【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 第11章

Film.2 ~ブループリント~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第10章②
 
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『白と黒の雪どけに』Film.0 ~プロローグ~
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『白と黒の雪どけに ~snowdrop portrait~』登場人物など
 
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Film.2 ~ブループリント~
 
 
【Film.2 ~ブループリント~】
 
◆ 第11章

  # # #

 引き出しの奥から、高校時代に使っていた携帯電話を取り出した。
 久しく放置していたが電源はついた。電話やネットこそ使えないが、端末内のデータを見るくらいなら可能だった。
 メールの送受信履歴を確認する。絵梨奈(えりな)とやりとりしたメールには、律義に保護がかけられていた。
 メールを開けば、当時のことが今でも鮮明に思い出される。
 そして当時といえばもう一つ、重要な思い出があった。

 僕と四人の仲間の姿が収められた、一枚の写真。
 高校一年の春から三年の夏まで、ともに駆け抜けた仲間たち。
 あの頃の僕たちは鮮やかな彩りの中にいた。未来が暗いものだなんて考えもしなかった。

 光に満ちた青写真を、漠然と思い描いていた。

  # # #
 高校の合格発表は、中学の卒業式の翌日だった。
 結果は、無事合格。
 僕は絵梨奈にメールで合格の報告をすると、絵梨奈からはすぐにお祝いの言葉が返ってきた。加えて、三月の終わり頃に実家を離れ、東京にある祖父母の家に移る旨の文面が添えられていた。
 これから僕たちは別々の環境で、それぞれの時間を過ごすことになる。

 僕が入学した縹西(はなだにし)高校は、私服校であることからも窺えるように、自由な校風だ。
 中学では制服の着こなし方にその人の性格が表れていたものだが、ここでは身に着けている服装そのものに人となりが反映されていた。
 僕は華美な服装こそ好まなかったものの、それはそれで個性として認めてもらえているような感覚があった。入学して数日で、早くも友人と呼べるクラスメイトもできた。
 卒業式の日に絵梨奈と話したことが、僕に何らかの変化をもたらしたのか。あるいは単に環境の変化に浮き足立っていたのが、たまたまいい方向に働いただけか。
 僕は中学時代よりも自由気ままに行動できるようになっていた。いわゆる高校デビューというものには程遠いが、悪くないスタートを切れたと思う。
 ただ、絵梨奈のことは誰にも話さなかった。

  *

 入学して十日ほどが過ぎた、ある日の放課後。
 この時期になると正式に部活動に入る一年生も現れてくる。文武両道を学校の方針として掲げているため、行事や部活動も盛んだった。
 僕も何らかの部活には入ろうと思っていた。しかしながら、この時期になっても僕は決めかねていた。
 候補としてまず考えていたのは、音楽系の部活だった。
 廊下を歩いていると、吹奏楽部が練習しているのが聞こえてくる。
 吹奏楽部は県内屈指の名門として知られていて、部員数も多い。音楽室から漏れ聞こえる合奏からでも、躍動的かつ色彩豊かな波が見える。ピアノ以外の楽器経験が皆無の素人にとっては敷居が高すぎた。
 音楽系の部活といえば、あとは合唱部と軽音楽部くらいだろうか。
 どちらも実際に活動しているところは見たことがなかったが、部室なら部室棟のどこかにあったはずだ。
 ほかにもさまざまな部の部室があるし、一度くらい覗いてみるのもいいか、と思い、僕は部室棟に向かってみた。

