【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第14章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ブループリント~ 第13章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第14章

 文化祭を皮切りに、僕たちは順調にライブを重ねていった。
 地元のライブハウスで、先輩のバンドや、ときには大学生バンド、社会人バンドが企画したライブに出させてもらう。
 コピーバンドが多かった中、オリジナル曲を中心に披露するpaletteは、僕の目には文字通り異彩を放って見えた。
 見に来るのは出演者の友人知人がほとんどだったが、それでも僕たちの演奏を見てくれるのは嬉しいものだった。
 演奏中は僕のまったく知らない人が腕を振ったり合いの手を入れてくれたりするのが見えたし、演奏が終わると拍手ももらえる。出番を終えると「最高!」「かっこよかった!」などと声をかけられることもあった。
 あいちゃんの歌唱力も、トイチ、キスケ、翠ちゃんの演奏技術も、相当レベルが高かったのだと思う。軽音部内のみならず、他校からも注目されるバンドとなっていった。特にステージ上で目立つ位置にいるあいちゃん、キスケ、翠ちゃんには、それぞれのファンもついているらしかった。
 僕が見た限りでは、paletteの音楽は高校生バンドの中では群を抜いて色彩豊かだった。

  *

 二月中旬、バンドの練習もなくまっすぐ学校から帰ったある日、僕は例の空き地を訪れていた。
 草の緑から覗く、白い花びら。
 スノウドロップが咲いていた。
 僕は携帯電話を取り出し、スノウドロップを写真に収めた。
 これでやっと絵梨奈とつながれる。そんな気がした。

 僕はその日のうちにメールの文面を打ち込んだ。
 高校入学以降、絵梨奈に送る初めてのメールだった。
 伝える内容は二つ。
 一つは、スノウドロップがあの空き地に咲いていたこと。
 そしてもう一つは、卒業ライブに来てほしいということ。
 卒業ライブというのは、軽音部で毎年春休みに実施する、卒業する三年生を送り出すためのイベントだ。在校生だけでなく、受験を終えた三年生もステージに上がる。
 僕たちpaletteもこの卒業ライブに出ることになっていた。
 出演するのはうちの軽音部員のみだが、観客として来るならもちろん一般の人でも構わない。
 一カ月後、paletteのライブを、絵梨奈に見に来てほしかった。
 文化祭などではそうはいかなかったが、春休みなら一日くらい地元に来させてもいいだろう。
 秋から冬にかけてライブの経験を積み重ねてきたことが、自信にもつながっていた。今の僕なら絵梨奈に見せられる。絵梨奈に来てほしいと言える。
 意気揚々とライブの案内を書こうとした。
 ところが、すぐ手が止まってしまった。
 よく考えたら、絵梨奈には近況を伝えていなかったので、バンドを結成したところから説明しなければならない。
 メンバーの紹介なんかも必要だろうか。
 僕は文化祭のライブの直後に五人で撮った写真を思い出した。
 この写真を、改めて携帯電話のカメラで撮影する。画像の鮮明さには欠けるが、説明の助けにはなるだろう。あの写真が意外なところで役に立った。
 結果として、かなり冗長になった気はするが、書きたいことは書けた。
 スノウドロップの写真と、paletteの五人の写真。二つの画像を添えて、絵梨奈にメールを送信した。

 翌日、絵梨奈から返信が来た。
 卒業ライブはぜひ行きたい、とのことだった。
 僕は俄然練習に熱が入った。

  *

 卒業ライブは昼から始まるが、出演者はリハーサルがあるため朝からずっとライブハウスにいた。
 すべての組のリハーサルが終わると、ほどなくして開場した。会場内は早くもお祭りのような雰囲気が漂っている。
 僕はロビーに出て、入口付近のベンチに座った。
 ここなら、絵梨奈が来たら確実にわかるだろう。
 するとそこへ、あいちゃんがやってきた。
「湊、誰か友達とか呼んでるの?」問いかけながら、僕の横に座る。
「小中の同級生で、一緒にピアノ習ってた友達をね」
「中学の友達呼べるのいいなー。私もクラスの子と放送部の子には声かけたけど、中学の子はさすがに誘いづらくて」
「春休みなんだし、思い切って誘ってみてもよかったんじゃない? 今日来る僕の友達も、今は東京の高校に通ってるし」
「そうなの? すごい、東京から来てくれるんだ!」
 絵梨奈と会えるのは一年ぶりだった。会ったら何を話そうか。それ以前に、本当に来てくれるだろうか。僕は中学時代から見た目は変わっていないと思うが、絵梨奈は様変わりしてしまっていたらどうしよう。あれこれ考えてしまう。
「私も中学の友達誘えばよかったかなぁ」とあいちゃんがぼやく横で、僕は入口をちらちらと見ていた。

