2018/11/15

カテゴリー: 作品, 小説
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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第31章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第30章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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『白と黒の雪どけに』Film.0 ~プロローグ~
『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~
『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~
『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~
『白と黒の雪どけに』Film.4 (制作中)
 
『白と黒の雪どけに ~snowdrop portrait~』設定・登場人物など
『白と黒の雪どけに』あとがきのようなもの (制作中)
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
ここからの話は『白と黒の雪どけに ~snowdrop portrait~ 下』に収録される予定です。
 
 
【Film.3 ~君ともう一度会うために~】
 
 
 ──次に白川(しらかわ)絵梨奈(えりな)に会うときに、僕はどんな姿でいればいいだろう。
 ──絵梨奈に顔向けできるようになるには、僕はどうなっているのが〝正しい〟のだろう。
 成人式以降、ずっとそんなことを考えていた。

 しかし、考えるだけで何も行動しない。それが僕、黒川(くろかわ)(みなと)という人間だ。

 僕が主人公の物語なんて書こうものなら、きっと主人公に主体性がなさすぎて誰も読みたがらないに違いない。

  *

◆ 第31章

 僕が大学に進学した頃から、SNSというものが日常生活に必要不可欠なものとして広く浸透し始めた。
 SNSがメールなどの既存の連絡手段に取って代わったのはおそらく僕だけではないだろう。大学で知り合った人とはほとんどメールアドレスを交換せず、代わりにSNSのアカウントを教え合った。

 メールアドレスしか連絡先を知らなかった絵梨奈と疎遠になっていったのは、そのせいもあるかもしれない。

  *

 大学3年の8月を迎えた。
 成人式から7カ月、そして、僕が最後に鍵盤に触れてから3年が経とうとしていた。

 真夏の東京はうだるような暑さだ。
 しかし僕にとっては暑さそのものよりも、屋外と屋内の温度差のほうが厄介だった。上京一年目、夏真っ盛りの時期に風邪をこじらせたのはおそらくこれが原因だろう。
 以来、僕は夏でも薄手の長袖シャツを着るようにしている。聞いた話によると、これでも一昔前よりは大幅に電気が節約されているらしいが。

 大学進学以降、高校の友人と会うことはめったになかった。
 高校の同級生で、同じ大学に通っていた相澤(あいざわ)藍花(あいか)──あいちゃんにさえ、学部共通の教養科目の単位をとり終えてしまうと顔を合わせる機会はほとんどなくなってしまった。

 あいちゃんとも、大学に進学してからはSNSでやりとりするようになっていた。
 前期の期末試験期間に入る頃、あいちゃんからSNSのメッセージを受け取っていた。僕が受ける最後のテストがいつかという質問だった。
 僕が返答すると、あいちゃんはその前日に前期最後のテストを終えるらしく、じゃあ湊のテストが終わったあとにご飯でもどうか、という誘いを受けた。
 特に予定はなかったので、僕は二つ返事で了承した。

  *

「──作曲?」
 予想外の依頼に、僕は訊き返した。

 テストを終えた僕は、あいちゃんと大学の近くのファミレスに入っていた。
 高校時代から顔つきもファッションもほとんど代わり映えのしていない僕とは違い(成人式でも旧友たちは口を揃えて「変わってない」と言っていた)、あいちゃんは年相応に垢抜けていた。
 紺色の眼鏡とポニーテールは相変わらずだったが、服装は一段と大人びたものになっている。高校時代にはしていなかった化粧もしていた。

 あいちゃんと会ったのは、たぶん半年ぶりくらいだったと思う。
 この日彼女は、普段使いしているリュックのほかに、大きめのトートバックを持っていた。

 食事を終えるまでは僕たちは他愛のない近況報告や世間話をしていた。成人式の話題にも触れたが、絵梨奈のことは話さなかった。
 あいちゃんは僕が食べ終わるのを待っていたらしい。彼女が頼んだのは軽食だったが、僕は定食メニューを注文していたのでだいぶ待たせることになってしまった(試験直後でお腹が空いていたのだ)。
 二人分の食器が下げられると、あいちゃんは真面目な顔で「お願いがあるんだけど」と切り出してきた。
 僕に曲を作ってほしいというのだ。

「いや、でも僕は……」
「湊がピアノを弾けなくなったのは知ってる。無理を承知でお願いしてる。嫌だったら、いつでも断ってくれていい」
 嫌なわけではない。ただ、できる気がしないと思ったのだ。
 高校3年の夏、バンドとして出た最後のライブ以降、僕は鍵盤に触れなくなった。次第に音楽そのものからも遠ざかるようになっていた。
 まして、曲を作るなどできるわけがない。

