【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第12章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ブループリント~ 第11章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第12章

「わー! 湊、キーボード買ったの?」
 僕が黒いケースを背負っているのを見て、あいちゃんは開口一番そう言った。
「うん、入学祝いと、貯まってたお年玉で」
 僕の膝から頭くらいまである大きなケース。この中にはシンセサイザーが入っている。
 バンドをやることになった以上、僕にも自分用の楽器が必要だった。僕は、入学祝いにほしいものを母から訊かれ、ずっと保留にしていたことを思い出した。それなりの額はしたが、交渉の末、金額の半分を僕のお小遣いから出すことを条件に買ってもらえることになったのだった。

 五月の大型連休の最終日、僕は高校の最寄り駅の近くにある楽器店にやってきていた。
 この店には音楽スタジオが併設されている。演奏の練習やレコーディングなどのために借りることができる防音完備の部屋だ。
 あいちゃん、トイチ、キスケ、翠ちゃん、僕の五人で、これまで何度かここにスタ練──スタジオでの練習のことを僕たちはそう呼んでいた──をしに来ていた。
 僕が軽音楽部に入って約半月。バンド結成以降、あいちゃんが僕のことを湊と呼ぶようになり、ほかの三人もいつの間にかそれにならっていた。僕も彼らのことをあだ名で呼んでいた。

「全員揃いましたね」
 ギターケースを携えたキスケが言う。
 最後に到着したのは僕。ここに集まっているのは、あいちゃん、翠ちゃん、キスケ、僕の四人だった。
「トイチは?」
 僕が尋ねると、「あっちで店員さんと話してます」とキスケ。
「トイチ、このお店には昔からよくしてもらってるんです。今日は作曲について学べる本とかがないか訊いてみるって言ってました」
 バンドで担当しているのはドラムだが、トイチはドラム以外にギターやベース、ピアノまで演奏できるという。
 また、彼は作曲もできる。曲作りにはピアノを用いることが多いそうだ。
 僕たちがこれから練習するのは、このバンドのオリジナル曲だ。
 以前スタジオに来た際、トイチがさっそく一つ、曲のデモを作ってきていた。そのデモ音源をもとに僕たちがスタジオでアレンジを加えて曲を仕上げていく、というスタイルをとっている。
「あいちゃん、歌詞はどう?」
 翠ちゃんが問いかける。キスケのものと似た形のケースを背負っているが、彼女が持っているのはベースだ。
「書いてみた。今日、実際に歌って試してみるね」
 歌う人が詞を書いたほうがやりやすいだろう、ということで、作詞はボーカルのあいちゃんが担当することになったのだ。
「よし、時間になったし、行くぞ」
 トイチがこちらにやってきた。
 店の壁にかかっていた時計を確認すると、予約していたスタジオ入りの時刻になろうとしていた。
 トイチに続いて、僕たちはスタジオに向かった。

 スタジオに入ると、僕はケースからシンセサイザーを取り出し、スタンドに置いた。そばではあいちゃんが興味深そうに見つめている。
 配線は以前のスタ練の際、備品のシンセで経験していた。記憶を頼りに自分のシンセをスタジオのミキサーとつないでいく。
 ひととおり接続できたところで、確認のため打鍵してみた。
「……あれ?」
 電源は入っているはずなのだが、音が鳴らない。
 あいちゃんが僕のシンセから伸びているケーブルを指でたどっていき、その先にあるミキサーを確認する。
「この端子、挿すとこが違う! こっちに挿さなきゃ」
 あいちゃんがケーブルを挿し変える。再び弾いてみると、ちゃんと音が鳴った。
「おぉ、さすが」
「ウチは機材も扱ってますから」
 あいちゃんが胸を張る。
 彼女は放送部と兼部していた。放送部は校内放送だけでなく、学校行事での司会や機材の管理もおこなっているらしい。あいちゃんは楽器の経験こそないものの、マイクをはじめ音響機材の扱いに長けていた。
 僕のセッティングが終わる頃には、ギターのキスケもベースの翠ちゃんもチューニングを終えていた。
「そんじゃリーダー、やりますか」キスケが声をかける。
「っしゃ、さっそくこの前やった曲合わせるぞ」トイチがスティックを回した。「湊はひとまず、ピアノの音色でやってもらえるか? 適宜アレンジは加えていい。合わなかったらその都度調整する」
「わかった」
「それじゃあトイチくん、カウントお願い」
 翠ちゃんの合図で、トイチがスティックを鳴らす。
 演奏が始まる。
 瞬間、色が飛び出した。

