2018/12/25

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第32章①

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第31章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.3 ~君ともう一度会うために~】
 
 
◆ 第32章①

 普段は一人でいても何とも思わなくても、人が多く集まるようなイベントがあると急に人肌が恋しくなることがある。
 クリスマスはその最たるものだろう。
「クリスマス暇になっちゃったよー」というあいちゃんのSNSの投稿に僕が返信を送ったのは、そんな増幅された寂しさを紛らわせたかったからかもしれない。
 実家にいた頃は季節のイベントなんて対岸の火事のようにしか見ていなかったのに、いつからかハロウィンやらクリスマスやらを身近に感じるようになった。
 東京という大都市が否応なしにそうさせたのか、あるいはSNSなどから影響を受けたのか。

 そんな僕の気まぐれがきっかけで、12月25日の昼下がり、僕はあいちゃんと落ち合うことになった。
 前年の学園祭以来なので、会うのは1年ぶりだった。

  *

 午後1時。都心にあるターミナル駅構内。
 僕が待ち合わせ場所に到着した頃、あいちゃんから、あと5分くらいで着くと連絡が来た。
 僕は丸一日空いていたので家から直接向かったのだが、あいちゃんは午前中は大学で用事があったらしく、大学から直接こちらに来ていた。

 僕は周囲を見回した。
 あちこちに、きらびやかな電飾やクリスマス関連の商品やらイベントやらの広告が目立つ。
 飲食店の中を窓越しに見ると、店員がサンタクロースやトナカイの格好をしている。これが翌日にはお正月仕様に変わっているのだろう。日本は忙しい国だ。

 そんなことを考えていると、背後から「(みなと)」と聞き慣れた声がした。
 あいちゃんがやってきていた。
「おまたせ。今日はありがとね、湊」
 微笑むあいちゃんに、僕はわずかな後ろめたさを感じながら尋ねた。
「……でも、彼氏さんはよかったの?」
「今日は学会発表があるらしくてどうしても空けられないんだって。ま、あとで埋め合わせしてもらうからいいけどね」
 肩をすくめて苦笑いするあいちゃん。
 本人から直接聞いたことはなかったが、あいちゃんに大学院生の彼氏がいるということはSNSの投稿を見て知っていた。
 高校時代からの友人ではあるが、彼氏持ちとなると、クリスマスをともに過ごす相手が僕なんかでいいのだろうかと思ってしまう。もっとも、向こうは気にしていないようなのだが。
 世の中には、彼女が自分以外の男と二人で会うことを許さない男性もいると聞く。あいちゃんの彼氏さんはそのあたりについては寛容なのだろうか。

 ひとまず、僕は話題を変えることにした。
「あいちゃん、コンタクトにしたの?」
 この日のあいちゃんは、いつもかけている紺色の眼鏡をかけていなかった。とっさに口をついた言葉だったが、話題としては妥当だろう。
「私も眼鏡のほうが楽だから好きなんだけどさ、学科の友達が、コンタクトのほうがいいよって言うから、今日は外してきた」
「そうだったんだ。……いや、見慣れてるからかな、あいちゃんには眼鏡のほうが似合ってると思う」
 僕も眼鏡のほうが好きだな、と続けようとしたところで、これは失言だったな、と思った。
 女の子が髪型やメイクを変えていたらまず褒めろ、みたいな文句を聞いたことがある。
 この日のコンタクトもその類だったのかもしれない。(みどり)ちゃんや亜矢奈(あやな)さんあたりに、「湊くんは女心がわかってないね」などと言われそうだ。
 コンタクト以外だと、何を褒めればいいだろうか。
 クリーム色のダッフルコート、ワインレッドのシュシュで結ばれたポニーテール、暖かそうな茶色のムートンブーツ。
 しかし何を言っても墓穴を掘りそうな気がしてしまう。もとより僕はファッションに疎いのだ。

 逡巡しているうちに、「行こ、湊」と言ってあいちゃんが歩き出す。
 僕も彼女に続いて足を進めた。

 僕は、もし相手が絵梨奈(えりな)だったら、とつい考えてしまった。
 絵梨奈とは、こうして二人で出かけたことはない。
 もし絵梨奈だったら、というシミュレーションを行うにはいい機会かもしれないな、と思った。

  *

 まだ明るいというのに、すでに街路樹や建物の壁づたいにイルミネーションが点灯している。夜にはさらに華やかになるのだろう。
 この年のクリスマスは平日だったが、僕たちと同年代の若者が昼間から街を賑わわせていた。どこからかクリスマスソングが流れているが、雑踏に掻き消されてほとんど聞こえない。

 僕たちはまず昼食をとることにした。
 あいちゃんが前から行きたかったというカフェに入った。いかにも若い女の子向けの店だ。カップルもいるので男性客の姿もあるが、店員もほとんどが女性。少なくとも、僕みたいな男が一人で入店するのは躊躇われる雰囲気だった。
 クリスマスとなるとこの手の店は混んでいそうなものだが、昼食とおやつのちょうど間くらいの時間帯だったからか、待たされることなく入れた。