「作ってほしいのは、サークルで今度作るラジオドラマの音楽なんだけど……」
 あいちゃんはクリアファイルをリュックから取り出した。
「湊、ラジオドラマってわかる?」
「えっと……、ラジオの、ドラマ?」
「うーん、まあ、そう。要するに、音声だけのドラマ。そのラジドラの音楽を、湊に作ってほしい」
 ラジオドラマというものは聴いたことがなかったが、なんとなくイメージはできた。まあ、読んで字のごとくだろう。

 これが台本、と言ってあいちゃんはクリアファイルの中からそれを取り出した。彼女自身が書いたものらしい。
 ひとまず、台本を読ませてもらうことにした。
 左上隅がホチキスで綴じられた、A4サイズの紙束だ。紙面には、セリフやト書きに加え、「SE」や「BGM」といった文字が並んでいた。

 つまるところ、冴えない青年と心をもつロボットの、恋の話だった。
 売れない音楽家の主人公は、ひょんなことから人間そっくりのロボットを拾う。このロボットが物語のヒロインだ。ロボットは非常に綺麗な歌声をもっており、彼女の歌に合わせた演奏で青年は次第に人気を博していく。そして彼らはそれが恋とも知らずに惹かれ合っていくのだが、ある日ロボットは致命的なバグにより声を失うことになってしまう。
 最後の思い出として、ロボットは青年に歌を贈った。
 青年はガラクタ同然と化したロボットを見て途方に暮れるが、自分が彼女を好きだったこと、彼女も自分を大切に思っていたことに気づき、最後に聴いた歌声を胸に生きていくことを決意する。そんな話だ。

 一気に読んでしまった。これは音声になったらおもしろいだろうと思った。
 作品全体の空気感もさることながら、セリフ回しや登場人物の心情に、思わず引き込まれた。あいちゃんの個性がよく出ていると思った。

 ヒロインのロボットの役を、あいちゃんが務めるという。
 僕に作ってほしいのは、クライマックスで彼女が歌う曲だそうだ。詞は自分があとで入れるから、曲だけでも作ってほしい、ということだった。

 純粋に、いい話だと思った。そのことは素直にあいちゃんに伝えた。
 ──だけど。
「──だけど、ほんとに僕でいいの?」
 いい話だからこそ、僕なんかにそんな大役が務まるはずがない、とも思った。

 そんな僕に対し、「湊だからいいんだよ」とあいちゃん。
「高校から6年間放送をやってきて、これが私の、本当に最後の作品になる。だからこそ、湊の力を貸してほしい」

 あいちゃんが所属する放送研究会というサークルでは、4年生は就活や院試があるという理由で、3年生の秋で引退することになっているそうだ。学園祭で作品を発表するのだが、それが最後になるらしい。
 あいちゃんはこのラジオドラマを、学園祭と同時期に行われるコンテストにも出したいということだった。高校3年のとき、彼女は放送部の大会で全国に進めなかったと言っていた。そのリベンジもあるのかもしれない。

「高校からずっと一緒だった、湊にしか頼めない。湊だからお願いしてる」
 彼女の意志は固そうだった。

 3年前、結果としてあいちゃんを裏切ることになってしまった、その罪悪感がないわけではない。
 成人式の日、絵梨奈に対してちっぽけな見栄を張ってしまった、その背徳感もないわけではない。

「……わかった。やってみる」
 迷いながらも、僕は答えた。

 あいちゃんは「ありがと!」と顔を綻ばせた。
「で、そうなるとwavかmp3の音声データがほしいんだけど……」
 それから彼女は、MIDIがどうとかオーディオインターフェースがどうとか、要するに機材まわりの話を始めた。だがあいにく僕にはよくわからなかった。
 シンセの型番だけはわかったのでそれを教えると、彼女は自身のスマートフォンでそのシンセのスペックを調べた。そして手帳を取り出し、空いているページに何やら図を描いていく。
「この配線でいけると思う」
 描き込んだページを破り、僕に差し出した。
 シンセをノートパソコンに接続し、作曲をするための配線図らしい。バンドで用いたものとは異なる端子やケーブルを使うことになるようだ。
「機材は私の私物を貸すから。たぶん、この中に入ってるやつで大丈夫」
 そう言って、傍らに置いていたトートバッグを丸ごと僕に手渡してきた。
「落とさないで! 壊さないで! なくさないで!」
 念を押されたので慎重に中身を確認してみる。小さな箱型の見慣れない機材と、丁寧に巻かれたケーブルが入っていた。
 台本もくれるということだったので、機材と一緒にトートバッグにしまった。
 あとは作曲用のソフトをパソコン上に入れる必要があるそうだが、フリーソフトでもそれなりに機能が充実しているものがあるという。後日、機材の使い方と合わせていろいろと教えてくれた。