 トイチのドラムとキスケのギターがそれぞれ縦横無尽に駆け回る。あいちゃんのボーカルは、楽器の音に負けない芯の強さと透明感をあわせもっていた。翠ちゃんがベースでそれぞれを鮮やかな線でつないでいき、さらにコーラスで歌声に立体感を与えていく。
 これだけでもじゅうぶん色彩豊かな彼らの音には、しかしまだ余白があった。
 ここに色を乗せていこう。
 彼らの音に呼応するように、僕も左手の動きに変化をつけたり、右手で思いつくまま旋律を奏でたりしてみる。
 ピアノで連弾や即興演奏は何度か経験したことがあったが、こうしてバンドの音に合わせるのは初めてだった。
 色の見え方といい、ピアノを弾くときとは全然違った感覚だった。

「湊、そのピアノ、もうちょい抜け感のある音にできるか?」
 おおよそ通しでやってみたところで、トイチが僕に訊いてきた。
「えーっと……、どうだろう」
 僕は戸惑いながら、ボタンをいくつか操作してみる。なにぶんシンセの扱いにはまだ慣れていなかった。
「どれ? ちょっと見せて」
 そう言って僕のシンセを覗いてきたのは翠ちゃんだ。ベースを肩からかけたままシンセの前にやってくる。僕はポジションを譲り、彼女が操作するのを見守った。
 あぁなるほど、こうでいいのかな、などと呟きながら、ボタンをあれこれ押しては鍵盤を押さえていく。翠ちゃんはエレクトーンの経験者らしいが、それでシンセサイザーという機械も使いこなせるものなんだろうか。
「これでどうかしら」
 翠ちゃんが僕にシンセを弾くよう促す。たしかに音が変わっていた。
「翠ちゃん、シンセ触ったことあるの?」
「初めてよ。でもボタンの名前とか画面に書かれてることとか見たら、なんとなくこうかなって」
 こともなげに翠ちゃんは言う。僕は「お、おぉ……」としか返せなかった。
 そういえば翠ちゃんは、まだこの曲がデモとおおまかなドラムくらいしかなかった段階でも、軽々とベースの音を入れていた。あいちゃんのボーカルが入ると、翠ちゃんはすぐにコーラスをつけていた。
 翠ちゃんが加わることで、曲の輪郭が明瞭になった気がした。彼女の技術はちょっとした魔法のようだった。
「よし、もう一回いくぞ!」
 トイチがスティックでカウントをとり、再び演奏が始まる。
 力強いリズムキープ。弾むベースライン。高鳴るギターリフ。伸びのある歌声。
 赤が脈打ち、緑がうねり、黄色が迸り、青が広がる。
 それぞれの音が重なって、色とりどりの層になる。さあ、僕はどんな音を描こうか。
 僕たちの音楽が、着々と彩られていった。

