2018/09/27

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第20章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第19章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第20章

  ご無沙汰してます。黒川湊(くろかわみなと)です。
  寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

  あ、敬語ばっかりでも堅苦しいから、ここからはタメ語でいいかな?

  久しぶりなので、近況報告を。
  僕が一高に受かった……のは知ってるよね。
  いろいろあって(この過程は割愛するけど)、軽音部に入ることになったんだ。
  palette(パレット)っていうバンドでキーボード弾いてます。
  1枚目の写真の、左から、
  (みどり)ちゃん(ベース)
  トイチ(ドラム)
  あいちゃん(ボーカル)
  僕(キーボード)
  キスケ(ギター)
  っていう5人組バンドです。

  軽音部の甲子園みたいな大会が7月にあったんだけど、
  それは地区大会敗退だった。
  でもそのあとも、秋に文化祭ライブに出て、
  それからも1カ月に1回くらいのペースでライブに出させてもらってました。
  それで、来月の15日、うちの軽音部の卒業ライブがあるんだけど、
  よかったら来てくれると嬉しいです。

  ところで、中学の卒業式の日にした約束は覚えてますか?
  スノウドロップの写真を送り合おうっていうやつ。
  こっそり育ててたのがいい感じに咲いてきたから、写真送るよ。2枚目のやつね。

 いきなり長々と何を書いているのかと思うかもしれない。僕も見返してみて、ちょっと冗長だっただろうか、と思う。常体と敬体も交ざってしまっている。僕は絵梨奈と、どんな口調で話していたっけ。

 これは高校1年の2月、絵梨奈(えりな)に送ったメールの抜粋だ。
 高校入学以降、初めて絵梨奈に送れたメールだった。

  *

 2月も中旬に差しかかった、ある日曜日のことだ。
 この日、外では粉雪が舞っていた。僕の地元では12月頃から最低気温が氷点下を下回り、雪も降り始める。凍えるような日が続いていたが、僕はベランダの片隅に置いていた鉢植えの様子を、このところ毎日見ていた。
 秋に植えた球根が、ようやく花を咲かせたのだ。
 細長い緑の葉に、釣鐘型の白い花びら。
 スノウドロップだ。
 幸い、育てるのはさして難しくなかった。植えた五つの球根は並びがやや不揃いで、花も少し不格好な気がしたが、まあ初めて栽培したわけだし、こんなもんだろうと思うことにした。
 僕はそれを携帯電話のカメラで撮影し、数時間かけて作成した長文メールに添付して絵梨奈に送信した。ついでに、paletteの5人が写った写真もあったのでそれも添付した。

 未送信メールを数百件溜めた末に──100件を超えたあたりから数えるのをやめたが──ようやく1件のメールを送ることができたわけだ。
 こちらから約束を取りつけた以上、メールもこちらから送らなければならないだろう、というのもあった。
 今まで踏み切ることができなかったのだが、スノウドロップの花のおかげで、ようやく勇気を出すことができた。
 その日の夜、絵梨奈から返信が届いた。

  近況報告ありがとう笑
  元気そうで何より。

  3月15日ね。わかった。
  その日は空けておくね。
  ライブ楽しみにしてる。

 近況報告に対する薄い反応はそれなりにショックだったが、絵梨奈がライブに来てくれると思うとそんなものはどうでもよくなった。
 それからメールは、「私も育ててみました」と続いていた。
「球根を植えたのが遅かったから、まだあんまり大きくないけど」という言葉とともに、スノウドロップの写真が添えられていた。
 言葉通り小ぶりではあったが、まっすぐ伸びた茎と、清らかな光沢のある花びらが印象的だった。一本一本の花は、僕のものより綺麗に並べられている。このあたりは育てた人の性格が表れているのかもしれない。

