2018/11/04

カテゴリー: 作品, 小説
タグ: , , ,

Sponsered Link



【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第29章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第28章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第29章

 高校を卒業した僕は東京の大学に進学し、都内で一人暮らしを始めた。
 僕の進学先は、世間一般的にはまあまあのレベルだが、僕の出身高校では生徒も教師も滑り止め程度にしか考えないような大学だ。実際、同級生の中にはこの大学を蹴って浪人を選ぶ者も数多くいた。

 僕は絵梨奈(えりな)に、大学に受かったことをメールで報告した。
 絵梨奈も合格を決めていたようだった。文面に書かれていたのは都内の有名大学だった。僕と違い、彼女は高校でも好成績をキープしていたのだろう。
 彼女も4月から住所を東京に移したらしい。具体的にどのあたりに住むことにしたのかなど聞きたいことはいくつかあったが、そこまで彼女の事情に首を突っ込むべきではないと思った。

  *

 4月に入って数日の間に、健康診断を済ませ、サークルの説明会を覗き、そして入学式を迎えた。
 入学式は午前中で終わった。午後から新入生は学部ごとにキャンパス内の別々の棟に分かれ、その中でさらに学科ごとに分かれてガイダンスを受けることになっていた。
 実家からやってきていた母と昼食をとったあと、僕は一人、スーツ姿の新入生の集団の中を縫うようにして学部棟へ向かった。

 履修登録の方法から、大学内の施設の使い方、学生生活を送るうえでの注意点などについてひととおり説明を受け、それから分厚い教科書を買わされた。
 帰る頃には僕のリュックは朝の倍以上の重さになっていた。さらに手には大学の名前が入った手提げ袋。この中に入った冊子や書類の束には、ろくに目を通すこともないだろう。

 キャンパスを一歩出たところで立ち止まり、あたりを見回してみた。
 僕が通うことになる大学は、これぞ東京ともいうべき大都会の中にあった。
 周囲には地元ではまずお目にかかれないような高層ビルが立ち並んでいる。人の密度も建物の密度も、僕が生まれ育った場所とは桁違いだった。
 キャンパス内も、どちらかというとビルが密集しているようなイメージだ。あとで知ったことだが、一般的な大学のキャンパスというのはもっと自然豊かで広々とした場所らしい。

 東京に来たことはあったが、大学周辺は入試の際に一度訪れているだけの、ほとんど知らない土地だった。
 知っている人でもいたらいいのにな、と思った。
 未知の環境に一人で放り込まれることに、心細さを感じなかったわけではない。住む場所からして異なるのだ。高校までとは比較にならない。
 だが期待はしないほうがいいだろう。そんなことより、これから新たに友人を作るほうが賢明だ。

 ──ああそうか。
 もしかすると絵梨奈やあいちゃんは、高校に入った頃もこんな感覚を味わったんだろうか。
 そんなことを考えていたときだった。

「なんでいるの!?」

 聞き覚えのある声がした。
 声がしたほうを振り向く。
 そこには、ついこの間まで同じ高校で、同じクラスで、同じバンドをやっていた──

「あ、あいちゃん!?」

 相澤(あいざわ)藍花(あいか)──あいちゃんの姿があった。

  *

 入学式だったので、あいちゃんも僕と同様、スーツを身にまとっている。彼女の制服姿と私服姿は何度も見てきたものの(私服校だったが制服のような市販の服を着てくる女子生徒はいた)、スーツ姿というのは新鮮だった。

「びっくりしたよ。まさか(みなと)がいるなんて」
「僕も知らなかった。あいちゃんもここ受けてたんだね」
 あいちゃんは僕と同じ学部の、物理系の学科に入ったという。彼女もちょうど学科のガイダンスが終わり、これから帰宅するところだったらしい。
 僕たちは一緒に最寄り駅まで歩いていくことにした。

「湊の学科は、数学系? 名前からして、ただの数学科って感じでもなさそうだけど」
「僕もよくわからないんだけど、1年生は主に解析学と線形代数、あと必修でプログラミングなんかもあるらしい。授業で使うからって、さっそくノーパソ買わされることになったよ」
「パソコンかー。うちの学科は必須じゃないんだけど、私も買おうとは思ってる」
 レポートを書いたり複雑な計算をしたりする際に、やはりパソコンは不可欠らしい。それからあいちゃんは、どのメーカーの製品がいいとかどのくらいのスペックがほしいよねといったことを話していた。あいにく僕にはよくわからなかったので適当に流すことにした。

「ところでさ、サークルは決めた?」
 あいちゃんが話題を変えた。
「どうしようかな」
「軽音サークルには入らないの?」
「軽音か……」
 数日前の、サークル説明会の日を思い出した。
「覗いてはみたけど、僕は、なんか違うなって思った」

