2018/11/07

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第30章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第29章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第30章

 彼女の姿は、すぐに見つけることができた。
 僕の記憶の中にあるものと、変わらない姿、変わらない声、変わらない笑顔。

 ──僕は彼女の名前を呼んだ。

  *

 時は流れ、二十歳の冬。
 学生生活でいえば、大学2年生の後期の期末試験を間近に控えた頃だ。

 僕は成人式に参加していた。

 地元の会館に、同じ市の出身の新成人が一堂に会している。中には別の中学から同じ高校に入っていた同級生もいた(palette(パレット)メンバーは僕以外は4人とも別の市の出身だった)。
 式典には全員が来ているわけではなかったが、それでも大多数の同級生たちと再会できた。

 男子の中には、中学時代は僕より背が低かったのに今は僕が見上げるほどの長身になっている人もいる。とはいえ顔には面影があるし、話してみると声も口調も中学時代とさして変わりはない。
 僕はというと、背格好からしてほとんど変化がなかったので、友人たちから「お前どこが変わったの?」「全然変わってないな」という評価を頂いた。それでよかった。老けて見られるよりは断然ましだと思ったし、何より今の自分の姿が、絵梨奈(えりな)の記憶の中にあるであろう僕の姿と相違ないのだから。

 女子はほとんどが、見違えるほど美人になっていた。成人式仕様の晴れ着やメイクというのももちろんあるが、それぞれがそれに見合うだけ自分を磨いてきたのではないかと思う。
 その中には絵梨奈の姿もあった。
 この日は彼女と話す絶好の機会だった。
 しかし、ここでは人が多すぎた。正直、話しているところをあまり見られたくはなかった。
 絵梨奈も主に女友達との話に興じているようだったので、こちらから話しかけに行くことはしなかった。

  *

 夕方からは二次会だった。場所は変わって、ホテルのパーティルーム。立食形式でのパーティだ。ここは同じ中学の同窓生のみが参加する場となっていた。

 絵梨奈に話しかけるタイミングがあるとしたらここだろうと思っていた。

 男子は着替えずスーツのまま来ていたが(もちろん僕もそうだ)、女子は振袖からパーティドレスに着替えていた。
 振袖はレンタルだろうし髪型は美容院などでセットしてもらうにしても、こういったお洒落な服を女の子たちはいつどこで見繕っているのだろう、というのはいつも疑問に思う。ピアノの発表会や、バンドのライブのときもそうだった。

 5年前に僕たちの学年を受け持っていた先生も、今はほとんどが別の学校に赴任しているそうだが、この二次会会場に集結していた。
 教え子たちが成人したものだから、先生たちも心置きなくといったふうに酒を飲み交わしていた。

 良くも悪くも、僕は教師との関わりが薄い生徒だった。中学時代は曲がりなりにも真面目で成績優秀だったので、教師としては手のかからない子だっただろう。ひどく叱られたのは、2年生のときに一度あるくらいだ。
 頻繁に叱られていた生徒のほうが、卒業時には教師との絆は深まるというものだ。憎まれっ子世にはばかる、ではないが、憎まれなかった子はその分思い出として残りにくいというのが人間というものなのだ。

 同級生にしろ教師にしろ、中学時代の僕を知る人は大半が僕のことを「頭のいい奴」として認識していた。
 しかし中学まで僕が優秀な成績を保てていたのは、絵梨奈の存在があったからにほかならない。
 つまり絵梨奈がいなかったら、僕は本当に存在感も必要価値もない少年だったかもしれないのだ。
 それでもそこそこ付き合いのあった友人たちは話しかけてくれたし、3年のときの担任の先生は僕のことをよく覚えてくれていた。
 あの頃の僕にもそれなりに人権みたいなものはあったんだな、と今更ながら思う。

 近況報告ももちろんだが、当然ながら中学時代の思い出話にも花が咲く。
 あいつがこんな事件を起こしたことがあったよねとか、当時あんなアニメやゲームが流行っていたっけとか、5年も経って振り返ってみると案外共通の話題というのは出てくるものだった。
 5年という歳月が、良いことも悪いことも笑い飛ばせるよう巧妙に風化してくれたのかもしれない。
 あいつらも馬鹿なことするよな、なんて思っていたが、実は僕だって同じように未熟だった。
 良くも悪くも狭い世界だったので、本当はみな同じようなことを考えて生きていたのだろう。

