2018/10/29

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第26章②

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第26章①
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第26章②

 ステージが明るくなった。
 顔を上げると、ステージ上手寄り、やや後ろではあるが僕のちょうど正面くらいの位置に、絵梨奈(えりな)の姿が見えた。

palette(パレット)です。今日は私たちが出した答えを、ここで皆さんに届けたいと思います」
 あいちゃんが短い挨拶を述べる。
 この県大会を通過し、全国大会の予備選も勝ち抜き、そして決勝の舞台、あの大きなステージで演奏するのだ。
 そのために、僕たちができる最高のものを、今ここに残そう。

 1曲目は『Bon(ボン) Voyage(ボヤージュ) Blue(ブルー)』。僕たちが最初に作った、いわばpaletteの始まりの曲だ。
 この3年の間に、僕のキーボードパートや(みどり)ちゃんのコーラスパートなどを追加している。最も長い間付き合ってきた一曲であり、初披露時から最も進化を遂げた一曲といえるだろう。

 あいちゃんの歌声はいつも以上に力強く、それでいて安定している。楽器隊も絶好調。文句のない滑り出しだ。ステージで演奏している僕も観客の気分で体を動かしたくなってくる。
 だが、勝負所はこの先だ。

 1番のサビが終わったところで、大きく転調する。キスケと翠ちゃんが、練習通りのタイミングで完璧に入ってくれた。

「今日はメドレーでお届けしたいと思います! 次は『Melancholic(メランコリック) Jade(ジェイド)』!」

 演奏を途切れさせることなく2曲目に入る。
 一瞬、会場にどよめきが起こったのを感じた。

 今まで僕たちは大会では2曲を演奏してきたし、ほかのバンドもほとんどがそうしてきていた。
 しかし大会の規定上はあくまで「10分」であり、「2曲」ではなかった。2曲に留めてきたのは、3曲以上にすると10分をオーバーしてしまうからにすぎない。
 曲数にこだわらず、僕たちの音楽を10分の中に最大限に凝縮できる方法はないかと考えた。
 その結果が、メドレー形式というわけだ。
 1曲あたりの演奏時間を短くしてしまえば、曲数を増やしても規定の10分以内に収めることはできる。

 あいちゃんがこれでもかと歌声を響かせる。トイチが、キスケが、翠ちゃんがたたみかけるように音を響かせる。僕の指も滑らかに躍っていた。

 絵梨奈が曲に合わせて腕を振っているのが見えた。
 鍵盤を弾いている最中でなかったら、僕はガッツポーズをしていただろう。

「もう一曲いくよ!『金色(こんじき)トワイライト』!」

 前年の大会に向けてキスケが作った、必殺技ともいうべき曲だ。palette最強のキラーチューンとしてライブで毎回披露している。

 その場その瞬間でしか生み出せないグルーヴというものがある。
 たとえ正確な譜面であろうと、それを人間が演奏し、人間が聴くからこそ発生する、わずかな揺らぎやうねり。そういったある種のズレが、聴衆を乗せる巨大な波になることがある。
 今まさに、palette史上最大級の波が会場を包んでいた。

 会場の空気が完全に、僕たちのものになったと思った。

 3曲のメドレーが終わり、拍手が沸いた。
 持ち時間の半分をすべて歌に費やした、その余韻が強烈に残る。
 しかし気を緩めることはしない。あいちゃんはその後のMCを最小限に抑えて次へつなげた。

「それでは最後に新曲、聴いてください。私たち5人みんなで形にした曲です。『grayscale(グレースケール)』」

 ──5人全員で形にした曲。
 そうだよな、と思った。
 僕が絵梨奈に届けようと作った曲。僕が原型を作り、タイトルをつけた曲。
 だけど最終的に、あいちゃんが、トイチが、キスケが、翠ちゃんがいなかったら完成しなかった一曲だ。
 それでいい、と思った。
 さあ、届け。
 絵梨奈に届け。全国に届け。

