
BOOTHなどで販売している小説作品『ぺるそな@ハイドアンドシーク』のサンプルです。
前 → 『ぺるそな@ハイドアンドシーク』第4章 色恋@レジスタンス ①
最初 → 『ぺるそな@ハイドアンドシーク』プロローグ かくれんぼ@もういいかい
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◆ 第4章 色恋@レジスタンス ②
「あぁ、思い出した。南くんか。うん、私、西野夕凪」
「やっぱり! 久しぶり! いやー変わってないな!」
マスクで顔が半分隠れているのによくわかったな、って思ったけど、私は高校時代から(というかもっと前から)このスタイルだった。
信号が青になり、私と南くんは同じ方向に歩き出した。彼もどうやら私と同じ駅に向かっているようだ。
「西野も会社帰り?」
南くんに訊かれて一瞬戸惑う。そっか、本来なら社会人1年目をやっている学年だし、今はスーツだから新入社員に見えなくもないか。
「いや、4年生。今日はたまたま就活で」
「あれ? 西野って浪人してたのか?」
ちょっと返答に迷ったけど、正直に答えることにした。
「……仮面浪人ってやつをね。まあ、いろいろあって」
「仮面浪人かー。いろいろってどんなことだよ? てか、どこ大からどこ大に行ったんだよ?」
南くんは案外めんどくさい奴かもしれない。そう思いながらも顔には出さず、私は以前通っていた大学と今通っている大学を答えた。
高校時代、彼は女子とはあまり積極的に話すタイプではなかったと記憶している。少なくとも私は一度もまともに話したことがなかった。
とはいえ悪い奴ではなかったと思うし、信用はできる気がした。
何より、彼は朝陽と仲がよかった。
類は友を呼ぶ、とはよく言ったもので、私のまわりには、恋愛なんて興味ないとか、趣味に生きたいからずっと独り身がいいとか、そんな子が多かった。彼氏持ちなんて少数派だった。
朝陽についてもそうで、男女問わず友達が多かったわりに恋愛関係の話はほとんど聞かなかった。ツイッターとかでも、恋愛なんぞには興味がないという旨の投稿をときどきしている。
そんな朝陽にも一時、付き合っているらしい、という噂が立ったことがあって、その相手がこの南耀太だった。
たしかに仲がよかったのは事実で、私も、朝陽と南くんが一緒にいるところはたびたび見かけた。もっとも、朝陽本人は付き合っていることを否定していたけど。
話しながら歩いていたら駅に着いていた。ここから20分ほど電車に揺られた先が私の家の最寄り駅だ。南くんが降りるのはさらにその二つ向こうの駅らしい。
向かう方面が同じだったので、電車に乗ってからも会話は続いた。
車内はすでに混雑していて、私たちは車両の片隅に追いやられた。私が壁に背中を預け、南くんが目の前に立つ。身長差が大きいせいで、私は劇場の最前列で映画を観るときみたいに見上げる形になった。
南くんは地元の大学に進んで、この春に卒業。4月から就職して東京に住み始めたという。勤め先がさっきの駅の近くなんだそうだ。
私は、大学進学と同時に上京、仮面浪人したあと今の大学に進んで、まだ春休みだけど今日は就活、来週から大学4年生としてのスタートを切る、というところまで話した。朝陽のことは、向こうから言及されなかったので伏せておくことにした。
私が降りる一つ手前の駅で、また人がたくさん乗ってきた。
人混みに押された南くんが、私の背後の壁に手をつく。彼がさらに私に近づく形になった。
電車が発進したとき、唐突に「あのさ、西野」と、南くんが急に改まった話しぶりになった。
「久しぶりに会って、こんなこと言うのもあれだけど……」声のトーンを落とし、そして意を決したように彼は続けた。「俺、西野のこと好きだった。付き合ってください」
「…………は?」
思わず声をあげてしまった。
え? どういうこと? 何言ってんの? 告白? ちょっと待って? ってかここ満員電車の中だよ?
「……あ、いきなり言われても、戸惑うよな。悪い」
何を言ったらいいかわからず、気まずい空気が流れる。
次の停車駅を告げるアナウンスが流れた頃、南くんが再び口を開いた。
「だけど、もしよかったら、考えてくれないか?」
真剣な表情をしていた。朝陽の友人でもある手前、無下に断るのも申し訳ない気がした。
「……じゃあ、友達から」
「わかった。それでもいい。ありがとな、西野」
電車が私の降りる駅に着いた。
結局この日はラインで友だち同士になったところで、私が一方的に電車を降りた。
電車を降り、外の空気を浴びて気持ちを落ち着ける。
戸惑い、驚き、恐怖、不安。人生初の告白を受けた私には、そんな感情が渦巻いていた。嬉しいとか幸せだとかいう気持ちとは異なるものだった。
かつてのクラスメイト。悪い奴じゃない。朝陽とも仲よくしていた。
だけどOKは出せなかった。出していいのかわからなかった。
恋愛ができるのも、そもそも恋愛をしたいと思えるのも、一種の才能か権利か運か、何か特別なものが必要なんじゃない? そんな考えが頭に浮かんだ。
でもきっと逆。恋愛に特別なものが必要なんじゃない。
普通の人が持っているものを、私が持っていないのだ。
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