【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1 第1章

Film.1 ~雪が溶けると~

 
──雪どけの花が開く頃、僕の目に映る音は何色だろうか?
 
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『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~
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『白と黒の雪どけに』Film.3 (準備中)
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『白と黒の雪どけに ~snowdrop portrait~』登場人物など
 
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Film.1 ~雪が溶けると~
 
 
【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
◆ 第1章

  # # #

 僕は僕の気持ちの答え合わせのために、彼女に会わなければならない。
 その前に、僕と彼女のことや、僕自身のこれまでのことを書いておく必要があるだろう。

  # # #

 小学校入学を控えた三月下旬、僕は彼女に出会った。

 僕が通っていたピアノ教室は、未就学児から中学生までを対象とした少人数制のレッスンをおこなっているところだった。
 それまで僕と一緒に習っていた男の子が辞めて、代わりに四月から女の子が入ってくるという。この日は、その子がレッスンの体験を兼ねた見学に来ていた。

 この教室を主宰している、灰賀(はいが)春子(はるこ)先生の自宅の一室。アップライトピアノ二台に加えて、小さなテーブルや、楽譜が収納されている本棚などもある広い部屋だ。床や壁にはちゃんと防音対策も施されていた。
「じゃあ、今日はここまで」
 レッスンの終了時刻になり、春子先生が僕たちに帰るよう促した。片づけをする僕たちに、春子先生が言葉をかける。
(みなと)は今日言ったところ、ちゃんと弾けるようにしてくること」
「……はーい」
 僕はしぶしぶ答え、鞄に楽譜をしまう。
絵梨奈(えりな)は、ときどき右手が危なっかしくなるかな。次からは右手の練習になるような曲をやってみようか。まあひととおり上手に弾けてるから、自信もっていいよ」
「はい。ありがとうございます!」
「始めたばっかでいろいろ大変だと思うけど、だんだん慣れていこうか。これから一緒に頑張っていこうね」
 今日初めてここに来たその女の子は、始めのほうこそ緊張しているように見えたが、レッスンが終わる頃には慣れたようだった。

 彼女は、名を白川(しらかわ)絵梨奈(えりな)といった。
 同い年だが、僕よりも大人びて見えた。目上の人には敬語を使わなければいけないということを小学校に入るまで知らなかった僕と比べると、春子先生にちゃんと敬語を使っていた絵梨奈は、よくしつけられた子だったのだろう。
 ピアノも僕より上手かったと思う。この日彼女が弾いていたのは僕も過去に弾いたことのある練習曲くらいだったが、淀みなく指が動いていた。
 あとで知ったことだが、絵梨奈はもともと別の教室でピアノを習っていたらしい。通っていた教室が閉鎖になったとかで、春子先生のところに来たのだそうだ。