 部室棟は、まっすぐな廊下といくつかの小部屋が並んでいるだけの、古びた二階建ての建物だ。
 コンセントこそあるが、日当たりは悪く空調設備もない。日頃の活動場所というより、むしろ物置や更衣室代わりとして使っている部が多かった。
 合唱部の札がついている部屋も例外ではなかった。扉には鍵がかかっていた。どこか別の場所で活動しているのだろう。
 ふと気になった。部活でも、合唱の伴奏は生徒がやるのだろうか。
 仮にそうだとしても、しかし絵梨奈の指揮で弾けるわけではない。もとより僕は歌いたいわけではなかった。合唱については正直、中学の三年間でもう懲りていた。
 僕は合唱部室を素通りした。
 新聞部、天文部、生物部の部室を挟んだ先に、軽音楽部の部室があった。
 扉の小窓から覗いた限りでは、中には誰もいないようだった。楽器や機材が乱雑に放置されているのが見えた。
 その中に、白と黒の鍵盤を見つけた。
 ピアノではなく、シンセサイザーと呼ばれる電子楽器だが。
 僕はおそるおそるドアノブに手をかけた。
 扉は難なく開いた。機材がこんなにあるのに防犯は大丈夫なんだろうか、と思いながらも、僕は中に足を踏み入れてみた。
 部室の奥にはスピーカーとアンプが積まれていた。その手前、腰ほどの高さのスタンドの上にシンセが置かれている。壁際には、素人目にも保存状態の悪さが見てとれるドラムセットやギターの数々。綺麗な部室とは言い難い。
 床には機材をつなぐケーブルが入り乱れ、足の踏み場はあまりなかった。落ちているものをなるべく踏まないように、僕はシンセサイザーに歩み寄った。
 中学の卒業式で卒業生合唱の伴奏をして以来ろくにピアノには触れてこなかったが、十年も習っていたせいか、やはりこうして鍵盤を前にすると弾きたくなるものだ。
 コンセントは挿さったままだった。電源を入れた。打鍵してみると、近くのスピーカーから音が鳴った。どうやら壊れてはいないらしい。
 ボタンをいくつかいじって、ピアノの音色を出す。誰もいないのをいいことに、僕は立ったまま何曲か演奏した。タッチの感覚がピアノと違うので少しやりづらさはあったが、それにも次第に慣れてきた。
 続いて僕は、最後のピアノの発表会で弾いた、リストの『愛の夢』の冒頭部分を弾いてみた。
 僕が演奏してきた中で最も難しい曲だったが、最も熱心に練習した曲でもあったからか、指が曲を覚えていた。
 汚れやくすみの目立つ部室が、赤に、青に、黄色に彩られていく。

 区切りのいいところで手を止めると、扉のほうから「あの……」という声が聞こえた。僕ははっとして顔を上げた。
 部室の扉を入ってすぐのところに、眼鏡をかけたポニーテールの女子生徒が立っていた。
 そういえば開けたままにしてしまっていた。同時に、まずいことになったかもしれない、と思った。客観的に見れば、僕は軽音部の部員でもないのに部室に侵入して勝手に演奏していたことになるのだ。
「すみません!」
 僕が謝るのと同時に、その女子生徒もなぜか同じ言葉を発して頭を下げていた。
 どういうことかと思いつつも、ひとまず部室からは出たほうがいい気がした。
 立ち去ろうとすると、「いえ、いいんです」と、彼女に引き止められた。
「一年一組の相澤(あいざわ)藍花(あいか)っていいます。軽音部に入ろうと思っていて……」
 どうやら彼女も軽音部の部員ではなかったらしい。向こうも困惑した様子だった。
 彼女が再び何か言いかけたとき、部室にまた人が入ってきた。
「あ、(みどり)ちゃん!」
「あいちゃん、来てたんだ。ごめん、お待たせ」
 見覚えのある女子生徒だった。春らしいワンピースにレギンスを合わせ、落ち着いた雰囲気をまとっている。
「あれ、黒川(くろかわ)くん?」彼女も僕に気づいたみたいだった。
「翠ちゃん、知り合い?」
「うん。同じクラス」
「なんだ、タメだったのかー」
 相澤さん──あいちゃんは僕を見ると、緊張が解けたように笑った。こうして見ると、快活そうな子だ。
 あとからやってきたのは、同じクラスの宮島(みやじま)(みどり)さん。どうやら仲間内では翠ちゃんと呼ばれているらしい。