 とにかく、絵梨奈が約束を忘れていなかった。
 それが僕には、何よりも嬉しかった。

  *

 数日後の朝、今度はトイチからメールが来た。送信先を見ると、キスケとあいちゃんと翠ちゃんにも同時に送られている。
 内容は要するに、新曲ができたから合わせるぞ、というものだった。

 この頃の僕たちは、軽音部の卒業ライブ、通称「卒ライ」に向けた練習をしていた。
 大学入試が終わった頃に行う、卒業する3年生を送り出すための軽音部のイベントだ。トイチいわく、多くの学校の軽音部は似たようなイベントをやっているらしい。

 放課後、スタジオでトイチが聴かせてくれたのは、ゆったりとしたテンポの曲だった。
「バラード?」
 あいちゃんが尋ねる。
「そろそろ俺たちにも、こういう曲が必要になると思ってな。バラードはテンポがゆっくりで音数も少ないから、ボーカルの歌唱力が顕著に表れる。で、アレンジはキーボードを引き立たせる形でいこうと思うけど、いいよな?」
 キスケと翠ちゃんが首肯する。
 すなわち、それは。
「あいちゃんと湊くんが重要ってことだよ」と翠ちゃん。
「まあ、かねてより作ろうとは思ってたんだ」とトイチ。
 7月の初ライブ以降、オリジナル曲を数曲作ってきたが、バラードは僕たちの持ち歌にはなかった。
「まだ相澤(あいざわ)さんと湊さんが入る前、トイチがミューブレに出るって言ったら、翠さんが、じゃあボーカルは女の子にして、あとキーボードを入れたいって言ったんですよ」
 キスケが言う。そういえば、あいちゃんがバンドに入るついでに僕も加入することになったとき、彼は「ちょうどいい」と言っていた。たしか、翠ちゃんがキーボードもほしがっていた、とか。
 その翠ちゃんが口を開く。
「覚えてるでしょ? ホワイトアウト。真正面から対抗して鹿目(かなめ)くんたちを上回るパフォーマンスをするのは難しい。あの4人を超えて全国に行こうと思ったら、鍵になるとしたら、彼らにない要素かなって」

 ホワイトアウト。1年生のみの4人組バンドだが、7月の大会では圧倒的な実力を見せつけて全国大会にコマを進めた。特にボーカルの鹿目銀(かなめぎん)くんの歌唱力は、おそらく全国でもトップクラスだっただろう。
 なら、彼らにない要素──すなわち女声ボーカルとキーボード──が突破口になるのではないか、ということか。

「湊を脅すわけじゃないけど、楽器もソロパートは思った以上に目立つ。特にピアノはタッチ一つで雰囲気台無しなんてこともあるからな」
 トイチは念を押したが、むしろ好都合だ、と僕は思った。
 ──卒業ライブには絵梨奈が来る。
 ピアノが映える曲だというのなら、お披露目するには絶好の機会じゃないか。
「曲できたのが遅くなったのは悪かった。なんなら卒ライは見送って、その次のライブか、最悪7月の大会まで温存でもいい」
 卒業ライブまでは1カ月を切っていた。たしかにトイチの言う通り、新曲を一から仕上げるには、残されている時間は決して多くない。
 しかし、僕の意志は固まっていた。

 大丈夫、と僕が言いかけたとき、あいちゃんが、意を決したように言った。
「やろう! 今度の大会で鍵になるなら、それまでに一回でも多く歌ったほうがいい。次の練習のときまでに、歌詞もつけてくるから!」
 あいちゃんの心も決まっていたようだ。
 トイチが、湊はどうだ、と訊いてくる。
「この曲、僕も卒ライまでに仕上げたい」
 僕は迷わず答えた。
「決まりだな」
 トイチが言うと、キスケと翠ちゃんも頷く。
 さっそくこの日から、僕たちは新曲の練習に取りかかることになった。

