2018/10/03

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第21章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第20章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第21章

 あいちゃんはそれから、スタジオ練習も放送部の活動もない放課後には、自主練と称して僕を軽音部の部室に誘ってきた。ボーカルとキーボードを合わせるだけなら、設備が整っていない部室でも事足りた。
 そして3月上旬、入試で下校時刻が早まったり学校が休みになったりした期間に、一気に仕上げた。
 結果としてなんとか形になったので、卒業ライブで新曲を披露することになった。

  *

 卒業ライブの会場は、夏にミューブレの県大会が行われたのと同じライブハウスだった。
 しかし、雰囲気はあのときとはだいぶ異なっていた。

 もちろん大会かそうでないかというのも大きいが、それだけではないだろう。
 普段は先輩のバンドや、ときには大学生バンド、社会人バンドが企画したライブに出させてもらうという形がほとんどだったが、卒業ライブの出演者はすべて、同じ学校のバンドだ。中には他校生がメンバーにいるバンドもあるので全員が全員というわけではないものの、出演者の大半はうちの高校の生徒だ。

 いつもよりアットホームな感じがする、と思った。そして卒業ライブというイベントの性質上、お祝いやお祭りといったムードも漂う。
 もっとも、僕にはこれといってお世話になった3年生がいるわけではなかったので、あくまで自分たちのライブをするだけだ、という気持ちにしかならなかった。

  *

 リハーサルが終わると、ほどなくして開場した。
 観客も、もちろん一般の人も来ていいことにはなっている──だから僕は絵梨奈(えりな)に声をかけた──のだが、多くは僕たちと同じ高校に通う生徒だ。
 うちの軽音部の卒業ライブでは、演奏は学年順に行う。僕たちは出番が早かったので、開演する頃には楽屋で待機していなければならなかったが、まだ十数分の余裕はあった。

 僕はキスケと、ライブハウスのフロアにいた。
 お客さんが入ってきているのを間近で眺めていると、軽音部の先輩が二人、僕たちに歩み寄ってきた。

palette(パレット)のギターくんとキーボードくんだよね?」
「あ、土屋(つちや)先輩に新井(あらい)先輩。お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
 キスケが挨拶をする。
 僕たちに話しかけてきたのが土屋先輩だ。長身で、金色に近い茶髪をパーマで巻いている。
 ひとまず僕も何か言っておいたほうがいいだろうと思い、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「ああ、よろしく。君たちのライブ、楽しみにしてるよ」
 新井先輩が片手を挙げる。動くたびに、身に着けたいくつものアクセサリーがジャラジャラと音を鳴らした。
 僕の人生で今まであまり関わってこなかったタイプの人たちだ。軽音部に入ってからこういう人と多く接するようになったが、未だに慣れない。

「そうだ、先日はライブ見に来てくださって、ありがとうございます」とキスケ。
「新井の奴、この前のライブ見てからさ、すっかりpaletteのボーカルの子にハマっちまって」
「だって、相澤(あいざわ)ちゃんかわいいだろ」
「俺は宮島(みやじま)ちゃん派だけどな。落ち着いたお姉さんって感じの美人だよなー」
「友達になりたい感じの子っつったら相澤ちゃんだろ。ってか土屋、歳下にお姉さんって」

 ライブを数多く行ったおかげか、最近では、ありがたいことに僕たちのファンが現れてきていると聞いている。オリジナル曲を中心に演奏するバンドで、しかも女子二人を擁する編成というのはやはり珍しいらしい。
 そしてファンの中には、あいちゃんを支持する層と(みどり)ちゃんを支持する層がそれぞれ一定数いるという。噂程度にしか聞いたことがなかったが、どうやら嘘ではないらしい。

「なぁキーボードくん」
 新井先輩が僕を呼んだ。
「は、はい……」
「相澤ちゃん、彼氏いるの?」
「えっ?」
 突然の質問に、思わずうろたえる。
 正確なことは知らないが、その手の話は聞いたことがないし、たぶんいないだろう。
「いない、と思いますけど……」
「メンバーの誰かと実は付き合ってます、とかも?」
「ないですよ」
「そっかぁ、じゃあ俺にもチャンスあるんだな」
 よしっ、と息巻く新井先輩。

 今度は土屋先輩が乗り出してきた。
「宮島ちゃんは?」
「ない、と思います……」
 翠ちゃんについても同様に否定する。もちろん、僕が知らないだけで実は、というのはあるかもしれない。
「ちなみにさ、君はどっち派なの? 相澤ちゃん? 宮島ちゃん?」
「いや、そういうの考えたことないんで……」