「絵梨奈!」
 その姿が見えた瞬間、僕は反射的に腰を上げた。
 彼女も僕に気がつき、こちらに駆け寄ってきた。
「湊、久しぶり」
 一年ぶりの絵梨奈の声に、心が温まるのを感じる。
 すらりとした立ち姿に、ふんわりとした笑顔。僕の記憶の中にある彼女と比べると髪はやや伸びていて、それを後ろで一つにまとめていた。
「ありがとう、来てくれて」
「私も楽しみにしてた。……えっと、取り置きのチケットはどうすればいい?」
「あっちに受付があるから、そこで『paletteで予約してます』って言って名前伝えればいいと思う」
 絵梨奈はライブハウスは初めてなのだろう。僕も軽音部に入るまでは来たことがなかったし、チケットの取り置きというシステムも知らなかった。
 絵梨奈が受付に向かうのを見送って、僕は楽屋に向かうことにした。
 横で会話を聞いていたあいちゃんもついてきた。
「ねえ、もしかしてあの子、彼女?」
 ドキッとした。
「そ、そんなんじゃないよ」
 僕は慌てて否定した。……そう、そんな関係じゃないはず。
「そうなの?」
「そう、……うん、ただの友達」
「そっかぁ」冷やかすような口調のあいちゃん。「でもなんか意外。湊が女の子呼ぶなんて」
「絵梨奈以外の女の子とはほとんど接点なかったよ。高校入っても、あいちゃんと翠ちゃんくらいしか。……ほら、僕たちも準備しないと」
 僕は早口でまくし立てて、楽屋に入った。
 あいちゃんはまだ訝しげな目を向けていたが、これ以上追及はしてこなかった。
 さて、本番まではしばらく時間がある。ひとまず音楽に集中しよう。

  *

 暗転しているステージに上がる。
 シンセをセッティングして、呼吸を整える。
 僕たちの出番は三組目。すでに会場はそれなりに温まっている。この勢いに乗って、もっと盛り上げていこう。
「paletteです! よろしくお願いします!」
 あいちゃんの声とともに、僕たちの演奏が始まった。
 色とりどりの光が僕たちを照らす。視界が開けてくる。演奏から浮かび上がる色が、そこへさらに彩りを加えた。
 ステージの上から絵梨奈の姿が見えた。控えめな動きではあったが、曲に合わせてリズムをとったり、手拍子をしたりしてくれていた。
 もっと絵梨奈に見てほしくて、もっと絵梨奈に応えたくて、僕は鍵盤に気持ちを乗せた。
 これはあくまで、先輩の門出を祝うイベントだ。けれど僕としては、絵梨奈に自分の演奏を届けることのほうがはるかに大切だった。
 さあ、届け。
 何度も奏でてきた色が、今まで以上に輝き、爆ぜていた。

  *

 卒業ライブは半日にわたる長丁場なので、観客の入退場は自由だった。
 paletteの出番が終わったら、絵梨奈は真っ先に帰ってしまうかもしれない。僕は出番を終えると、シンセを壁際に置いてすぐ楽屋を出た。
 僕がロビーに着いた頃、絵梨奈もちょうど客席からロビーに出てきていた。
「あっ」
 どちらからともなく声が漏れる。
「湊、お疲れ様」絵梨奈が歩み寄ってきた。
「見に来てくれてありがとう」
「こちらこそありがとう。なんか、元気もらえた気がする」
 客席とロビーを仕切る分厚いドアのほうから、わずかに音が漏れ聞こえてくる。次の組の演奏が始まったようだった。
 僕たちは近くのベンチに腰を下ろした。ロビーには僕と絵梨奈しかいなかった。演奏中なので客席から出てくる人もいない。
「湊が弾くの、久しぶりに聴いた。キーボード、かっこよかったよ」
「あ、ありがとう」
 改めて絵梨奈にお礼を述べる。
 絵梨奈が帰らないうちに、少しでも話していたかった。けれどライブの興奮と絵梨奈に会えた嬉しさで、話そうと思っていたことなんて頭から吹っ飛んでしまっていた。
「やっぱり、ピアノのときとは違う色が見えてたりするの?」
 絵梨奈が尋ねる。音楽に色が見える、と僕が言っていたことも覚えていたようだ。
「そうだね。バンドだと、よりいろんな色の層が見えるかな。あと同じ曲でも、その場の盛り上がりとか、グルーヴ感っていうのかな、そういうのによって色がちょっとずつ変わってくる」
「今日の色はどうだった?」
「なんていうか、いつもより輝いて見えた。とにかく、やってて楽しかったよ」
「そんな気がした。湊のそういう雰囲気、こっちにも伝わってきたよ」
 にこっと微笑む絵梨奈。一年会わなかった間に、いっそう大人っぽくなった気がした。
「湊が音楽続けててくれて嬉しい。私も頑張らないとなぁ」
 絵梨奈がベンチから立ち上がる。僕も彼女に合わせて立ち上がった。
「じゃあね、湊。またライブ見れるの、楽しみにしてる」
 手を振って、絵梨奈は会場をあとにした。
 彼女は本当にpaletteのためだけに来てくれたらしい。そのことが、なんだかたまらなく嬉しかった。

  *

 卒業ライブが終わった頃にはすっかり夜になっていた。
 片づけを終えてライブハウスを出た僕たちは、近くのファミレスで夕食をとることにした。
「えー、まずはみんな、お疲れ様でした! かんぱーい!」
 あいちゃんのかけ声で、オレンジジュースとウーロン茶とコーラと紅茶とカルピスがぶつかり合う。
 目の前のメニューを口に運ぶのもそこそこに、自分たちの演奏の感触を確かめ合ったり、ダメ出しをしたり、ほかのバンドのパフォーマンスを振り返ったり、あの先輩のMCおもしろかったよね、などと笑い合ったり。会話はなかなか尽きなかった。
 ようやく話がひと区切りついた頃、「話変わるけど、ちょっといいか?」とトイチが切り出した。
「どうしました?」キスケが尋ねる。
「今日ライブに来てた知り合いから声かけられてな」
 トイチは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。僕、キスケ、あいちゃん、翠ちゃんの四人が覗き込む。
「大会に出てみねぇか?」
 それは、アマチュアバンドを対象としたコンテストのチラシだった。
 
 
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