  *

 寒さの厳しい日だった。前日に降った雪がいたるところに残っていた。
 寒冷な地方ということもあり、三月になっても雪が降ることはそう珍しくない。しかし積雪はあまり多いほうではなかった。詳しいことはよく知らないが、地形などの関係らしい。
 片づけを終えて外に出た僕は、絵梨奈と二人で玄関の前に立っていた。玄関を出た先には、小さな花壇を挟んで駐車スペースが設けられている。迎えが来ていれば母の車がここにやってくるのだが、まだ来ていなかった。絵梨奈の迎えも来ていないようだった。
「……みなとくん、だよね」
 絵梨奈が、僕の名前を確かめるように話しかけてきた。
「うん」僕は頷く。
「ピアノ、上手だね」絵梨奈が屈託のない笑みを見せる。
「そ、そうかな」
「このあいだの発表会も見たよ。春子先生にどうですかって言われてたんだ」
「えっ、来てたの?」
 僕は面食らった。二週間ほど前におこなわれたピアノの発表会。そのとき僕はまだ絵梨奈の顔と名前を知らなかったが、彼女はステージの上で演奏する僕を見ていたらしい。
「みんな上手だった。同い年の子、何人かいたけど、湊くんが一番よく覚えてる。一緒にレッスンができて嬉しいな」
 女の子から面と向かって褒められて、嬉しくなかったわけじゃない。でも、こういうときになんて言うべきなのか、当時の僕には思い浮かばなかった。
「……絵梨奈ちゃんの音、その、すっごくカラフルだった」僕はたどたどしく言葉を返す。
「カラフル?」絵梨奈はきょとんとしていた。
 そうだった。僕としては当たり前のことだったのだが、ほかの人には音楽から色が見えることはないのだ。
「えっと、僕ね、音楽に色が浮かんで見えるんだ。絵梨奈ちゃんのピアノは、ピンクや黄色や水色の、こう、ふわーっとした感じで……」
 言ってから、しまった、変な子だと思われてしまうかな、と後悔した。
 しかしそんな僕の気持ちとは裏腹に、絵梨奈は目を輝かせていた。
「すごい! 音に色がついて見えるの?」
「う、うん。ほかの人は見えないって言うんだけど……」
「私も見えないなぁ」
 絵梨奈の演奏からはいつも、淡い色合いの円や三角形、グラデーションがかかった帯が見えた。春子先生が見せるそれと比べるとさすがに見劣りしてしまうが、それでも同年代の子供の演奏から見える音の中では最も綺麗だった。
 ちなみに自分が弾くピアノの音からは、モノクロの単純な点と直線しか見えなかった。最初はバラバラだった点と線が、練習を重ねるにつれて大きくなったり連結したりすることはある。けれど色がつくことはなかった。ほかの人の音はカラーテレビで見ているのに、自分の音だけはモノクロテレビを通して見ているみたいだった。
 だからこそ、上手だったと言われて、若干の戸惑いは感じたものの、それ以上に嬉しかった。
「絵梨奈ちゃんのピアノの色、今まで見た友達の中で、一番きれいだった」
「ほんと? ありがとう!」絵梨奈がぱあっと微笑んだ。「あ、絵梨奈でいいよ。湊くんのことも、湊って呼んでいい?」
「も、もちろんだよ」
「普通の人に見えないものが見えるって、素敵なことだと思う! きっと湊は特別な子なんだよ」
 絵梨奈の瞳がまっすぐ僕を見つめた。
 この日が初対面だったが、僕たちは打ち解けていた。絵梨奈と話している間は、寒さを忘れることができた。凍えるような空気の中でも、胸の奥がぽかぽかするような気がした。
 そんな絵梨奈に特別だと言われたことが、僕には誇らしくも思えた。

 すると、僕たちの気配を感じたのか、春子先生が玄関のドアから顔を出した。
「あれ、二人ともお迎えまだ来てない? 寒いから中入ってていいよ」
 春子先生の言葉で僕は屋内に戻ろうとしたが、絵梨奈が玄関先の花壇の前で立ち止まって動かなかった。
 そこには毎年、季節によって異なる色の植物が咲いていた。春子先生が趣味でいろいろな種や球根などを買っては育てているらしい。もっとも、小学校にも上がっていない頃の僕は、花になんてまったく興味をもっていなかったのだが。
 絵梨奈はその場にしゃがみこんだ。僕も気になって彼女の隣にしゃがんでみた。
 彼女の視線の先を覗き込んでみると、小さな白い花が咲いていた。
 地面から細長い葉が二枚。十センチほどの茎の先には、白い花びらがランプのように吊るされていた。下を向いているその花は、けれど枯れているわけではないことは明白だった。外側に大きな花びらが三枚あり、よく見るとその内側には緑色の斑がついた小さな花びらが三枚ほど重なり合っていた。
 幼い僕の語彙ではせいぜい「きれいな白い花だ」くらいにしか思わなかっただろうが、雫を思わせる形状の花びらは、雪のような白さという言葉がよく似合っていた。土の茶色と葉と茎の緑に、眩しいほどの純白。その花の凛とした佇まいには、どこか異国の庭園のような神聖さすらも感じさせる。
「その花はね、スノウドロップっていうんだよ」
 春子先生が外に出て、僕と絵梨奈の背後までやってきた。
「すのうどろっぷ?」と僕。
「きれいなお花ですね」と絵梨奈。
「ね、綺麗でしょ」春子先生は僕たちに視線を合わせるようにしゃがんだ。「二月から三月にかけて花を咲かせるんだよ。スノウドロップ、別名、待雪草(まつゆきそう)。春の訪れを告げる花ともいわれてる」
 マツユキソウ、という単語が当時の僕では漢字に変換できなかったが、「ユキ」というのは冬に空から降ってくるあの白いやつだろうな、とは思った。

