2018/12/26

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第32章②

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第32章①
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.3 ~君ともう一度会うために~】
 
 
◆ 第32章②

 カフェから5分ほど歩いたところに、この街のランドマークともいえる大型商業施設がある。
 雑貨や洋服、キャラクターグッズなどを扱った各種ショップのほか、レストランにフードコート、さらには水族館や展望台、イベントホールまで入っている。この街に来たらまず訪れるべきスポットだろう。カフェを出た僕たちは、どちらからともなくそこへ向かっていた。

「プラネタリウム行こうよ」
 出入口のフロアガイドを見て、あいちゃんが言った。
 どうやら最上階にプラネタリウムがあるらしい。せっかくなので見に行くことにした。
 しかし受付でチケットを買おうとしたら、直近の数回はもう満席らしく、今から入れるのは早くて3時間後の回ということだった。
 ひとまず当日券を購入した僕たちは、上映までの時間をつぶすため、下の階のショップを見て回ることにした。

 言うまでもなく、この日の施設内は装飾も品揃えもクリスマス一色だった。
 あいちゃんが、とあるファッション雑貨の店に入った。僕も彼女に続いて店内に足を踏み入れる。メンズとレディースを両方扱っている店のようだった。
 とはいえ僕はまったくと言っていいほどファッションに興味がない。加えて、もともと協調性というものが欠如しているのだろう。
 あいちゃんについて行かなくては、と思うものの、気がつくと彼女が離れたところにいるか、僕のほうがどこかに行ってしまっていた。

 そのとき僕が足を止めたのは、値下げされた帽子が並べられた棚だった。
「何かほしいのあった?」
 あいちゃんがこちらにやってきた。僕が勝手に立ち止まっても嫌な顔一つしないのは、彼女の優しさだろう。
 もし絵梨奈(えりな)だったら僕は愛想を尽かされていたかもしれない。いや、そんなに短気ではないと思いたいが。
「……いや、値下げって書いてあったから見てただけ」
「お、このへんセール品?」
「一人暮らし始めてから、何円引きとか何%オフとか、やたら敏感になっちゃってさ」
「わかる。一人暮らしあるあるだよね。スーパーとかでも値札すごい見ちゃう」
 笑いながら話すあいちゃんに、僕も同意する。

「ところでさ、(みなと)、帽子は持ってるの?」
 陳列棚と僕の顔を見比べるようにして、あいちゃんが尋ねてきた。
「ないね」
 ファッションに無頓着な僕は、もちろん帽子もほしいと思ったことはなかった。
 僕の返答に、あいちゃんはニット帽が並んでいる一角を指さして言った。
「このへんなんかどう?」
 試しに、僕はそのうちの一つを手にとってみた。黒に近い青色の、後頭部をすっぽり覆うことのできるニット帽だ。
 かぶってみると、
「いいんじゃない? 似合ってるよ」
 とあいちゃん。
 僕は近くにあった鏡で、帽子をかぶった自分の顔を確かめてみた。
 悪くないな、と思った。あいちゃんが似合っていると言ってくれたのもあるだろう。
 冬場の防寒アイテムとして、持っておいてもいいかもしれない。僕はそのニット帽を買うことにした。

 あいちゃんは同じ店でマフラーを買っていた。水色と薄紫のどちらがいいかと訊かれ、僕は薄紫と答えた。
 水色はあいちゃんよりも絵梨奈に似合うと思ったから、というのが理由だったのだが、これはもちろん言わないでおいた。
 そして僕たちは、この店で買ったものをそのまま身につけていくことにした。

  *

 その後もいろいろなショップを見て回っていると(僕はほぼ見ていただけで、買い物をしていたのはもっぱらあいちゃんだった)、プラネタリウムの上映時刻が近づいてきた。

 入場して、シートに腰かける。流れるヒーリング音楽も手伝って思わず眠ってしまいそうなほど心地よかったが、3時間も待ったのに寝てしまってはもったいない。
 夜空を模したドーム状のスクリーンを見上げる。そこは無数の光が散りばめられた、群青色の空間だ。

 プログラムの内容は、冬の星座と、それにまつわる神話だった。
 僕だって、星や宇宙に興味がないわけではない。
 映像で見る星空は、たしかに綺麗だった。ロマンチック、というべきだろうか。
 だからこそ、僕は絵梨奈を意識してしまった。
 ──絵梨奈はこういうのは好きなんだろうか。
 そういえば、絵梨奈のメールアドレスには天体に関する単語が入っていたはずだ。となると、おそらく興味はあるのだろう、などと勝手に想像してみる。

 隣の席をちらりと見る。そこで熱心にスクリーンを見上げているのは絵梨奈ではない。
 あいちゃんに若干の申し訳なさを感じつつも、僕は空しさのようなものを拭い去ることができなかった。

  *

 外に出ると、あたりはいよいよクリスマス本番といわんばかりの華やかなムードに包まれていた。
 喧噪の中、夜空を見上げてみる。
 雲はないが、先ほど見たプラネタリウムの星空には遠く及ばなかった。空気が淀んでいるのか地上が明るすぎるのか、はたまた僕の目が悪いだけか。