  *

 スタジオをあとにした僕たちは、楽器店の隣にあるカフェで軽食をとっていた。
 お昼どきを少し過ぎた頃だった。スタ練の前後にこのカフェに寄ることはあったが、普段は放課後に練習するため遅い時間になってしまう。
 ゆっくり腰を落ち着けたのはこのときが初めてだった。
「今日一日でだいぶ形になったな」トイチが言う。「湊、ピアノやってたって言ってたけど、バンドやるのは初めてなんだよな?」
「そうだけど?」
「いや、初めてにしちゃ、アレンジのしかたが絶妙だなって思ってな」
 トイチに言われ、少し嬉しくなる。僕に見えていた色が、いい影響を及ぼしていたのだろうか。
「あ、ありがとう。なんていうか、余白に色を置いてくイメージで弾いてた」
「余白? 色? どういうこと?」
 興味津々といった様子で、あいちゃんが尋ねた。
 これまで絵梨奈と春子(はるこ)先生くらいにしか話してこなかったが、ここにいる四人には話してもいい気がした。
「僕、音楽に色がついて見えるんだ。ドとかレとかの単音だと見えないんだけど、ある程度形になった音楽からは、こう、色が浮かび上がってくる感じ」
「……どういうこと?」
 あいちゃんが繰り返す。さらに疑問が深まってしまったようだ。やはり言葉で説明するのは難しい。なんと言ったらいいものか。
「音の強弱とか音色とかで、色は違って見えるの?」翠ちゃんも尋ねる。
「そうだね」僕は答えた。「シンセはいろんな音が出せるから、見てておもしろいよ」
「じゃあさっきは、色のバランスとかを見ながらアレンジ加えてったのか?」とトイチ。
「四人の音を聴いて、空白が見えたらそこを塗っていこうかなとか、たとえば青系の音に偏ってきたら赤や黄色を混ぜてみようかなとか、逆に僕も青っぽい音で乗っかっていこうかなとか、いろいろ試してた」
「なんか特殊能力っぽいですね! これはもしかして、チートなスキル持ちのキャラがパーティに入った感じですか?」
 ゲームっぽいたとえ方をするのはキスケだ。聞くところによると彼はかなりのゲーマーらしく、ギターも音ゲーから入ったとかなんとか。
「そ、そうかな……」
 なりゆきで組むことになったバンドだが、僕には思わぬ適性があったのかもしれない。音楽に色が見えるというのは、ことバンドにおいてはひょっとするとこれ以上ない強力な特殊能力だ。
 ──きっと湊は特別な子なんだよ。
 そんな絵梨奈の言葉を、僕は思い出していた。

 食器が取り下げられ、テーブルの上に水のグラスだけが残された頃、トイチが再び切り出した。
「ところでさ、バンド名はどうするよ」
 僕は今さらながら、バンド名がまだなかったことに気づく。
 ライブをやるならバンド名は必須だ。曲もでき始めた頃だし、そろそろ決めてもいいだろう。
 すると、「それなんだけどさ」と、あいちゃんが身を乗り出した。何か考えがありそうだった。
「さっき湊が、色を塗るとか混ぜるとかって言ってたよね?」
「うん、言ったけど」僕は答える。
「それで思いついたんだけど、『パレット』ってのはどう?」
 ──パレット。不思議としっくりくる音だった。
「シンプルでいいんじゃない? 私たち、みんな名前に色が入ってるし」と翠ちゃん。
 相澤藍花、宮島翠、松田橙一郎、高森黄助、黒川湊。たしかに、上手い具合に一文字ずつ、色を表す漢字が入っている。
「でしょ? 絵の具が混ざるみたいにさ、藍色とか緑とかオレンジとか黄色とか黒とか、いろんな色が混ざり合うの。私たちの個性とか、楽器の音色とか、見てる人たちの熱気とかを混ぜ合わせて音楽を作ってく、みたいな!」
「俺らにぴったりだと思います」キスケが指を鳴らす。「どうです相澤さん、ここはかっこよく横文字にしませんか?」
「お、いいね! リーダー的には?」
「俺も異論はない。湊はどうだ?」
 トイチに振られ、僕も首を縦に振る。
「うん、『palette(パレット)』、僕もそれでいいと思う!」
 palette。
 なじみ深い単語だったが、僕たちの名前だと思うと、また違う響きをもって聞こえた。
 
 
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