 その日は各サークルがキャンパス内に看板やブースを出し、やってきた新入生に向けて説明を行っていた。
 軽音サークルのブースを覗いてみたところ、その日の夜にやるという新歓ライブに招待してもらえることになった。
 しかし、ここじゃない、というのが率直な感想だった。
 全体的に粗が目立つというか、リズム隊は走るしギターは雑音にしか聞こえないしボーカルは音感もリズム感もあったものではない。この曲をコピーすれば受けるだろうとか、内輪だけで盛り上がっていければいいだろうとか、そんな雰囲気を感じた。それでいて一丁前に音楽を語ったりなどしている。

 改めてpalette(パレット)や、ミューブレ全国大会に進むバンドのレベルの高さを知った。
 僕は音楽はそれなりに好きではあったが、バンドをやりたいわけではなかったことに気づいた。
 高校時代は、メンバーの技術が高いからそこにいた。たまたま居心地がいいからそこに身を置いていた。
 それだけだ。それだけだったのだ。

「私も、軽音はやらないことにした」
「あいちゃんも?」
 あいちゃんは新歓ライブには行かなかったものの、僕とは別のタイミングで軽音サークルのブースに来ていたそうだ。
 軽音サークルに対する僕とあいちゃんの感想は、おおむね一致していた。大学の軽音サークルがどこもそうなのだとは思わないが、この大学のバンドは僕やあいちゃんが思うバンド像とはかけ離れていた。

 あいちゃんは放送研究会というサークルに入ることにしたらしい。
 いわく、高校の放送部とはまた違うらしいが、音楽やらないなら放送かな、ということだ。
 あいちゃんにとって放送というのは、高校時代、バンド以上に大きな柱だったはずだ。放送でも最後の大会で全国に進めなかったと言っていた。彼女なりにやり残したことがあるのかもしれない。

  *

 あいちゃんと話をしているうちに駅に着いた。
 大学から徒歩約5分。ここから都心へも郊外へも一本で行ける。東京に来てすぐの頃の僕にはよくわからなかったが、この大学は立地としてはかなり恵まれているといえるだろう。
 この駅には複数の路線が乗り入れているが、僕とあいちゃんは同じ電車を利用していた。そのためホームまで僕たちは一緒に来た。
 あいちゃんも都内で一人暮らしを始めていた。駅から、僕の家と反対方面へ30分ほどの場所に住んでいるらしい。

 僕が帰る方面に向かう電車が、ちょうどホームにやってくるところだった。
 じゃあ僕はこれで、と言いかけたところで、
「湊」
 と、あいちゃんに呼び止められた。
「……一緒に卒業しようね」
 それは切実な約束のように思えた。
「そうだね。一緒に卒業しよう」
 僕はあいちゃんの言葉を繰り返した。
 あいちゃんとともに卒業できるなら、それはとても喜ばしいことだと思った。
「なんなら卒業式の日、また一緒に写真撮ろうか」
「4年ぶり2回目でーす、ってね。いいと思う」
 僕が軽く笑って提案すると、あいちゃんも笑顔を返した。
 見知らぬ土地で、こんなふうに笑い合える人と再会できたのは感謝すべきことだろう。

 発車ベルが鳴ったので、電車に乗り込んだ。
 振り返ると、窓の向こうであいちゃんがこちらに手を振っていた。僕も手を振り返した。

 窓の外を流れる景色を見て、ふと思う。
 絵梨奈も進学先は東京だ。この都会の、一体どこにいるのだろう。心細い思いをしていないだろうか。
 彼女とも、いつか思わぬところで会ったりすることがあるのだろうか。

 とはいえ絵梨奈とは、翌年には地元で会えるイベントが控えてもいた。

  *

 後日、僕はアンサンブル同好会という音楽サークルに入った。
 バンドというほどのものではないが、ときには何人かのグループで、ときにはソロで、気ままに演奏したり歌ったりするサークルだ。コピーが大半だが、オリジナル曲を演奏することもある。一応、学園祭などで発表する機会もある。
 活動自体はまったく厳しくなく、先輩も同期も温厚な人ばかりだった。音楽経験も人によってさまざまだったが、それぞれが相応に自分の役割を見つけ、こなしていた。少なくとも軽音サークルよりはましだと思った。
 入部した際の自己紹介では、僕はバンドをやっていたことも曲を作っていたことも明かさず、ただピアノを少し習っていたことがある程度にしか話さなかった。
 初めのうちはごまかしていたが、学園祭に向けて準備を進めていたある日、同期から伴奏を頼まれた。
 そこで部室の電子ピアノを弾いてみたとき、駄目だ、と直感した。
 やはり僕は、鍵盤を弾くことができなかった。
 このサークルなら歌唱やギターやパーカッションなどほかにも選択肢はあったが、僕はキーボード以外はやろうと思わなかった。