 どっち派、つまりどちらが好みか、ということだろう。
 僕の思考だと、あいちゃんと翠ちゃんのどちらが絵梨奈に近いか、という観点で考えてしまう。
 外見の雰囲気や表面的な性格、つまり第一印象で似ていると感じるのは翠ちゃんだと思う。
 しかし、元気なようで実は心身ともに繊細というか、ちょっと触れたら壊れてしまいそうな危うさがあるという点は、もしかするとあいちゃんのほうが似ているかもしれない。

 つい考えてしまっていると、新井先輩が再び訊いてきた。
「女の子にモテたいわけでもない、メンバー間の恋愛もない。じゃあ君ら、なんでバンドやってるの?」
 僕は言葉に詰まってしまった。
 バンドをやる理由として色恋めいたことは一切考えていなかったが、じゃあなぜと言われると、明確な理由が思い当たらなかった。

 するとキスケが「お言葉ですけど」と口を挟む。
「俺らそういう下心でバンドやってるんじゃないんで」
 怒っているとまではいかないが、どことなく語気が強い気がする。
「キスケ……?」
 目上の人に反論すること自体、彼としては珍しい。
「お、おう、わりぃわりぃ」
「そうだよ。理由なんて人それぞれだよな」
 悪気はなかったんだ、といったふうに言い残して、先輩たちは去っていった。

「ああいう人がいると思うと、相澤さんも翠さんも大変ですね」
 キスケがため息をついた、そのときだった。

 ──絵梨奈が、会場に入ってくるのが見えた。

 話しかけに行こうと思った。
 しかし同時に、「行きましょう、(みなと)さん」というキスケの声。

 もう楽屋に待機していなければならない時間になっていた。絵梨奈と話すのは、僕たちの出番が終わったあとまでお預けとなった。
 僕はキスケに促され、楽屋に向かった。

 卒業ライブが行われる3月中旬は、このあたりの地域ではまだ冬の気配が残る。
 そして、スノウドロップの花が咲く頃でもある。
 本番前、僕は中学の卒業式のことを思い出していた。
 絵梨奈と会えるのはあの日以来。ちょうど1年ぶりだった。

 ──絵梨奈が見に来ている。
 とにかく今は、目の前のライブをやり遂げよう。

  *

 1年生の持ち時間は15分。やるなら3曲だろうというのがトイチの見立てだった。
 2曲を歌い終え、あいちゃんがMCを挟む。

「私は小さい頃から自分に自信がなくて、自分の取り柄とか生きてる意味とか、そういうの全然わからなくて。今でもよくわかってないんですけど。だけどメンバーのみんなが支えてくれて、ライブをすれば聴いてくれるお客さんがいて。この一年間バンドをやってきて、やっと私なりに、前に進めたかなって思えました。……最後に新曲、聴いてください。『群青の花』」

 僕のピアノから始まり、あいちゃんがゆっくりと息を吸ってから言葉を紡ぐ。
 絶妙なタイミングで入るキスケのアルペジオ。それらをリズム隊の二人が支える。
 この曲ではキーボード以外の音は最小限に抑えられていて、代わりにキーボードはほぼ休みなしだ。トイチが「思った以上に目立つ」と言っていたが、実際にライブハウスのスピーカーで聞いてみるとさらに際立つ。これは一瞬たりとも気が抜けない。
 あいちゃんの透明感のある歌声は、この静謐な楽曲によく合っていた。
 僕も負けていられない。絵梨奈が見に来ているんだ。

 あいちゃんは、「やっと私なりに前に進めた」と言っていた。
 僕も同じかもしれない。絵梨奈がいないながらも、どうにか一年間やってこれた。
 あの日あいちゃんが軽音部室にやってこなかったら、キスケたちに声をかけられなかったら、今このステージには立っていないだろう。高校生となった僕の姿を絵梨奈が見ることはなかったかもしれない。

 歌が終わり、最後、僕のピアノで曲が締めくくられる。
 この瞬間だけ、僕は独奏者だ。
 ──さあ、届け。

  *

 バラードでは観客がわかりやすく体を動かすということがないため、演奏中は聴いてもらえているかどうか不安だった。
 しかし演奏を終えると、拍手が起こった。温かい拍手だと思った。
 あとは絵梨奈と話がしたい。paletteの曲の感想を聞いてみたい。