「湊、こっち!」
 唐突にあいちゃんが、僕の手をとって走り出した。
「あ、あいちゃん!?」
 彼女に先導されるまま、レンガ造りの建物の角を曲がる。

 そこは、一面が光り輝いていた。
 ちょっとした広場と言ってしまえばそれまでだが、ひときわ目を引く巨大なクリスマスツリーとその周囲を彩るイルミネーションは、幻想的ですらあった。
 赤、黄色、緑、青、白。クリスマスという特別な夜を、色鮮やかな光の芸術が飾る。

「綺麗だね」
 あいちゃんが感嘆の声を漏らした。
「そうだね」
 僕は短く答えた。
 あいちゃんが僕の手を握り直したので、僕も握り返すことにした。
 そのまま僕たちは光のトンネルをくぐった。

 この手が絵梨奈のものだったら、絵梨奈とこの景色を見に来れたら、と思わずにはいられなかった。
 絵梨奈と手をつないだことはもちろんない。
 このことはあいちゃんには言わなかったし、表情にも出さないでおいた。そうしてしまうのは〝正しくない〟だろうというのは、さすがの僕でもわかっている。
 ──絵梨奈は僕の手を引いてくれるだろうか。
 いや、こういう場面では僕のほうがリードするべきなのかもしれない。

 握られている手に視線を落とすと、地面を光の粒が流れていくのが目に入った。
 一瞬、僕たちの足元が暗くなった。
 そのとき、あいちゃんがぽつりと呟いた。
「……こうしてると私たち、恋人同士に見えたりするのかな」
 冗談めかしているようで、どこか真剣なトーンも感じられる声だった。

 どうだろう、と僕は考える。
 この瞬間だけではない。たとえば、カフェで向かい合って食事をしていたとき。ショップで帽子やマフラーを選んでいたとき。プラネタリウムで並んでドームを見上げていたとき。
 僕たちはどう見られていたのだろう。
 そして、あいちゃんは何を思っていたのだろう。
 僕たちが恋人同士に見えてしまうのは〝正しくない〟はずだ。では、どんな距離感で接するべきだったのだろうか。

 あいちゃんに目を向けてみる。
 彼女は僕から視線をそらす形でイルミネーションを見ていたので、どんな表情をしていたかはわからなかった。
 手を握ってきたのはあいちゃんだったが、僕もその手を握り返したのだ。こちらに落ち度がなかったとは言い切れない。
「そうかもね」ひとまず出方を伺うことにする。「でも、だったらあいちゃん的にはまずいよね。……ごめん」
「そ、そうだよ。私たち、カップルじゃないんだから」
 あいちゃんは僕の手を離し、こちらを振り返った。彼女は困ったような笑みを浮かべていた。
「バレたらあいちゃん、浮気したみたいになっちゃうもんね」
「みたいっていうか、まさに浮気だよ。……まあ、バレなきゃいいんだけどさ」
 言いながら、僕の横を通り過ぎていくあいちゃん。それから、数歩進んだところでこちらに向き直り、
「湊も変な気起こさないでね?」
 と釘を刺してきた。
「わかってる。今日のことは誰にも言わないし、SNSにもあげないでおくよ」

 わかっている。
 僕には絵梨奈という人がいる。あいちゃんにだって彼氏がいる。これは決して楽しんでいい時間ではない。
 僕はあいちゃんが離した手を、再び握ろうとはしなかった。

 僕は自分の中で、絵梨奈をずっとオンリーワンの存在に仕立て上げていた。
 だから、一線を越えるという意味で、絵梨奈にしていないことを絵梨奈以外の人にしてはいけないと思っていた。
 それは行為や経験だけではなく、たとえば絵梨奈以外の人やものを美しいと思ってはいけないのではないか、といった次元にまで及ぶ。もしそうしてしまったら、僕は絵梨奈を愛せなくなってしまうのではないか、と。
 自分の気持ちに自信がないなりに、たぶん僕は絵梨奈のことを「好き」だと思っていたかったのだろう。その気持ちを保つ術として、このような方法をとるしかなかったのだ。

 それから僕たちは、駅前のバーで夕食をとった。早朝まで営業している店だったが、僕たちは日付が変わる前に店を出た。
 僕もあいちゃんも、翌日には研究室に行く用事があった。終電を逃すわけにはいかなかった。
 最後に、僕たちは思い出したように「メリークリスマス」を言い合った。
 この言葉を伝えたい人はお互いほかにいるだろう、という気持ちを胸に抱えながら。

 絵梨奈と同じ時間を過ごしていた頃には、SNSなんてなかった。僕は中学2年生でようやく携帯電話を持ち始めた。
 だから写真すらもほとんどなく──あるとしたらスノウドロップの写真くらいだ──、インターネット上に記録が残っているわけでもなく、僕の心の中だけにひっそりと眠っている。

 この日のあいちゃんとの思い出も、どこにも残さずしまっておこう。
 ふとしたときに思い出して、ふとしたことで忘れてしまうくらいに留めておくのがきっと〝正しい〟あり方だ。

  *

 3カ月後、僕はなんとか留年することなく大学を卒業した。
 あいちゃんと一緒に卒業するという約束は、無事に果たすことができたのだった。
 思えばこれも僕とあいちゃんの、二人しか知らない口約束だった。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第33章 (近日公開予定)
 
 

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