 メドレーパートで作った空気に、問題はなかったと思う。そしてその空気を壊さず次の曲に入った。これもよかったはずだ。

 
 引き金はとても小さなものだった。
 

 曲の中盤、僕は些細なミスタッチを犯した。
 とはいえギターかドラムの音にかき消されて、たぶん僕以外は誰もそのミスに気づいていない。
 だがこの瞬間、僕の中で何かが狂い出した。

 ──タッチ一つで雰囲気台無しなんてこともあるからな。
 いつだったか、トイチが言った言葉が脳裏をかすめた。

 ──最後の大会となると、違うのかもしれないね。
 本番直前、鹿目(かなめ)くんが漏らした言葉が頭をよぎった。

 手が震えた。僕は正しく弾くことができているだろうか?
 指が迷った。この鍵盤を押さえるのはこの指でよかっただろうか?
 空気が痛い。やっぱり準備不足だったのではないだろうか?
 練習では気にならなかったことが、なぜか本番になってわからなくなる。ああそうだ、ここはこの間の練習で弾き方を変えたんだっけ? もしかして、僕一人で作ればこんなところで混乱することはなかったんじゃないか?

 ──呼吸が荒れる。眩暈がする。

 あいちゃんの声が、いつもより遠く感じる。キスケのギターが、翠ちゃんのベースが、トイチのドラムが、バラバラになっていく気がした。
 つい数分前まであれだけ心地よかったpaletteの音楽が、どこか不協和音のように聞こえてきた。
 演奏中なので深呼吸することもできない。しかし考えれば考えるほど息は乱れていく。
 それでもなんとか持ち直し、演奏を続ける。

 ──呼吸が荒れる。眩暈がする。
 ──熱かったはずのステージの上が、なぜか寒い。

 2番が終わって間奏に入る。まずはギターソロが8小節。その後、キーボードソロが4小節。
 このキーボードソロでいったん曲調が静まり、楽器の音を抑えた大サビへ。そして最後のサビから再び大きく盛り上がるという展開だ。

 ──呼吸が荒れる。眩暈がする。
 ──落ち着け、いよいよだぞ、と言い聞かせる。

 キスケのエレキギターが高く鳴り響き、僕のエレキピアノへとバトンタッチする。
 ここから大サビの部分こそが、この曲での僕の一番の見せ場であり、最も絵梨奈に聴かせたかったパートだ。

 ──呼吸が荒れる。眩暈がする。
 ──視界が明滅する。心拍数が嫌な上がり方をしている。
 ──脚に力が入らなくなる。全身が痺れる。息が苦しい。

 この感覚は以前にも覚えがあった。
 これはまずい、と思った。

 次の瞬間、僕は膝から崩れ落ちていた。
 倒れ込んだ際に手に押された鍵盤が、異様な響きをもった爆音を鳴らした。

  *

 僕たちの演奏は途中で打ち切られた。
 ステージの上で過呼吸になった僕はされるがままに楽屋のソファーに寝かされ、それでも一向に良くならなかったので、大会スタッフの判断で救急車で病院に運ばれることになった。

 救急車にはあいちゃんが同乗した。キスケと翠ちゃんは楽器を片づけて、トイチはスタッフと話をしていたようだったが、彼らも結果発表などは待たずライブハウスを飛び出して、病院まで駆けつけてくれたのだ。
 ちなみに大会は、paletteの出番のあと臨時の休憩時間が挟まれたのち再開されたそうだが、僕たちの直後の数組はやりづらかっただろう。

 病院のベッドの上に運ばれるまで、僕はずっと意識はあったと思う。
 ただ、動くことはもちろん呼吸すらもままならなかった。
 症状は違っていたにせよ、絵梨奈もこんな感じだったのだろうか、などということを漠然と考えていた。
 そして自分がこのような状況に置かれていることに、ある種の喜びすらも感じていた。だからだろうか。僕の容態が落ち着くまでにはずいぶん時間がかかったらしい。