 出番を終えてフロアに戻ると、そこに絵梨奈の姿は見当たらなかった。
 僕たちの出番が過ぎたので外に出たのかもしれない、と思ってロビーに出てみると、隅のベンチに座る絵梨奈の姿を見つけた。

 先ほどまでは脱いでいたコートを着て、小さなペットボトルのホットレモンティーを飲んでいた。
 中学時代はハーフアップにしていた髪を今は後頭部で一つにまとめ、小さなポニーテールを作っている。高校に入ってからこの髪型にしているのか、ライブだからこの髪型にしただけなのかはわからない。

 絵梨奈に近寄ってみると、話しかけるより前に、向こうが僕に気づいたようだった。
「お疲れ様」
 僕の記憶にあるのと変わらない声、変わらない口調だった。
 彼女の労いに、「ありがとう」と返す。

 感想を聞きたい気持ちでいっぱいだったが、いきなり尋ねるのはなんだか押しつけがましいような気もした。
 しまった、話すことを何も考えていなかったな、と思いながら、ひとまず絵梨奈の隣に腰かけることにした。
 ステージに立っていた数分前とはまったく別の緊張を感じる。

「今日は遠くからわざわざ、来てくれてありがとう」
「どういたしまして。湊が弾くの、久しぶりに聴いた」
「あ、僕が弾いてたあのシンセ、亜矢奈(あやな)さんから譲ってもらったものでさ」
「知ってる。そのあたりのことはお姉ちゃんから聞いてた。だから、湊がバンドやってるってことも知ってたよ」
「そっか。……えっと、亜矢奈さんによろしく」
「うん。湊のライブ、一回は見てみたかった。誘ってくれてありがとね」

 フロアへと続く防音扉が閉められているからか、数分前までけたたましく浴びせられていた音は、だいぶ遠くに聞こえた。

「……それからさ、写真もありがとう。その、スノウドロップの」
「去年湊が、花の写真を、って言いだしたときは、ロマンチストだなぁって思った」
 絵梨奈がクスリと笑う。無邪気で嫌味のないこの笑顔も、久しぶりだ。
「い、いや……」
「でも湊のことだからほんとに送ってくるだろうって信じてたし、楽しみにしてたよ」

 スノウドロップの写真を、という約束をしようと思い立ったときは妙案を閃いたような気でいたが、あとで冷静に考えてみたらずいぶんと恥ずかしくも感じた。
 しかし今となっては、やはりあのときの自分に感謝すべきだと思った。
 スノウドロップがなかったら、おそらくいつまでもメールのきっかけがつかめず、ライブに絵梨奈を誘うことができなかっただろう。

 絵梨奈はペットボトルに一口つけると、再び切り出した。
「最後にやったバラードの曲、すごくよかった」
「ありがとう。あれはボーカル兼作詞のあいちゃん──相澤藍花(あいざわあいか)って子が、頑張ってくれて……」
「歌もそうだけど、湊のキーボードもよかったよ」
「えっ?」
 絵梨奈の言葉に、思わず胸が熱くなった。
「あのピアノの音があったから、藍花さんの歌がすーっと入ってきたんだと思う。少なくとも私は、そう感じた」
「あ、ありがとう」
「間奏や後奏のソロパートも綺麗で、かっこよかったよ、湊」
 もしかしたらお世辞なのかもしれないが、僕は絵梨奈の言葉を嘘だとは思いたくなかった。

「湊が頑張ってるみたいでよかった。私も頑張らないとな」
 絵梨奈も頑張ってるでしょ、と言いかけてやめた。
 僕はこの一年間、絵梨奈がどう過ごしてきたのかを何も知らない。つい1カ月前までメールの一つもまともに送れなかった奴が、知ったような口をきくべきではない。
 ただ、絵梨奈も絵梨奈なりに頑張っているはずだ。そうであってほしいし、そうだと信じることくらいは許されるだろう。

「私もなりたい私になれるように、一歩踏み出してみようかなって、勇気をもらえたよ。ありがとう」

 ──みんなと会って、歌ってきて、やっと前に進めた気がする。
 そんなあいちゃんの想いが込められているのが、『群青の花』という曲だ。
 小さなライブハウスの音響なんてたかが知れているし、高校生の演奏で届く音や声も、たかが知れている。それでもあいちゃんの歌声には、絵梨奈の心にも響くものがあったらしい。
 あいちゃんの言葉は、僕たちの音楽は、しっかり届いたようだった。

 そしてこの一曲は、次の大会に向けた、paletteの大きな武器になると思った。
 
 
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