 すると、さらに男子生徒が二人、部室にやってきた。
 二人のうち、一人は見覚えがあった。彼も僕と同じクラスの、高森(たかもり)黄助(こうすけ)くんだ。
「高森くん?」
「えっと、たしかうちのクラスの……、黒川さん、でしたっけ」
 細くて長身、茶髪に切れ長の垂れ目で、いつも飄々としているが同級生にも敬語を使う、というのが彼の特徴だった。
「キスケ、誰?」
 もう一人の男子が高森くん──キスケに尋ねる。
 僕は自己紹介がまだだったことに気がついた。
「一年三組の、黒川(くろかわ)(みなと)、です。軽音部じゃないんだけど、中学までピアノやってて、ここ通りかかったらキーボードがあったから、つい……」
 加えて、勝手に部室に入ったことも詫びておこう。
「すみません! 勝手に使ってました!」
 さすがに正式な軽音部員には謝らないといけないだろうと思い頭を下げたが、
「ここに来るとき『愛の夢』が聞こえると思ったら、あれ黒川くんが弾いてたの?」と翠ちゃん。
「俺も聴いてました! めっちゃ上手いじゃないですか!」とキスケ。
「う、うん、まあ……」
 思いのほか演奏に食いつかれ、僕は面食らってしまった。
 すると、「いや、ちょっと待てお前らさぁ」と、キスケじゃないほうの彼。何か言いたげな口調だったので、僕は少し身構える。
「まあまあ、カタいこと言わずに」翠ちゃんがやんわりと制止する。「トイチくんだって、入部する前からここのドラム叩いて、先輩たちに目ぇつけられてたじゃない」
「うぐ……」
 トイチと呼ばれた彼がたじろぐ。背丈は僕とキスケの間くらい。精悍な顔立ちで気が強そうに見えるが、実はいじられやすいタイプなのかもしれない。
「それに、何も盗まれたりしてないじゃないですか」キスケも続く。

「……まあいいか」ため息をつくと、トイチはあいちゃんに向き直った。「で、翠ちゃん。彼女が例のボーカルやりたいって子?」
「そう。相澤藍花ちゃん」
「はいっ、相澤です!」
 それまで僕たちの会話を眺めているだけだったあいちゃんが、手を挙げて元気よく返事をした。
「俺は二組の松田(まつだ)橙一郎(とういちろう)。担当はドラム」
「三組の高森黄助です。ギターやってます」
 自己紹介に続き、トイチが補足する。
「もともとキスケと俺でバンドやろうって言ってて、そのあとキスケが同じクラスの翠ちゃんに声かけたんだ。入学式の日のホームルームでやった自己紹介で、ベース弾けるって言ってたとかで」
 そういえば翠ちゃん、そんなことを言っていたっけか。そのときの僕は軽音部にはまったく関心がなかったので聞き流していたのだろう。
「相澤さんは、宮島さんの友人の友人、とかでしたっけ?」キスケが尋ねる。
「翠ちゃんと同じ中学の子が私のクラスにいて、私が軽音ちょっと興味あるって言ったら、軽音部の翠ちゃんを紹介してくれたんだ」とあいちゃん。
「ちょうど私たちもボーカル探してたところで、あいちゃんがボーカルやりたいって言ってたから、キスケくんとトイチくんとの顔合わせも兼ねて、今日部室に誘ったの」翠ちゃんがつけ加える。
 なるほど、そういうことだったのか。

「……で、黒川だっけか」トイチが、今度は僕に視線を向けた。「お前はもうどっかのバンドに入ってんのか?」
「いや、だって軽音部に入部すらしてないし……」
「じゃあ、黒川くんも軽音部入らない?」
 翠ちゃんの言葉を理解するのに、三秒ほど要した。
「…………え? えぇ!?」
 思わぬ展開だ。……えっと、どうしようか。
「なんなら俺らのバンドに入ってもらいましょうか。キーボードはまだいないし」キスケが指を鳴らした。「トイチ的には? あれだけ弾けりゃじゅうぶんですよね?」
「シンセを使いこなせるかってのはあるけど、それでも基本は演奏そのものの技術だから、その意味では問題ないな」
「あ、あの……」
 なんだか勝手に話が進んでしまっている。
「ねえ黒川くん」宮島さんがいたずらっぽく囁いた。「軽音部に入れば、さっきのも『部外者が無断でやった』ことにはならないし、黒川くんも、『不法侵入したわけじゃない』って堂々と言えるでしょ」
 言葉に詰まってしまった。こういうのを「弱みを握られる」というんだろうか。
「よし決まりだな」とトイチ。
「決まりですね」とキスケ。
「いいと思う! 軽音部入ってよ。一緒にバンドやろう!」
 あいちゃんまで乗り気だった。
 どうやら逃げるという選択肢は残されていないようだ。もとより入る部活を探して部室棟に来ていた手前、断る理由が見つからなかった。とはいえ、彼らは僕の演奏を聴いたうえで誘ってくれているわけだし、悪い話ではないだろう、とも思った。
 こうして僕は軽音楽部に入部し、彼らとバンドを組むことになった。

  *

 振り返ってみれば、このとき彼らと出会っていなかったら、僕のその後の人生はまったく違うものになっていたかもしれない。
 彼らは僕にとって、絵梨奈に勝るとも劣らないキーパーソンたちだった。
 
 
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