2018/07/24

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~ 第16章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.2 ~ポートレイト~ 第15章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.2 ~ポートレイト~】
 
 
◆ 第16章

  *

 ポケットの中で、携帯電話が震えた。
 メールの受信を知らせるバイブだった。開いてみると、スタジオに入る前に母に送った、今日は帰りが遅くなるという旨のメールに対する返信だった。

 メールを受け取ると、絵梨奈(えりな)からだろうかと、少しだけ期待してしまう自分がいる。
 実際に開いてみると、絵梨奈からではなくて、少しだけ落胆してしまう自分がいる。

 絵梨奈とは、スノウドロップの花の写真を送り合う約束をしただけだ。
 逆に言えば、スノウドロップの時期以外はやりとりをする理由がない。

 僕たちの関係はそれくらいの距離に留めておくのが、あのときは〝正しい〟と思ったのだ。

 メールの本文を、少しだけ綴ってみる。
 うっかり送信してしまうのを防ぐため、送信者は空欄にしてある。
 今日だけでも言いたいことはいくつもあったし、言いたいことがない日でも何か伝えたい。
 しかし彼女にも彼女の時間があるだろう。それを僕のメールで邪魔するのは〝正しくない〟と思った。
 送らないなら消せばいいのに、とは思うが、書いてしまったら書いてしまったで、「メールを削除します。よろしいですか?」という無機質な問いに「はい」と答えることを躊躇ってしまう。

 こうして僕の携帯には、宛名のないメールの下書きが溜まっていく。

  *

 スタジオでの練習を終え、カフェで今後の目標を確認したあと、僕たちは家に帰ることになった。
 電車通学をしているトイチくん、キスケくん、宮島(みやじま)さんは駅へ。徒歩通学の僕は駅と反対方向へ歩いていく。
 すると、相澤(あいざわ)さんも僕についてきた。

「相澤さん、家こっちのほうなの?」
 こちらの方面に徒歩で帰るのなんて、僕の出身中学の学区に住む人くらいしかいないよな、と思った。相澤さんの出身中学は知らないが、僕と同じ学校ではない。
「私ね、おばあちゃんの家から通ってるんだ。おばあちゃん家がこっちのほうにあるから」

 ──おばあちゃん家から通うことにする。
 絵梨奈の声が、ふと頭をよぎった。
 実家から遠いため、彼女も祖母の家から高校に通うと言っていた。

「もしかして、実家が遠いとか?」
「私の実家、浅木(あさぎ)市なんだよね。実家からだと時間かかりすぎちゃうからってことで、こっちに住んでるおばあちゃんの家から通わせてもらってる」

 浅木市。聞き覚えのある名前だ。
 こんなことってあるんだな、と思った。

「どうしてこっちに? 浅木のほうにも高校あるよね?」
 僕は尋ねた。
 中学卒業後、絵梨奈は浅木市にある女子高に通っている。
「浅木市内で受けるなら、一番偏差値の高い浅木女子(あさぎじょし)かなって思ってたんだけど、浅木市って広くてさ、実家から浅女ってバスで1時間近くかかっちゃうんだよ。だからもういっそ、おばあちゃん家から近いこっちの一高に通うほうがいいかなって」
 絵梨奈のようなケースがあれば、逆も然りということか。
「実家離れるって、大変じゃない?」
「うーん、でも私の場合は一人暮らしじゃないし、親が仕送りもくれるし、まだ助かってるよ。まあ、一緒に住んでるおばあちゃんとは、どうしても生活リズムが違ってきちゃうけどね」

 相澤さんの話を聞きながら、周囲を見回す。時刻は夜の8時を回った頃だ。
 下校がここまで遅くなったのは初めてだったが、景色そのものは、信号も、コンビニも、立ち並ぶ家屋も、その近くを通る線路も、僕にとって目新しいものはない。
 しかしこの街に来て日が浅い相澤さんにとっては、この景色は新鮮に映っているのかもしれない。僕の横を歩いているが、もしかすると僕とは違うものが見えているのではないだろうか。そんなことを考えていた。
 相澤さんが先月まで住んでいた、そして絵梨奈が今住んでいる浅木市というのは、どんな場所なのだろう。同じ県内ではあるのだが、僕は行ったことがない。