 やがて二次会も散会となった。
 パーティルームを出て、あたりを見回す。

 彼女の姿は、すぐに見つけることができた。
 僕の記憶の中にあるものと、変わらない姿、変わらない声、変わらない笑顔。

 ──僕は彼女の名前を呼んだ。

  *

 この日初めて、絵梨奈と言葉を交わした。
 淡いピンクのドレスに、フリルのついた白いボレロ。編み込まれた後ろ髪を、薄紫色の花の髪飾りが彩っている。華やかなメイクとアクセサリーは、小学生の頃のピアノ発表会で見た姿よりもナチュラルに馴染んでいた。

「久しぶり」「お疲れ」「元気?」「変わってないね」など、まずはとりとめのない言葉から入っていく。
 会えた嬉しさも脈が速くなる高揚感も、今はまだ隠しておこう。

 僕はなんとはなしに、
「絵梨奈は今、何してるの?」
 と尋ねた。
 思えば、この一言がいけなかったのかもしれない。

「看護師を目指してる」
 今日の天気を訊かれて晴れですと返すような、そんなシンプルな返答だった。
 彼女が在籍しているのは看護学科というところだそうだ。東京の大学に通っていることは知っていたが、看護学科というのは初耳だった。
 来年度からは本格的に実習が始まり、最終的には国家試験を受けることになる、と話していた。
 一方で、だから看護師になるしかほとんど道は残されていない、とも。

 彼女が目標を見つけ、それに向かって精進しているなら、それだけ強い意志と覚悟をもっているなら、それは応援するべきことだろう。
 しかし僕は、彼女を素直に喜ぶことができなかった。
 置いていかれた、と思った。
 置いていかないでくれ、と思った。
 言葉にするなら、強烈な劣等感、といったところだろうか。
 絵梨奈が僕と違う高校を受けると知ったときや入院したと聞いたときに感じたものとは異なる感覚だった。それまで絵梨奈がどんなに成績がよくてもどんなにピアノが上手くても、彼女に対してこんな感情を抱いたことはなかった。
 僕は彼女と対等だと思っていた。彼女は僕と同じでいてほしいと思っていた。少なくとも僕は。

 たとえばスポーツの世界では、僕と同じ年齢の選手がすでに世界で活躍していたりする。だがそのようなトップアスリートを見ても、劣等感はまったく感じない。住む世界が違いすぎるからだ。
 相手との距離が近いと思うから、嫉妬や羨望を感じてしまうのだ。

 ふと、この日会った友人たちとの会話を思い出した。
 彼らは、大学生、専門学校生、社会人、フリーターなど、みなさまざまな肩書きをもっていた。
 サッカー部の元エースが美容師の専門学校に通っていたり、野球部の元4番バッターが東京で料理人の修業をしていたり。中には芸能活動をしていたり、自衛隊に入隊していたり、すでに結婚して子供が生まれているという人もいた。
 僕が進学校に入って自然な流れで大学に進んだように、彼らも人生を歩む中で、自然な流れでそのような道に進んだのだろうか。大学といえば、ある同級生は僕よりワンランク下の高校に入ったにも関わらず僕よりレベルの高い大学に進学していた。

 僕は絵梨奈に、どうして看護師に、とは訊けなかった。訊いてはいけない気がした。
 僕のような奴がどこまで彼女の実情に踏み込んでいいのか、もうよくわからなくなっていた。

 ──僕は何をしていたんだろう。
 目指すものなんてない。誇れるものも何もない。
 唯一の特技だったピアノも弾けなくなってしまった。
「そうなんだ。頑張ってね」
 ──そんな気持ちも、僕は無意識のうちに隠してしまっていたのだが。

 僕たちは自分の思うままに生きてきた。
 なのにある者は立派な大人になり、ある者は未熟な子どものままでいる。
 前者はいったい何が〝正しかった〟のか。
 後者はいったい何が〝正しくなかった〟のか。
 歳をとったからといって大人になるわけではないのだ。
 僕も彼らも同様に二十歳を迎えたが、僕は彼らのように立派な大人になれているだろうか。
 もしかすると僕だけが、今になってもあの頃のように馬鹿なままなのかもしれない、とさえ思えた。
 僕は中学時代から何一つ進展のない片想いを続けている。
 もっとも、「好き」かどうか自分でもわからない以上、それは片想いとすら呼べないのかもしれないが。

