2018/10/31

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第27章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第26章②
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第27章

 8月に入って間もない頃、僕の携帯電話に絵梨奈(えりな)からメールが届いた。
 今年は(みなと)の学校の文化祭に行けるよ、という内容だった。
 実は過去2年間は、絵梨奈の学校と僕の学校の文化祭の日程がちょうど重なっていたのだ。ところが今年は絵梨奈の学校の文化祭が1週間早まったらしい。

 僕は嬉しくなって、会えるのを楽しみにしていると伝えた。それから、クラスの出し物としてお化け屋敷をやることや、軽音部のライブに出るということも本文に書いた。

 絵梨奈からの返信文が好意的なものだったのは幸いだった。
 しかし最後の一文を見たとき、僕は思わずボタンを操作する指を止めた。

  ライブ出るの? もう大丈夫?

 大会を棄権することになってしまった分、今度こそやり切らないといけない、という心づもりでいた。ステージでの借りはステージで返すしかないだろう、と。
 3年生は卒業ライブを除くと、文化祭ライブが最後の舞台となる。絵梨奈が見に来るというなら、なおさら弾かないわけにはいかない。
 しかし、実を言うと懸念材料もあった。

 弾けないことはないよ、と返せたのは、丸二日が過ぎた朝のことだった。

  *

 その日はスタジオ練習の予定があった。
 夏期講習や試験などでなかなか全員のスケジュールが合わなかったが、9月の文化祭に出るにあたり少しでも練習はしておかなければならない。

 トイチがドラムの向こう側に座り、キスケと(みどり)ちゃんがチューニングを始め、あいちゃんがマイクのチェックをする。
 僕もシンセをケースから出し、スタンドの上に置く。ケーブル類をつなぎ、音が出る状態にする。
 ここまではいい。

 鍵盤に指をかけようとして。
 左手が、わずかに震えた。

 4人には気づかれていないようだった。
 僕は何事もなかったかのように準備オーケーの合図を出す。
 まず合わせることになったのは、大会で最後までやり切れなかった新曲、『grayscale(グレースケール)』。これは文化祭ライブでは確実にセットリストに入れようということだった。

 最初はトイチに指摘された。僕のリズムがずれていたらしい。ごめん気をつける、と言って再度演奏を求めた。
 しかしそれ以降、どうしても僕は途中で手が止まってしまった。
 ほかの曲でも同じだった。何度も弾いてきたフレーズが、まるで弾けなくなっている。手の形に、指の動きに、感じたことのない迷いが生じる。
 鍵盤を押さえることに、躊躇いが出る。
 結果として音が外れ、リズムがずれる。

 そんなことを何度か繰り返したところで、痺れを切らしたようにトイチが言い放った。
「湊、お前大丈夫じゃないだろ」
「……!」
「私も気になった」と翠ちゃんも口を開く。
「練習不足とかそういうことじゃなくて、もしかして、弾くことそのものができなくなってるんじゃない?」

 図星だった。
 大会以降、家で何度かシンセを弾いてみたのだが、一度たりとも今まで通りに弾けなかった。試しにピアノも弾いてみたが、一曲を通しで弾くことができなくなっていた。
 どうやら僕は、鍵盤というものに恐怖を覚えてしまったらしい。
 過呼吸にこそならないものの、最後の大会のあの瞬間がフラッシュバックするのだ。
 今だって、まるで正しい音以外の鍵盤が棘の山になっているかのような気味の悪さを感じる。

「湊さんが出ないなら俺たちは出ません。キーボードを抜いた4人でpalette(パレット)としてステージに立つつもりはないですよ」とキスケ。
「悪いことは言わない。湊、今回は見送ろう」とトイチ。
 できることならそうするべきなのだろう。
 しかし、頑なに譲らない自分がいた。

 するとあいちゃんが、
「なんでみんなそんなこと言うの!?」
 と、泣きそうな声で訴えた。
「湊、大丈夫だよね? だって、聴かせたい人がいるんでしょ? 文化祭にも3月の卒ライにも、出るんだよね?」

 聴かせたい人がいる。そういえばそのことを、あいちゃんにだけは話していたっけか。
 ──そう。今度こそ絵梨奈に聴かせたい。大会でやり切れなかったものを、最後までやり遂げたい。

「そんなことを言っても、湊さんがつらいだけです」
 僕に代わり、キスケが答える
「湊くんの思い入れが強いのはわかった。だけどこれはちょっと頑張ってどうにかなる話じゃないと思う」
 翠ちゃんがなだめるように言う。
「みんなは湊に弾いてほしくないの? 湊のピアノ、聴きたくないの?」
「他人が口を出すのは簡単だけど、これは湊自身の──」
 トイチの言葉が、あいちゃんに火をつけてしまったらしい。
「他人って何!? 湊の問題は私たちの問題なんじゃないの!?」
「俺たちの問題だからこそ、ここはやめとくべきだって言ってんだよ!」