 いったん落ち着いたら、ほどなくして眠りについてしまったようだった。
 目が覚めてからは特に問題がなさそうだったので、その日のうちに帰ることになった。
 病室には母親がいた。そういえば救急隊員らしき人に親の連絡先を訊かれ、僕はかろうじて動かせた手で携帯電話をどうにか操作したんだっけか。
 僕を気遣ってのことなのか母は説教らしいことは言わず、ロビーで友達が待ってるよ、と言って自分は会計などを済ませていた。

 日曜だからか、それなりに広い病院のわりに人は少なかった。ロビーの隣の売店も閉まっている。
 あいちゃんたちの姿はすぐに見つかった。4人並んで壁際のベンチに座っていた。僕が病室から出てくるのをずっと待ってくれていたようだ。僕の荷物はトイチが持っていた。

「……ごめん」
 開口一番、僕は彼らに頭を下げた。

  *

 結果として、paletteは棄権することとなった。

 救急車が来るまでの間、僕以外の4人が話し合いの末に決めたことだった。
 僕はとても口をきけるような状態ではなく、ただ受け入れるしかできなかった。僕が彼らの立場だったとしても棄権を選んでいただろうし、無理もないと思った。

 棄権したこと自体は〝正しい〟判断だったと思う。
 もちろん、全国大会には進めない。
 だが僕としては、問題はそこではなかった。

 棄権したということはつまり、あの場での僕たちの演奏は評価されることはなく、順位や点数がつけられることもないということだ。
 メドレーにしたこと。僕が新曲を作ったこと。
 僕たちは──少なくとも僕は──それを〝正しい〟やり方だと思っていた。それが公に認められるものだったのかどうか、ジャッジを下してほしかった。
 しかし、その秤にかけられる権利すら得られない結果となったのだ。
 僕たちが信じたやり方は〝正しかった〟のか。
 僕たちの〝正しさ〟とは何だったのだろうか。
 前半をメドレーにせず、今までどおり1曲フルコーラスで演奏するべきだったのか? 絵梨奈に新曲を聴かせようなんて考えるべきではなかったのか?
 結局、僕たちはどうするのが〝正しかった〟んだろう?

 すべてが不透明なまま、最後の大会を終えることとなってしまった。

  *

「いいんだよ」とあいちゃん。
「そんなことより、よかった。だいぶ顔色よくなってる」
 安心したように顔を綻ばせる。あいちゃんいわく、僕は救急車にいる間は顔面蒼白で唇はほぼ紫色だったらしい。

 あいちゃんが、自分の隣に座るよう促す。
 僕は一人分のスペースを空けて腰かけた。
 近づくことが、なんとなく気まずかった。

「メドレーにしようなんて言ったのもよくなかったのかな」
「楽しかったですよ。おもしろい発想だと思いましたし、実際あれでかなりお客さん乗せられてました」
 僕の疑問に、ギターを脇に抱えるような格好のキスケが笑う。
「新曲を作るなんて考えなければ……」
(みなと)くんの曲は悪くなかった。私はあの曲、よかったと思う」
 僕の後悔に、あいちゃんとキスケの間に座る翠ちゃんが答える。
「……棄権して、ほんとによかったの?」
「仮にあの演奏で全国に行けたとしても、俺たちは納得も満足もしない」
 僕の質問に、端に座っていたトイチが、傍らに置いていた僕のシンセと手荷物一式持って立ち上がった。
「これは湊だけの問題じゃない。俺たち全員が招いてしまった結末だ」
「……!」

 ここまで言われて、僕はようやく気がついた。
 気がついてしまった。

 ──これが僕だけの問題じゃない?
 事の発端は絶対に僕だし、棄権することになってしまったのも僕が原因だ。
 それなのに、あろうことか彼らに許しの言葉を言わせてしまった。彼らの良心を利用するような行為をしてしまった。
 ある意味、〝正しさ〟の押しつけだ。それは僕が一番嫌っていたことじゃないか。
 つまるところ僕は、自分が許されたいだけの卑怯者でしかなかったのだ。

 トイチから受け取ったシンセが、いつもよりやけに重く感じた。
 
 
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