(みなと)は大学で何してるの?」
 絵梨奈からそう訊かれるのは、まあ自然な流れだろう。
 僕は歯切れの悪い受け答えしかできなかった。
 そういえば大学に入ってすぐの頃、あいちゃんからも似たようなことを訊かれた。数カ月すれば答えられるだろうと思っていたが、2年生の終わり頃になってもはっきりと答えられない。それだけ僕は、何もかも曖昧なまま日々を過ごしているらしい。
 サークルには籍だけ置いている、いわゆる幽霊部員と化していた。2年次からは部費も払わなかったので、もしかしたら知らないうちに除名されているかもしれない。
 バイトはしていたが、これといって胸を張れるような仕事は何もしていない。物欲の少ない僕にとっては、最低限の生活費を稼げればそれでよかった。

「バンドはどうしたの?」
「今はやってない」
 そっか、と絵梨奈は納得してくれた。最後の大会のときにステージの上で倒れる僕を直接見ていたわけだし、その後の文化祭ライブを辞退したことも彼女は知っている。まあ無理もないと思ってくれたのだろう。
 だが絵梨奈は、弾けなくなったことまでは知らないはずだ。
 そして僕は、弾けなくなった、とは言わなかった。
 これといった理由はない。せめてもの見栄だった。もっとも、勘づかれている可能性はあるが。
 僕は絵梨奈に、やっぱり湊はすごい、と言われるような存在でありたかったのだろう。

 やっと会えた。言いたいことはいくつもあった。今度こそ言おうと思っていた。最後のチャンスかもしれないとも思った。
 しかし、今それを言うのは〝正しくない〟のではないか、という疑念が拭えなかった。

 目標に向かって進んでいる絵梨奈と、自分が何をしているのかもわからない僕。
 こんな僕に、絵梨奈に告白する権利なんてない。
 こんな僕に好きだと言われて、絵梨奈はどう思うだろうか。
 とてもではないが、今の僕には絵梨奈を幸せにできる気がしない。

 本当に強い想いがあるなら、こういった場面でもそれを伝えるのだろうか。
 ──だとしたら僕は、絵梨奈のことを「好き」だとは言えないな。

  *

 高2のときは絵梨奈が入院していたから、彼女からスノウドロップの写真は送られてこなかった。
 高3のときは受験があったから、そもそもお互いに育てることをしなかった。
 その先は環境が変わってしまったこともあり──、いや、そんなのは言い訳でしかないだろう。2年も空いてしまったので、写真を送り合うだけの熱が冷めてしまったのだ。

 実を言うと僕に関しては、大学1年の冬は東京の家でスノウドロップを育てていた。しかしついに写真を送る勇気が出ないまま冬を越した。
 そして今、大学2年の冬だが、花を育てることすらせず絵梨奈との再会のときを迎えている。
 結局、スノウドロップの写真を送り合ったのは、高校1年の2月だけだった。

 そしてこの先も、絵梨奈からスノウドロップの写真が送られてくることはなかった。
 僕も送ることはなかった。
 約束を守ったのは、一度きりだったというわけだ。

 僕と彼女の関係は、やはり灰色のままだった。
 
 
 『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 了
 
 
  * * * *

「──雪が溶けると春になる。スノウドロップは、雪どけと春の訪れを知らせる花だ、って私そのとき言ったと思う」
「そうでしたね」
「だけどね、『雪が溶けると春になる』っていうのは、半分は合ってるけど、半分は間違ってると思うんだ」
「どういうことですか? やっぱり、雪は溶けると水になるから、ですか?」
「いや、そういうことじゃなくてね──」

  * * * *
 
 
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ここまでの話を、『白と黒の雪どけに ~snowdrop portrait~ 上』としてコミティアで頒布します。
また、ダウンロード販売も予定しています。
 
snowdrop portrait_left
 
 
詳しくはこちら

『COMITIA126』に出展します


 
 
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『白と黒の雪どけに』Film.0 ~プロローグ~
『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~
『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~
『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~
『白と黒の雪どけに』Film.4 (制作中)
 
『白と黒の雪どけに』設定・登場人物など
『白と黒の雪どけに』あとがきのようなもの (制作中)
 
 

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