「湊、卒研はどう?」
 僕たちは大学4年生になっていた。
 気がつけば大学生活も、残り3カ月だ。
「週1回のゼミだけ。一応、卒研発表はあるけど、論文らしい論文は書かないよ」
「え、卒論ないの? いいなー! ずるい!」
「数学系の学科だと、学部レベルじゃ論文なんて書けないだろってことで、卒論をあえて書かせないところもあるらしい。もちろん、ボスの先生の方針によるんだけど」
 とはいえ僕も、これでいいのだろうか、とは思う。
 物理学科のあいちゃんは4年生になっても毎日のように研究室に行っていたらしいし(この日も2時間ほど前はまだ大学にいたはずだ)、もちろん実験もある。僕の学科では実験すらなかった。
 それでいて、僕は単位をとるのがいつも首の皮一枚というような点数だった。落とした単位も少なくない。4年生に上がる際には、本当に留年するのではないかと肝を冷やしたくらいだ(ここで単位が足りないと4年で卒業できないことが確定するシステムだったのだ)。
 何を専攻して何を研究して、といったことを、僕は自信をもって語れるだろうか。これで、僕があいちゃんと同じ学位をもらっていいのだろうか。まあ、今からではどうにもならないのだが。
 三段重ねのパンケーキを切り分けながら、そんなことを考えてしまう。
 店の雰囲気には少々近寄りがたさを感じたものの、甘いものは好きだ。なのでこの手のスイーツはおいしく頂ける。このパンケーキはクリスマス限定メニューらしい。

「そうだ。遅くなっちゃったけど、あいちゃん、大学院合格おめでとう」
 夏頃だっただろうか。SNSで、あいちゃんが大学院に合格したことを投稿していた。SNS上ではお祝いの言葉を伝えたが、まだ直接伝えてはいなかったのだ。
「ありがと」
「内部進学?」
「ううん、外部。都内だから住むところは変わらないけどね」
 あいちゃんが苺をほおばる。彼女が注文したのは、高さが30センチはあろうかという豪華なパフェだ。ちなみにこれもクリスマス限定メニューだそうだ。

「湊も内定、おめでとう」
 今度はあいちゃんが僕にお祝いの言葉をくれた。
「ありがとう。なんとか拾ってもらえたよ」
「私も2年後にはやらなきゃいけないんだよなー。何かアドバイスとかない?」
「うーん、特にこれといったことは何も……。大手はほとんど受けなかったし、受かったところは、たまたま波長が合っただけって感じかな」
 バンドをやっていたとか作曲をしたとかいうことを面接で話したら、思いのほか受けがよかったのだ。これが決め手になったかどうかは定かではないが、まあ一つの個性としては認められたのだろうか。

 作曲といえば──。
「──そうだ、これも今更だけど、あのラジドラ、すごくよかったよ」
「ありがと。私としても、最後に最高の作品が作れたと思う。ほかの大学の知り合いの子たちからも評判よかったし。まあ、コンテストはダメだったんだけどね」
 学園祭の当日、僕はあいちゃんのラジオドラマの完成品を聴いた。
 試作段階では使われていなかった効果音や、新たに加わったセリフもあり、完全に音だけで世界を作り上げていた。素人の感想にすぎないが、音声だけでここまで人を惹きつける作品ができるのか、と感心した。
 あいちゃんの集大成的作品の力になれたことは、純粋に嬉しかった。

 食事を終えると、僕たちは交代でトイレに立った。

 あいちゃんが席を外している間、僕は店内を眺めていた。
 こういうとき僕が見るのは装飾やメニューではない。人の手だ。

 先ほどまであいちゃんの陰に隠れていて見えなかったが、窓際のテーブルに座っているカップルの、女性のほうが左手でスプーンを持っていた。
 横を見れば、四人組の女子大生グループのうちの一人が左手でフォークを使っている。
 そして今そのテーブルにやってきた女性店員は、右手にトレイを持ち左手で皿をテーブルに置いていた。この人もだろうか。

 人の利き手を観察するようになったのは、間違いなく絵梨奈がきっかけだった。
 小学生の頃、左利きの絵梨奈を見て、僕も左利きになろうとした、あの頃からの癖だった。
 もともと右利きだった僕だが、今では食事の際は無意識のうちに左手が動く。実際ついさっきまで、僕は左手に持ったナイフでパンケーキを切っていた。
 左手は、僕が絵梨奈を追いかけていた、その証でもあった。僕が左手を使う限り、絵梨奈を記憶から消すことはできないだろう。
 そして、次に絵梨奈と会うときのために何ができるだろうかと自問することも、やめられないだろうと思う。

 あいちゃんが席に戻ってきた。
 どういうわけか、戻ってきた彼女はいつものように眼鏡をかけていた。
 あいちゃんは何も言わなかったが、先ほど本人が言っていたように、眼鏡のほうが楽なのだろう。僕は特に言及などはしなかった。
 
 
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