「そうだ湊、絵梨奈。雪が溶けると何になると思う?」
 思い出したように、春子先生が僕たちに尋ねた。
 僕と絵梨奈は頭にハテナマークを浮かべて、顔を見合わせた。
 道端に残っている雪を眺めてみる。これが溶けたらどうなるだろう?
「地面がびちゃびちゃになる」と僕は答えた。
 僕の答えを聞き、「水になる、ですか?」と絵梨奈。
「そうだね、地面はびちゃびちゃに濡れるよね」僕たちの解答に頷く春子先生。「濡れるっていうことは、絵梨奈の言うとおり、雪が水になったっていうこと。だけど、今私が言いたいのはそういうことじゃないんだよ」
 春子先生はここで一呼吸置いた。
 僕たちがきょとんとしているのを見ると、こう続けた。
「雪が溶けるとね、春になるんだ」
 ──雪が溶けると、春になる。
「素敵ですね」と絵梨奈は言ったが、僕はなんだか意地悪ななぞなぞみたいだと思った。
「ずるい! ひっかけ問題だ!」と僕。
「ははは、ひっかけ問題か。たしかにそうかもしれない」
 春子先生は笑って僕の頭に手を置いた。
「雪の季節が終わると、桜が咲いて、動物たちも冬眠から目覚めてくるでしょう? 雪が溶けたら春はもうすぐそこ、っていうこと。スノウドロップはね、そんな雪どけを知らせる花なんだ」
 春子先生の話を、絵梨奈は興味深そうに聞いていた。僕も、ひっかけ問題だとは思っていたものの、なんとなく納得はできた。
「湊と絵梨奈も、四月からは小学生になるでしょ。春になると、いろんなものが動き始めて、変わり始める」
 春子先生は続けて何かを言いかけたように見えたが、ちょうどそのとき、見慣れた車がやってきた。
 春子先生は車に向かって軽く会釈をした。
「湊、お母さん来たよ」
「じゃあ先生、さようなら」
「はい、さようなら。また来週ね」
 春子先生にならって、絵梨奈も僕に向き直った。
「またね、湊。これからよろしくね」
「うん、よろしく。じゃあね」
 僕は絵梨奈に挨拶すると、母が運転する車のほうへ走っていった。
 車に乗って窓の外を見ると、春子先生と、それから絵梨奈も僕に手を振っていた。

  *

 明日になったら忘れているだろうと思ったスノウドロップとかいう花のことは、しかし次の日になってもその次になってもなぜか頭から離れなかった。
 同様に、初めて会ったはずの絵梨奈のことも、強く心に刻まれた。

 それから、春子先生のもとで絵梨奈と一緒にピアノを習う日々が続いた。
 振り返ってみれば、習い始めた当初は好きでも得意でもなかったピアノを僕が辞めなかった理由は、白川絵梨奈という人がいたからだ。
 そしてこの白川絵梨奈こそが、僕が好きかもしれなくて、おそらく僕の人生に欠かすことのできなかった存在で、もしかしたら今の僕が会うべきではない人だ。
 
 
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