 声を荒げるトイチとあいちゃんを見ていると、僕はいたたまれなくなった。
「全部、悪いのは僕だよ。ごめん。次の練習までには──」
 僕の言葉を、「湊」とトイチが遮る。彼は腕を組み、ため息を一つ吐いた。

「自分がすべて悪いって言えば許してもらえると思ってんのか?」
「トイチ!」
「キスケだって、湊にまたあんなふうになってほしくねぇだろ!?」
「それは……」
「また本番で演奏中断とかいうことになったら、今度は自業自得だって言ってやる。俺らの反対を押し切ってステージに立ったんだからな」
「ちょっとトイチくん、言い方ってものが……」
「あのときは許したけどな、次は──」
「今それを蒸し返さないでよ!」

 言い合いは平行線を辿ってしまった。彼らの声で、ドラムがビリビリと小さな反響音を鳴らす。
 あいちゃんが何を言っても、トイチがそれを言いくるめる。キスケと翠ちゃんはあいちゃんの声を聞き入れつつも、立場の上ではトイチの側だ。
 ここまで僕たちが反発し合ったのは初めてだったと思う。
 僕は何も言えなかった。
 何か言葉を発したら、彼らの亀裂をさらに大きくしてしまう気がした。

 トイチの言うことはどこまでも正論だと思った。
 キスケや翠ちゃんのフォローももっともだと思った。
 この場において、僕の味方はあいちゃんだけだった。
 あいちゃんの期待に応えなければいけないと思ったが、しかし応えられる自信はなかった。

 しばらくすると、重い沈黙が訪れた。
 やがてドラムの反響音の余韻すらも消える。

 そのとき、「それでも……」とあいちゃんが震える声を絞り出した。
「それでも私はまた聴きたい。曲だって作ってほしい! 湊はまたできるようになるって信じてる!」

 本人も詭弁だと思っていたかもしれない。
 だからこそ僕は、根拠のない「大丈夫」を繰り返した。
 そのたびに、胸が締めつけられるような気持ちになった。

 しかしこの日は結局、僕のせいでまともな練習にはならなかった。

  *

 夜、絵梨奈からメールの返事が来た。

  本当に大丈夫ならいいんだけど、
  ときには引き下がることも必要だよ。

  ステージの上で演奏する湊は見たい。
  だけど、あのときみたいな
  苦しそうな湊は見たくない。

  私は会いに行けるだけで充分だから。
  ライブには出なくてもいい。
  無理してまで弾かなくてもいい。

  湊のクラスには遊びに行くよ。
  お化け屋敷、楽しみにしてる。

 不意に、視界が潤んだ。
 ふっと憑き物が落ちたような、僕を縛っていた何かから解放されたような、そんな気がした。

「ありがとう」と「ごめんなさい」が、同時に頭に浮かんだ。
 どちらを強く言えばいいのだろう。
 どちらを先に言えばいいのだろう。
 きっとどちらも同じくらい切に伝えなければならない、と思った。

 大会の日、絵梨奈は病院までは来ていない。
 彼女からすれば、トイチとキスケに支えられて舞台袖に引っ込んでいった僕を見たのが最後になる。
 メールの返事が二日も空いてしまったことから何かを察したのかもしれない(僕は絵梨奈からのメールはほぼその日のうちに返していた)。

 ──そうか、心配かけてたんだな。

 絵梨奈に見てほしいから、僕は文化祭ライブには出るしかないと思っていた。
 絵梨奈も僕がステージで演奏する姿を見たいのだと、勝手に思い込んでいた。
 その絵梨奈が、弾かなくていいと言うのなら。

 僕の中で、何かが吹っ切れた。
 あれほどトイチたちに食い下がろうとしていたのが嘘のように。

 やはり僕は、絵梨奈から離れることはできないらしい。

  *

 翌日、僕はメールで、文化祭ライブと卒業ライブには出ないことにすると4人に伝えた。
 絵梨奈については触れていない。いろいろ考えた結果やっぱり辞めることにした、みたいな適当な理由をつけた。それで納得してくれると思ったし、実際彼らにとっても想定の範囲内だったのか、特に深く追及されることはなかった。トイチはこの先に入れていたスタジオの予約をすべてキャンセルしてくれた。
 あいちゃんのことは裏切ることになってしまったが、これが〝正しい〟選択だったと僕は思う。

 1カ月後の文化祭、絵梨奈には無事に会えた。
 当日はいろいろと仕事があってほとんど話すことはできなかったが、顔を合わせることはできた。
 絵梨奈は僕が元気でいたことに、何よりも安心していたようだった。
 最後の大会の日、絵梨奈を見つけた僕と僕に話しかけられた絵梨奈の、お互いの気持ちが通じ合った気がした。

 そして僕は、鍵盤に触らなくなっていた。
 
 
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