 そうして次第にサークルに顔を出さなくなった。
 僕は音楽からいっそう遠ざかっていた。

 音楽のやる気の低下に比例するように、僕は学業にも身が入らなくなっていた。
 とはいえ留年するわけにはいかない。
 親に学費を出してもらっている手前申し訳ないとか、今後の人生で周囲に後れをとってしまうというのもある。
 しかしそれ以上に、あいちゃんと約束を交わしたことが大きかったと思う。
 ──一緒に卒業しよう。
 何もしなくても卒業できるほど、この大学は甘くないらしい。油断していると留年するぞ、とガイダンスで教授陣は口を揃えて言っていた。
 きっと、あいちゃんは留年などしないだろう。だから僕も、卒業に必要な単位は4年間でとらなければならない。
 絵梨奈は受かるはずだから僕も高校に受からないわけにはいかなかった、あの感覚に似ていた。
 僕は口約束に振り回されやすいらしい。
 あいちゃんのサークルの同期や先輩から試験の過去問を譲ってもらったりもしながら、どうにか単位だけは掠めとっていった。

  *

 大学に入って二度目の春を迎えた頃、キャンパス内であいちゃんと偶然会った。
 彼女も無事に、1年次にとる予定の単位はすべて取得したらしい。

「今年は私たち、二十歳になるんだよね」
 思い出したように、あいちゃんが言った。
「全然実感ないよね」と僕が返すと、「私も」とあいちゃん。

 実感はないにしても、楽しみではあった。
 僕たちが二十歳になる頃には、成人年齢を引き下げようという話はまだ出ていなかったと思う。
 僕たちは、1月には成人式に参加することになる。
 中学の同窓生が一堂に会するイベントだ。自立とか門出とか、僕にとってはそんな建前はどうだってよかった。

 成人式。中学の同窓生。
 僕がまず思い浮かべたのは、彼女のことだった。

 中学を卒業して丸4年になる。すなわち、今目の前にいるあいちゃんとは4年の付き合いになるわけだ。
 絵梨奈とは、小中合わせて9年の付き合いだった。
 時間だけは長かったんだな、と思った。
 僕と絵梨奈との間に、思い出は決して多くない。それでも未だに忘れることができないでいるのは、9年という時間の大きさだろうか。

 絵梨奈に再び会える。
 それが成人式の、最大の楽しみだった。
 
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
次 → 『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第30章
 
 

カテゴリー: 作品, 小説
タグ: , , ,

このエントリーをはてなブックマークに追加


Sponsered Link




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


閲覧いただきまして、ありがとうございます。

当サイト管理人、〝小説家兼絵描き兼ラジドラ脚本家兼音声編集者のニート〟の
脳内航海士(のうないこうかいし)と申します。
生きる自信も死ぬ勇気もありませんがよろしくお願いします。


『脳内航海』は、脳内航海士の創作&ブログサイトです。
小説、イラスト、ラジオドラマなど、あまり形式にとらわれずに作っていきたいと思っています。


=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

【お知らせ】

作品の通販を始めました。

購入はこちらからどうぞ
BOOTH『脳内航海士の作品売場』

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

作品はこちら
脳内航海士の作品一覧


Twitterもやっています。
たいしたことは呟きませんが、よろしければフォローお願い申し上げます。
■ Twitter:@Ju1yWhite__


死にたいとは思わなかったけれど、かといって生きることに執着することもできず、
自分に対する慰めと世界に対する答え合わせとしてこのような場を作りました。
ここで綴る言葉の中に、あなたに少しでも響くものがあれば幸いです。


初めての方は、まずこちらをお読みください。
『【はじめに】航海日誌の航海図』


自分なりの創作のヒントやメイキング、作品の解説なども載せていければと考えています。
『作品について ~創作の羅針盤~』


ざっくりとした自己紹介や、『脳内航海』の由来など
『自己紹介 ~脳内航海士って何者?~』

ニートになるまでの詳しい話
『出航前夜 その1 ~僕がニートになるまでの話~』

当サイト立ち上げの経緯や野望など
『出航前夜 その2 ~ニートが月収200万円を夢見た話~』

ブログ記事カテゴリー一覧
『脳内航海士の航海日誌』カテゴリー一覧


お問い合わせは お問い合わせフォーム もしくはメールにてお願いします。
■ Mail:bra.92in.cruise.0717●gmail.com
 (お手数ですが、● を @ に変えていただきますようお願い申し上げます)


2018年3月3日、サイトおよびブログを移転しました。
お手数ですが、新URLをブックマークしていただきますようお願いします。

Web『脳内航海』
 旧URL:http://braincruise.web.fc2.com/top.html
 新URL:https://braincruise.net/

ブログ『脳内航海士の航海日誌』
 旧URL:http://cruisediary.blog.fc2.com/
 新URL:https://braincruise.net/blog


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



このエントリーをはてなブックマークに追加


Sponsered Link



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です