【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第13章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ブループリント~ 第12章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第13章

 夏休みが過ぎ、二学期に入った。
 僕の高校では毎年、九月最後の土日に文化祭が開かれる。
 二学期になると校内では文化祭ムードが高まっていく。クラスの出し物の準備はもちろんだが、同時に僕はライブに向けた練習もしていかなければならなかった。
 僕たちのバンド──paletteにとって初めてのライブの場となるのが、この文化祭だった。

  *

「文化祭、楽しみだなぁ」
 僕の隣を歩くあいちゃんが言った。九月のある日の、スタ練の帰り道だった。
 スタジオのある楽器店を出たあと、電車通学のトイチ、キスケ、翠ちゃんとは駅前で別れることになるのだが、高校から徒歩圏内に住んでいる僕とあいちゃんは、練習後はこうして一緒に帰ることが多かった。
「放送部もあって大変じゃない?」
「忙しいけど、でも楽しいよ。もともと、声使うのは好きだったから」
「あいちゃんの声はすごく綺麗な青で、それでいて楽器の色に埋もれない強さがあるよね」
 あいちゃんはすぐに返事をしなかった。僕の感覚的な言葉を、どう受け取っていいのかわからなかったのかもしれない。
「いや、褒めてるよ」フォローを入れる。「うん、あいちゃん、歌上手いと思う」
「……ん、ありがと」
 あいちゃんはどこか戸惑ったように言った。
 僕も続ける言葉が見つからず、会話が途切れてしまった。

 あいちゃんは四月に、親の仕事の都合で遠方から引っ越してきた。「引っ越してくるのがあと一年早かったら、湊と同じ中学に通ってたかも」と以前彼女は話していた。
 高校入学と同時に見知らぬ環境に移った、と聞くと、つい絵梨奈のことを思い浮かべてしまう。
 中学を卒業して半年。東京の高校に進学した絵梨奈は、どんな日々を送っているだろうか。

 そんなことを考えていると、ポケットの中で携帯電話が震えた。
 メールの受信を知らせるバイブだった。開いてみると、スタジオを出る頃に母に送った、これから帰るという旨のメールに対する返信だった。僕はさっと目を通してすぐに閉じた。
 メールを受け取ると、絵梨奈からだろうかと期待する自分がいる。
 実際に開いてみると、絵梨奈からではなくて落胆する自分がいる。
 彼女とは、冬にスノウドロップの写真を送る約束をしただけだ。それ以外の時期にメールのやりとりをする理由はない。
 別にメールの一つくらい送ってもいいだろう、とも思う。実際、絵梨奈に送ろうと思ってメールを綴ってみたことも、一度や二度ではない。
 けれど、実際に送れたメールは一つもない。彼女も東京に移り住んで、きっと慌ただしい毎日を送っている。僕の勝手な都合で無駄な時間をとらせたくはなかった。
 文化祭に絵梨奈を誘うことももちろん考えた。けれど翌日は月曜日だ。僕たちは代休になるからいいが、絵梨奈の学校は当然普段どおり授業がある。数分間のためだけにわざわざ東京から来てもらうのは気が引けた。
 まだライブを経験していなかったので、絵梨奈に来てもらうに足るパフォーマンスが果たしてできるのか、という不安もあった。
 ふとしたことで絵梨奈のことを考えてしまうのはたぶん、白川(しらかわ)絵梨奈(えりな)という色を、僕の中で薄れさせたくないからだ。
 思えば僕は、絵梨奈のことをあまり知らない。
 どんな家に育ったのか、学校以外ではどんなことをして過ごしているのか、趣味は何なのか、どうして東京に行ってまで大学受験を意識するのか、どんな人が好きなのか。メールの一つも交わさないので、情報が更新されることもない。
 僕の高校での日々が、絵梨奈の面影の上に容赦なく塗られていく。それが怖かったのだ。

 線路沿いの道を、あいちゃんと雑談しながら歩いていく。そんな帰り道は僕の日常の一部になりつつあった。
 一方で、絵梨奈と帰る日常が僕の小中学校時代になかったことが、今さらながら悔やまれる。
 赤信号で立ち止まる。
 残暑の厳しい日だった。すでに薄暗いのに、蒸し暑さを感じる。五キロ以上あるシンセサイザーは背負っているだけで汗が噴き出てきた。
 右手側には見慣れた線路。線路は続くよどこまでも、なんていう歌があるが、この線路をたどっていったその先に、絵梨奈が住む街もあるのだろうか。
 信号が青になり、僕たちは横断歩道を渡った。
 ──ここで脇道に入ると、あのスノウドロップの空き地だな。
 いつも通る道なのだが、この日はいつにも増して絵梨奈を強く意識していたからか、僕は自然と歩みを緩めていた。
「どうしたの?」
 あいちゃんの声に、意識が引き戻される。
「……なんでもないよ」
 僕はすぐにあいちゃんに足並みを揃えた。

