2018/10/27

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第26章①

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第25章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第26章①

 高校生という身分である以上、普段は学校があるし、使えるお金にも限りがある。毎日スタジオで練習できるわけではない。ただでさえ、ミューブレなどのイベントが近くなると予約がとりづらくなるのだ。
 だから新曲の完成後、スタジオに1回入れただけでもよかったと思うことにしよう。
 もちろん曲は仕上がったし、規定の時間をオーバーすることも、よほどのことがない限りないだろうとは思った。

 しかし、まったく不安がなかったと言ったら嘘になる。

  *

 本番前、palette(パレット)のリハーサルを終えた僕は、あいちゃんとともに会場のロビーにいた。
 ベンチに座り、膝の上で指を動かす。運指や手の形を確かめる。
 ──よし、大丈夫、だと思う。

「お疲れ。paletteさんのリハ見てたよ」
 そう言って話しかけてきたのは、鹿目(かなめ)くんだった。ちょうど自身のリハーサルを終えたところらしい。

「なかなかおもしろいこと考えたね。あれボーカル大変じゃない?」
 鹿目くんが触れたのは、僕たちが大会のために用意してきた例の秘策についてだった。
 あれはあいちゃんに最も負担がかかると思っていたが、彼女は文句の一つも言わずやってくれた。リハーサルを終えた今も体力を切らした様子はない。
「思った以上に体力使うけど、でも持ち時間は10分だけだし、時間内で全部出し切ろうと思うとあれくらいがちょうどいいかも」とあいちゃん。
 鹿目くんと抵抗なく話せるようになったあたり、メンタル的にもあいちゃんは強くなったといえるだろう。本人いわくまだ苦手意識はあるらしいが。

 ホワイトアウトのリハーサルを見ていなかったので、僕は彼らの仕上がり具合を尋ねてみた。
 鹿目くんいわく曲自体は問題ないらしいが、今までで一番緊張している、ということだった。
 なんでも笑い飛ばせるような性格の彼の口からそのような言葉が出てくるのが、僕には意外だった。
「ちょっと肩に力が入りすぎてたかも。やっぱり最後の大会となると、違うのかもしれないね」と鹿目くん。
 表情こそ変えなかったが、声色はどことなく真剣だった。

「……まあ、泣いても笑っても今日で最後だ」
 鹿目くんはまた明るい口調に戻っていた。
「お互い、悔いのないようにいこう。じゃあ、また東京で!」
 彼は僕たちに軽く手を振ると、ロビーにいたほかの出演者に話しかけに行った。

 僕はあいちゃんと違ってキーボーディストだったからか、鹿目くんには初めからあまり抵抗は感じなかった。しかし逆に言うと、よそのバンドのメンバーで僕が普通に話せるのは鹿目くんくらいだった。もっといろいろな人と交流するべきだっただろうか、と今更になって思わなくもない。
 全国に進めれば、また懇親会という場もあるはずだ。今年は積極的に話しかけに行ってみようか。

 ──また東京で、か。
 鹿目くんとしては、僕たちは確実に全国に行くバンドということなのだろう。僕だって、よほど有力な1年生バンドでも現れない限り今年もpaletteとホワイトアウトの2組が全国への切符を手にするだろうと思っている節はある。
 ただ、今年は全国に進むだけじゃない。
 去年鹿目くんたちが立った決勝のステージに、今年は僕たちも立つのだ。

  *

 ほどなくして、開場の時刻になったようだった。
 ぽつぽつとライブハウスにお客さんが入ってくる。僕は一人一人の顔を確かめるように、ちらちらと入口に視線を向けていた。

 数分後、僕は探していた人の姿を見つけた。

絵梨奈(えりな)っ」
 僕は反射的に立ち上がり声をかけていた。

 絵梨奈は僕がロビーにいるとは思わなかったのか、一瞬驚いたような表情を見せて、それから優しく微笑んだ。
(みなと)、久しぶり。この前はごめんね」
 Tシャツの上に半袖のパーカー、下は七分丈のパンツという、身軽な夏の装いの絵梨奈。露出した手足は細かったが、これはもともとのものだろう。特にやつれているような印象はなかった。
「いや、いいよ。来てくれてありがとう。元気そうで何より」

 言おうと思っていたことはいくつかあったのだが、彼女の姿を見れた安心からか、あるいは声を聞けた安堵からか、ほとんど頭の中から吹き飛んでしまった。
 結局、出番は何時頃になるとか、ライブ楽しみにしててとか、メールでも書いたようなことくらいしか話せず、僕たちはいったん別れた。

「今の子、誰?」
 あいちゃんが歩み寄ってきた。
「ああ、絵梨奈のこと?」
 絵梨奈の名前を高校の友人の前で出すのは、思えばこれが初めてだった。
 あいちゃんが僕の何かを察した、ような気がした。

「もしかして、……彼女?」
 その質問に、僕は言葉を詰まらせた。

 ──彼女。
 つまりそれは、僕が絵梨奈の彼氏であるというわけで。
 僕と絵梨奈の関係を、そんな言葉で言い表せたらどんなによかっただろう。

「……いや、そんなんじゃない。小中学校が一緒で、同じピアノ教室に通ってただけの、同級生だよ」
 あくまで平静を装って、僕は答えた。
 ふーん、と意味ありげにあいちゃんは呟いた。

 それからあいちゃんは何も言ってこなかったが、僕はこれ以上この話題に触れられたくなかったので、会話を打ち切ってフロアへ戻ることにした。

  *

 絵梨奈と会ったことで、僕は改めて今回のライブの重要性を実感したらしい。
 気が逸っていたのか、僕は一人、ずいぶんと早いうちから楽屋で待機していた。

 やがてトイチとキスケがやってくる。
「湊さん表情が硬いですよ」とキスケにからかわれる。
「深呼吸しろ深呼吸」と言うトイチは、一段と落ち着いているように見える。自身も壁際に腰を下ろして、精神統一するように呼吸を整えていた。

 少し遅れて、あいちゃんと(みどり)ちゃんもやってくる。
 表情が硬いことを翠ちゃんからも指摘された。
「最後の大会だけど、私たちがやることは変わらない」
 あいちゃんの言葉は、僕を励ますようでもあり、自分に言い聞かせているようでもあった。
「余計なことは考えなくていい。私は全力で歌うから。だから湊も、それに応えてほしい」

 本番前の緊張感。ステージの上に立つ高揚感。
 高校に入って3年間、いや、ピアノの発表会も含めれば幼稚園の頃から、この気持ちは何度も経験してきたはずだ。そして毎回乗り越えてきた。
 今回も、それと同じでいいはずだ。
 期間は短かったが、失敗しないように練習を重ねてきた。音を耳に染み込ませ、曲を指に覚えさせた。
 そう、何も変わらない。最後の大会でも、恐れることなど何もない。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第26章②
 
 

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