  *

「『青い花』って知ってる?」
 その日の帰り道、あいちゃんと二人で歩いていると、唐突に彼女が僕に尋ねた。
「青い花?」
「ドイツの詩人、ノヴァーリスの小説」
 有名な作品なのかもしれないが、僕は知らなかった。
 知らない、と答えると、あいちゃんがあらすじを教えてくれた。いわく、主人公の夢に現れた青い花が少女に姿を変え、その少女の面影を追って旅していく、といったストーリーらしい。

 僕は『青い花』という小説を知らないので、当然、作中で出てくる「青い花」がどんな形なのかも見当がつかない。
 だが、花と聞いて、僕が連想したのはスノウドロップだった。
 青色をしたスノウドロップの花が絵梨奈の姿に変わり──、なんて、馬鹿みたいなイメージが頭をよぎった。

「新曲のテーマは、そういう感じにしてみようって思ってるんだ」
「『青い花』をモチーフにした歌詞にする、ってこと?」
「うーん、『青い花』そのものというよりは、『青い花』の主人公みたいに、面影とか憧れみたいなものを追いかけてた私、かな」
 数日前の雪が残る道を横並びで歩きながら、あいちゃんに目を向ける。絵梨奈と比べるとあいちゃんはやや背が低い。僕は少し視線を下げることになる。
「私さ、『自分に自信をもてる自分』とか『ステージの上で堂々と歌える自分』とか、そういう『理想の自分』みたいなものの面影を、ずっと追ってたんだと思う」

 これまでのことを思い返してみる。
 僕たちの初ライブとなった、7月のミューブレ県大会。そこで目の当たりにした、同い年の鹿目くんのレベルの高さに、あいちゃんは歌に自信をもてなくなっていた。
 ただでさえ、知らない人が大勢見ているステージの真ん中に、5人の中で一番体の小さい女の子が立つのだ。重圧は想像以上のものだろう。僕が経験したピアノの発表会とは全然違う空気がのしかかるはずだ。
 僕たちは、あいちゃんが安心して背中を預けられるようにならなければならなかった。
 トイチは相変わらず自信家で、バンマスとして僕たちを奮い立たせていた。キスケのギタープレイは、より大胆なものになったように思う。何かと目配りのきく翠ちゃんは、いつもそばであいちゃんを慰めていた。
 僕はというと、これといって何かをしてあげられたわけではない。ただ、自信がもてるようになるまで同じペースで歩いていこう、みたいなスタンスは貫いていたつもりだ。
 トイチやキスケが方々にかけ合ってライブに出させてもらえるよう奔走していたおかげで、場数は多く踏んでこれた。そしてそのたびに、少しずつあいちゃんは自信を取り戻していき、ステージ上でのびのびと歌うようになった。
 今となっては、あの頃の気弱さは見る影もない。

「この一年、バンドをやってきて、少しはそこに近づけたかなって思ってる。だからさ、paletteのみんなには感謝してるよ」
 あいちゃんが声を弾ませる。彼女の後頭部、高い位置で結ったポニーテールが揺れた。
「卒ライ、頑張ろうね」
「そうだね。僕も頑張るよ」
 僕としても、下手な演奏をするわけにはいかない。
 絵梨奈が見に来るのだ。

  *

 ふと、僕が追い求めている面影ってなんだろう、と思った。
 目先のことでいえば、新曲を本番で申し分なく弾き切り、かつそれを絵梨奈に聞いてもらう、ということになるのだろうか。
 しかし、もっと先のことを考えるならば。
 たとえば絵梨奈と、僕はどんな関係になるのが理想なのだろう。
 思えばそのようなことは、あまり真剣に考えてこなかったかもしれない。
 僕は絵梨奈のことが好きであるという確信を得て、絵梨奈も僕のことを好きだと言ってくれて、それから交際して、将来的には──。
 考えるだけ恥ずかしくなってきた。普通の人なら頬が緩んでくるような妄想かもしれない。しかし僕にとっては、荒唐無稽な幻想としか思えなかった。
 自分はまだ理想には遠いな、と強引に結論づけて、僕は考えるのをやめた。
 
 
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