 やがて、踏切の前に着いた。僕とあいちゃんが別れる場所だ。
 僕はここで踏切を渡らずに道を曲がる。あいちゃんの家は、踏切を渡ってさらに数分歩いたところにあるそうだ。
 ちょうど遮断機が下りてくるところだった。あいちゃんはその場で立ち止まる。
 僕が別れを告げようとすると、あいちゃんが「湊はさ」と声をかぶせてきた。
 あいちゃんは僕をまじまじと見つめた。僕よりやや背が低いので、上目遣いで覗き込むような格好だ。
「……もし、音楽から色が見えなくなったらって、考えたことある?」
「えっ?」
 考えたことがなかった。想像できそうになかった。
 音楽と色がセットになっているのは、「砂糖は甘い」や「1+1=2」などと同じくらい、僕にとっては当たり前のことだった。それこそ「僕の名前は黒川湊である」くらい当然の事実といっても過言ではないのだ。
 電車が僕たちの横を通り過ぎていった。
「……たぶん、自分が自分じゃないような感覚になる、かな」
 僕はそう答えた。
 音楽に色が見えなかったら、絵梨奈にヒーローと呼ばれることはなかったに違いない。音楽に色が見えることに、僕はある種の誇りをもっていた。
「そっ、か」
 あいちゃんはぽつりと呟いて、僕から視線を外した。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」顔を上げ、踏切を渡っていくあいちゃん。「人と違うものが見えてる湊には、逆に普通の人が見てるものはどう見えてるのかなーって、ちょっと気になって」
 言われてみれば、僕としても疑問だった。
 ──もしかすると僕は、ほかの人が当たり前のように見ているものが見えていないのだろうか?
 踏切を渡り切ったところで、あいちゃんがこちらを振り返る。
「じゃあ湊、また明日」
 彼女の言葉で、再び我に帰った。
「うん、じゃあね」
「初ライブ、頑張ろうね!」あいちゃんが拳を突き出してきた。「私も精一杯歌うからさ!」
 先ほどのあいちゃんの言葉も、絵梨奈が東京でどうしているのかも、気にならないわけではない。
 けれど、ここで考えていてもしかたのないことだ。
 ひとまず、目の前のライブを成功させよう。そう思った。
「そうだね」
 僕は短く答えて、踏切の向こう側のあいちゃんの背中を見送った。

  *

 九月最後の日曜日。二日間にわたって開催される文化祭の二日目。
 軽音楽部のステージで、paletteは記念すべき初ライブを迎えた。
 トイチもキスケも翠ちゃんもあいちゃんも、それぞれの色を存分に見せつけていた。僕も負けじとキーボードを弾いた。
 僕たちはオリジナル曲を三曲披露した。文化祭という独特の空気も手伝っていたと思うが、華やかな音の層が体育館いっぱいに広がっていた。
 手ごたえとしては上出来だった。僕以外の四人もそうだっただろう。

 ライブを終えて僕たちが体育館裏に出ると、一人の女子生徒が、待ち構えていたかのようにあいちゃんに抱きついてきた。
「お疲れ~! あいちゃん、かわいかった!」
「ももちゃんありがとー! ステージからめっちゃ見えてたよ!」
「ちょうどシフトの空き時間でよかった~。あいちゃんたち見れてよかったよ」
 ももちゃんと呼ばれた彼女は、あいちゃんのクラスメイトらしい。一年一組のクラスTシャツを着ていた。
「そうだももちゃん、クラスの写真、いろいろ撮ってたよね。今カメラ持ってる?」
「持ってるよ」
「じゃあさ、私たちも撮ってもらっていい? 初ライブの成功を祝して」
「あ、ぜひぜひ!」
 あいちゃんが僕たちのほうに向き直った。
「ね、みんなもいいよね」
 僕たち四人はあっけにとられていたが、「いいですね、撮りましょうよ」とキスケが乗り出した。
「タイミング的にもちょうどいいな。俺たちの始まりの日、って感じで」
「そういえば、五人全員が写った写真ってまだ撮ったことなかったわね」
 トイチと翠ちゃんも同意する。彼らに続き、僕も賛成した。
「決まり。ももちゃん、お願いね」
「わかった」
 ももちゃんがウエストポーチから小型のデジカメを取り出した。
 ももちゃんの指示で少し場所を移動する。といっても校舎や校庭のほうは人通りが多いから、体育館付近からは離れない。日当たりがよく、背景がみすぼらしくない場所、さらにはあいちゃんとキスケの身長差を目立たなくするような足場など、細やかに気を遣ってくれた。
 場所が決まり、五人が並ぶ。
「いやー、ライブ直後だけあって皆さんいい顔してますなー。ではでは、はいチーズ!」
 ももちゃんがシャッターを押した。

「……こんな感じ。どう?」
 ももちゃんが、デジカメの画面をあいちゃんに見せる。
「ばっちり撮れてる。ありがとう!」
 あいちゃんに手招きされ、ほかの四人も写真を見せてもらった。
 左から、トイチ、翠ちゃん、あいちゃん、僕、キスケ。あいちゃんの言葉どおり、ばっちり撮れていた。
 僕たち五人の姿が収められた、初めての写真だった。
 クラスの出し物では決まった衣装やクラスTシャツなどを着なければならないのだが、さっきのライブにはライブ用の服といっても普段の私服とほぼ変わらない格好なのだが──で出ていた。このほうがいつもの僕たちらしさが出るというものだ。
「じゃ、文化祭終わったら印刷して渡すね」
「五枚お願いね、ももちゃん!」
「りょーかい!」
 気前よく返事をして、ももちゃんは去っていった。
 文化祭はまだまだ続く。僕たちもそれぞれクラスの持ち場に戻ることになった。

 頭上に広がる秋晴れの空は、どこまでも澄んだ青だった。

  # # #

 後日、あいちゃんはプリントアウトされたその写真を僕たちに渡してくれた。
 彼らはこの写真を今でも持っているのだろうか。
 振り返ってみると、五人の姿が収められた写真はこの一枚だけだった。
 今となっては、僕たちがかつて同じ場所にいたことを示す貴重な証だ。
 僕たちの始まりともいえる日。あの頃の僕たちは──少なくとも僕は──今みたいな未来があることなど、考えてもみなかった。

  # # #
 
 
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