 思えば放送部としてのあいちゃんのことは、高校時代に校内放送や学校行事でときどき声を聞くくらいでしか知らなかった。
 こんな機材を操れて、こんな話を作ることもできるのか。もしかすると作詞の際にも、この才能が活きていたのかもしれない。

  *

 上京する際、シンセは実家に置いてきていた。弾けなくなってしまったのにわざわざ大きな荷物を増やすことはないだろうと思った。亜矢奈(あやな)さんに返すことも考えたが、あの人の口ぶりからすると、返してもしかたがない気がした。
 お盆で実家に帰省したとき、僕はケースに溜まっていた埃を拭きとった(シンセ本体はケースの中にあったので綺麗なままだった)。そして東京に戻ってくる際、僕はそれを担いできた。
 東京に戻ると、自分のパソコンに作曲用のソフトをインストールした。

 改めて、あいちゃんからもらった台本を読んでみた。
 頭に浮かんだ旋律を、思いつくまま台本の余白にメモする。テンポ、強弱、コード、音色。──そう、こんな感じだ。
 その物語には、僕の想像を掻き立てるものが十二分にあった。

 数日後、書き散らかした譜面を清書した。
 いよいよ、シンセをパソコンに接続する。あいちゃんに言われたとおりにやってみたら、問題なく録音の準備は整った。

 ヘッドフォンを装着する。音色をセットする。スマートフォンのメトロノームアプリを起動する。
 鍵盤に指をかけてみた。
 このシンセは61鍵。88鍵の一般的なピアノより鍵盤は少ないはずだ。なのに、何か未知の大きなものと対峙したような不安に駆られる。
 使う音も、出さなければいけない音もわかっている。だというのに。
 ──鍵盤って、こんなに怖いものだっただろうか?

 ひとまず、深呼吸した。
 そうだ。これは誰かに聴いてもらう演奏ではない。誰かが見るわけでもない。ラジオドラマなので、あくまで主役は声のはずだ。
 あくまであいちゃんのためだ。あいちゃんのためにシンセを弾き、あいちゃんのために作るのだ。

 鍵盤の上で指を動かしてみた。
 ブランクのせいかトラウマのせいか、指は思った以上に言うことを聞いてくれない。
 音が外れた。
 ──違った。こんなはずじゃない。
 あの瞬間がフラッシュバックする。
 もう一度弾く。録った音を再生してみる。
 とてもじゃないが、聴けたものではなかった。
 耐えられなくなって、ヘッドフォンを外し、部屋で一人のたうち回った。メトロノームの音がやけに大きく聞こえて、たまらず止めた。

 やっぱり断ろうか、とも思った。
 だが、あいちゃんの言葉が蘇る。

 ──湊だからお願いしてる。

 高3の夏、また弾けるようになると言ってくれたあいちゃんの期待を、僕は踏みにじったともいえる。
 それでも彼女は、その後も変わらず僕と接してくれていた。

 ──これが私の、本当に最後の作品になる。

 頭に浮かんだこの音楽だけは、なんとしても完成させなければいけないと思った。
 あいちゃんが6年間放送をやってきたその集大成を、僕のせいで台無しにするわけにはいかない。
 弾けるようにならなければいけない理由はなかったが、再び弾けるようになるにはこの機会しかない気がした。

 もう一度、呼吸を整えた。

  *

 2カ月ほどが過ぎた頃、あいちゃんからメッセージとともに音声データが送られてきた。

  私のわがままを聞いてくれてありがとう。
  湊にお願いしてよかった。

  ラジドラの試作品を送ります。
  サークルのみんなには、あとでいくらでも
  聞かせる機会はあるから、その前に、
  まずは湊に聴いてほしい。

 まだ全部は完成していないようだが、僕の作った曲を使う部分だけ取り急ぎ編集したらしい。
 さっそく聴いてみた。あいちゃんの声は、やはりピアノの音によく合っている。僕としては、曲の使われ方もあいちゃんの歌も文句なしだった。
 特に直すところはない、完成が楽しみだ、と伝えると、あいちゃんから返事が来た。

  絶対に、いい作品にします。
  完成したやつは学園祭で流すから、
  楽しみにしててね。

  湊がもう一度音楽をやってくれて、
  私は嬉しいよ。

  お疲れ様。
  ありがとう。

 人前で演奏することは、まだできないかもしれない。
 あいちゃんのための曲を、たった一つ作っただけだ。
 しかし、再び鍵盤を弾くことはできた。もう一度曲を作ることはできた。

 もう少しだけ、音楽は僕に寄り添ってくれそうな気がした。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~ 第32章 (近日公開予定)
 
 

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