはあいちゃんであるべきだと思うんです。ここはあいちゃんのための場所だと思うんです」

 あいちゃんの声が、脳裏に蘇ってくる。
 ──私はpaletteでいいの? ボーカルでいいの?
 ──歌が嫌いになったわけでも、paletteが嫌いになったわけでもないから。
 あれから一週間、僕は考えていた。
 ほかの三人も同じことを考えていたようだ。
 あいちゃんは、自分がボーカリストであるという自信を失っただけだ。
 歌いたい。けれど、自分なんかが歌い手を名乗っていいのか。そのことに迷いを感じていただけだ。
 僕たちは、あいちゃんの居場所を用意して待ってあげればいいのだ。
 あいちゃんはボーカリストでいいんだよ、と安心させてあげるのだ。
 彼女が自信を取り戻すまで、何度でも。

「一人でステージに立ってるわけじゃないだろ? 安心して俺らに背中を預けてくれ。……って、トイチが言ってました」
 キスケが後方のトイチを指さす。
 突然名前を出されて戸惑ったように笑いながらも、トイチはスティックを振って応えた。
「あいちゃんはここにいていいんだよ。自信もっていい」と翠ちゃん。
「あいちゃんが戻ってこれる場所を用意して、僕たち、いつでも待ってるからさ」と僕。
「また五人でライブやりましょう!」
 キスケが手を振ると、トイチがエールを送るようにドラムを叩いた。
「それじゃあ、最後の曲を──」
 翠ちゃんが言いかけたときだった。
 僕が立っている上手側、舞台袖のほうから、誰かが走ってくる足音が聞こえた。
 僕がそちらを向くやいなや、彼女は僕の前にあったマイクをスタンドごとかっさらっていった。
 そしてステージの中央まで一気に駆けていくと、スタンドからマイクを外して僕たちに体を向けた。
「みんな、ごめんなさい! おまたせ!」
 肩で息をしたあいちゃんが、僕たちを見てニカッと笑った。

 喜び、驚き、安堵。いろんな感情が湧いてきたが、今やることは一つだけだ。
 キスケと翠ちゃんが少しずつセンターから離れ、あいちゃんの場所を空ける。あいちゃんがそこに立ち、客席のほうに身を翻した。
 ようやく、ステージの上にメンバーが揃った。
「改めまして、paletteのボーカル、相澤藍花です!」
 客席から拍手が沸き起こる。
「おかえり」と翠ちゃん。
「あれ、でも放送部の仕事は?」ふと気になって、僕が尋ねる。
「この時間だけ、後輩に頼んできちゃった」あいちゃんが無邪気に笑う。
「あ、パワハラ! 職権乱用!」後ろからトイチがオフマイクで突っ込んできた。
「さっちゃん、ごめんね! すぐ戻るから!」体育館上方のギャラリーに向かって声を飛ばすあいちゃん。
「相澤さん、しばらく合わせてないですけど、大丈夫ですか?」
 そう言うキスケは、何も心配などしていなさそうだ。
「まかせてよ。paletteのボーカルとして、これまで何度も歌ってきた」
 あいちゃんは一度だけ深呼吸をすると、力強く言い放った。
「──だから一曲だけ、歌わせてください」
「それじゃあ、ラスト一曲、いきますか!」
 キスケが高らかに宣言した。
 トイチがスティックを鳴らす。そのカウントに合わせて、楽器隊の四人がイントロを響かせる。
 曲が始まった瞬間、あいちゃんにスイッチが入ったのがわかった。

 出だしから、あいちゃんはブランクを感じさせない歌いっぷりを見せた。
 そうだ、この青だ。この青がpaletteには欠かせないんだ。
 トイチもキスケも翠ちゃんも、さっきまでより確実に音が躍っていた。
 ようやく、いつものライブの感覚が戻ってきた。
 どんどん色がクリアになっていく。
 ステージから客席へ、熱が流れ、伝播していく。
 そうだ、僕たちはこんなに鮮やかな色を出せる。
 paletteのボーカルは、やっぱりあいちゃんしかいない。

 一年前、paletteの初ライブもこの文化祭だった。
 あれが僕たちの始まりの日なら、この日は僕たちの再出発の日だ。
 
 
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