【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1 第10章①

Film.1 ~雪が溶けると~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第9章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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◆ 第10章①

 三月上旬、県立高校の入試を終えた。
 卒業式は一週間後。それまで、三年生は授業らしい授業もなければ行事らしい行事もない。
 ほとんどの三年生にとっては消化試合のような期間だろう。
 けれど僕にとっては、中学時代で最も学校に行くのが楽しみだった一週間かもしれない。

  *

 卒業式での卒業生合唱の伴奏と指揮をすることになった僕と絵梨奈は、この一週間、放課後に音楽室で練習することになった。
 第一音楽室は吹奏楽部が使っているので、僕たちは第二音楽室を使った。
 一、二年生は部活をやっている時間帯だが、吹奏楽部が練習している音が小さく聞こえる程度で、校庭を走る生徒のかけ声や体育館を跳ねるボールの音などは聞こえてこない。
 絵梨奈と二人きりの空間。
 耳に入るのは、僕が弾くピアノの音くらいだ。
 この場には僕たち以外誰もいない。教室で絵梨奈と一緒にいると目ざとい奴に冷やかされたりもしたのだが、そのようなこともない。
 僕たちがした会話は、些細な、とりとめのないものだった。
 必要以上に練習を引き延ばすようなことはしなかった。
 絵梨奈の指揮に特に直してほしいところはなかったし、絵梨奈も僕の伴奏に気になるところはほとんどなかったらしい。

 卒業式前日の月曜日は部活がなかったので、体育館での練習が許可された。
 体育館の中はすでに卒業式の準備が整っていた。マットが敷かれ、パイプ椅子が三つのブロックに区切られ整然と並べられている。
 入口から見て一番手前のブロックが保護者、真ん中のブロックが在校生、一番奥、ステージに最も近いブロックが卒業生の席だ。それらとは別に、壁際には教師や来賓用と思われる席も並んでいる。
 普段は袖に隠れているグランドピアノも、ステージの上に見えるように設置されていた。
 在校生席と保護者席のブロックには、真ん中に広めの通路が設けられている。明日僕たち卒業生が歩く、いわば花道だ。
 その花道を一足先に僕と絵梨奈は歩いていた。
 誰もいない体育館というのは新鮮だった。授業だったり行事だったり部活だったり、体育館に入るのは自分以外にも人が大勢いるときがほとんどだった。
 この広い空間に、今は僕と絵梨奈の二人しかいない。
 そういえば、体育館のピアノを弾くというのも初めてのことだ。
 軽く音を鳴らしてみる。調律、はまあまあか。ちゃんとしたホールで弾くようなピアノと比べると微妙に音が外れているような気もしたが、許容できる範囲だ。
 卒業生合唱で歌うのは、卒業式の定番として古くから親しまれている曲を二曲。歌詞はいいのかもしれないが、伴奏としては面白味のない曲だ。
 だが絵梨奈の指揮で弾けるのなら、それだけでいい。
 僕の指は滑らかに躍り、華やかな暖色が浮かび上がる。
 かつてクラスに気の許せる友人のいなかった僕ら。
 あのとき腫れもの扱いをされていた二人の、明日は最初で最後の晴れ舞台。

 練習を終えて体育館を出ると、外は冷たい風が吹いていた。
 冬が過ぎ去るのはまだ先になりそうだ。
 体の芯まで冷えるようなその風には、白い粒が舞っていた。
 校舎に続く渡り廊下を歩きながら、横に並ぶ絵梨奈をちらりと見る。
 背の高さは同じくらい、いや、やはり絵梨奈のほうが少し高い。
 絵梨奈の身長を抜けたことは、小中の九年間で一度もなかった。百六十センチという、中三男子としては低い背丈。入学当初、背は伸びるだろうと思って買った大きめの制服や体操服は、三年経ってもダボダボのままだった。
 けれど絵梨奈とはずっと同じくらいの身長差を維持してきたので、低身長でもまったくコンプレックスはなかった。絵梨奈とは同じくらいの目線の高さにいるのが心地いい。
「雪、多くなってきたね」
 校庭のほうを眺めながら、絵梨奈が呟いた。
「え、卒業式、まさかの雪?」
「いや、明日は晴れるって天気予報で言ってた。でも寒いらしいよ」
「じゃあ、積もりそうだね」
「積もると思う」
 短く他愛もない会話だが、こんなことを話せるのも今日が本当に最後だろう。
 飽きるほど見た絵梨奈のセーラー服姿も、目に焼きつけておきたいと思える。
 何かの本で読んだ「日陰に咲く花」という表現が、絵梨奈にはふさわしいと思った。
 陳腐な言い回しにはなるが、まるでスノウドロップの花のような人だ、と形容するのが一番しっくりくるかもしれない。

  *

 卒業式の内容は、正直なところ卒業生合唱以外はどうでもよかった。というより、卒業生合唱が僕にとって重要すぎた。
「卒業生合唱、卒業生、起立」という司会の先生の声が聞こえると、僕は一人足早にステージの袖へ、そしてピアノへと向かった。
 指を冷やさないようにはめていた手袋を外す。ピアノの蓋を開け、椅子に腰かける。椅子の高さは前日の練習で調節したので、僕にぴったりなものとなっていた。
 ステージの上での演奏となると、去年まで参加していたようなピアノの発表会やコンクールを思い出す。
 一年ぶりの感覚だ。もっとも、あんなに立派なステージではないし、発表会のときのように着飾るわけでも難しい曲を弾くわけでもないのだが。

 白と黒の、八十八個の鍵盤が目に入る。
 世間では勝敗とか正誤とか物の有無とかを、白と黒の二色で表現することがある。
 僕たちは白と黒に踊らされてきたし、これからも散々踊らされていくのだろうか。
 僕の名字が黒川で絵梨奈の名字が白川というのは、どこか運命的というか、僕たちはなるべくしてこうなったのかな、なんていうことを考えていた。

 卒業生一同が僕を背に並んでいる。
 その向こう側、絵梨奈の姿が見える。
 彼女の左手が挙がる。僕と目が合う。
 ──心臓が、とくん、と高鳴った。

 僕が小さく頷くと、絵梨奈が腕を振り始める。
 この合図が嬉しいと、いつか絵梨奈は話してくれた。
 僕が最初の一音を鳴らし、曲が始まる。
 歌が始まると絵梨奈は必然的に歌い手のほうを見る時間が長くなるが、それでも曲の最初、ピアノの音だけが鳴る数秒は、僕と絵梨奈の二人だけの時間だ。
 一年半越しに、僕はこの時間を手に入れた。
 ピアノを弾く指に気持ちを込める。絵梨奈との最後の思い出が、どうか色鮮やかなものになるように。
 一つ音を鳴らすごとに、色が重なり合っては消えていく。
 一つ音を鳴らすごとに、この時間は過ぎ去っていく。
 別れとか旅立ちとか、そういったものは必ずやってくる。
 クラスメイトと別れることよりも、絵梨奈と離ればなれになることのほうが寂しく思えた。
 中学生という時間が終わることよりも、絵梨奈と二人で音楽を奏でる時間が終わることのほうが名残惜しかった。
 だからこそ、指先で、耳で、目で、この瞬間を心に刻むのだ。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~ 第10章②
 
 

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