「でも、この高校来れてよかったって思ってる」歩きながら、朗らかに話す相澤さん。「中学からの知り合いはいないけど、友達もできたし、バンドもやれそうだし、放送部もあったし」
「放送部?」と僕。
「あ、私、放送部と兼部してるんだ。すでに校内放送は何度かやってるんだけど、気づいてない?」
「うん。……ごめん」
「じゃあ今度の木曜日の昼休み。私が原稿読むから、聴いててね」
「木曜の昼ね。覚えとくよ」

 放送部なのか、どうりで、と思った。
 まだ歌声はまともに聞いていなかったが、スタジオで数度マイクを通して出していた声を聞いた限りでは、非常に通りがよく聞き取りやすい声だった。それに楽器はわからないと言いながら、マイクの扱いには慣れているようにも見えた。

 ボーカルに、放送。どちらも声を使う立場だ。
「なんか、さすがボーカリストって感じだね」
 安直な言葉だったかもしれないが、僕は思ったことを口にした。
「私、小さい頃から歌うのが好きで、カラオケ行くとマイクを離さないタイプなんだよね」相澤さんが苦笑する。「おかげで声には自信もつことができたんだけど……」
 彼女の声色が、少し暗くなる。
「だけど?」
「逆に、声くらいしか私には取り柄がなくてさ。楽器ができないから、今日みんなが楽器やってるのを見て、すごいって思った。迷惑かけたくないって思ったし、私も恥ずかしくないくらい上手くなりたい、って思った。……だけど私で大丈夫かなっていうのは、やっぱりちょっとある」

 彼女の話を聞きながら、僕は中学の合唱コンクールを思い出していた。

「相澤さん、小学校か中学校で、合唱コンクールってあった?」
「合唱? 中学であったよ」
「楽しかった?」
「やっぱり歌うの好きだからかな、合唱は楽しかった。それがどうかした?」

 あくまで僕の価値観でしか測れないが、楽しかったのなら相澤さんは大丈夫だろう、と思った。

「僕の中学でも毎年秋にあったんだけど、練習は真剣にやらない人も多くてさ、好きで歌ってた人なんて、何人いたんだろうってレベルだった。かくいう僕も、進んで歌いたいとは思わなかった。幸い僕はピアノが弾けたから伴奏やってたんだけど──」

 伴奏に徹していたから、良くも悪くも絵梨奈との思い出を残すことができたのだと思っている。
 僕が歌う立場にいたら、絵梨奈との思い出は、もう少し違ったものになっていたかもしれない。
 まあ、このことは今は言うべきではないだろう。

「──僕は歌うことが楽しいとは思わなかったし、声に自信が、なんて発想自体なかったよ。だから相澤さんみたいに、歌が好きとか声が取り柄だって思えるのは、それだけで大きな才能なんじゃないかなって」
 少しの間、沈黙が流れた。
 ……何かまずいことを言ってしまっただろうか。気の利いたことは言えていないにせよ、無難な言葉を選んだつもりだったのだが。
 車道を挟んだ向こう側の線路を、電車が通り過ぎる。
 再び静かになったとき、「ありがとう」という相澤さんの声が聞こえた。

「次スタジオに入るときは、歌っちゃうよ? 今日の曲に歌詞つけちゃうよ?」
 彼女は明るく澄んだ声で笑顔を浮かべていた。僕も少し安心した。
「うん。相澤さんの歌聴けるの、楽しみにしてる」
「楽しみにしてて!」

  *

 僕の家の前の交差点に着いた。
 じゃあ、と言いかけたところで、「黒川(くろかわ)くん」と止められた。

「黒川くん、普段は何て呼ばれてる? クロちゃんとか、みっちゃんとか?」
「呼ばれ方?」
「これから同じバンドでやってくんだからさ、『相澤さん』と『黒川くん』のままっていうのも、なんかよそよそしいじゃん」
「黒川、以外だったら、下の名前の、(みなと)、かな」

 言ってから気がついたが、僕のことを湊と呼ぶのは、家族や春子(はるこ)先生を除けば、中学の男友達と、あとは絵梨奈くらいだった。高校に入ってからは名字で呼ばれることがほとんどだったと思う。
 このときの僕はもしかしたら、湊と呼ばれたかったのかもしれない。

「じゃあ、私も湊って呼ぶね。あ、私のことは、あいちゃんでいいよ。よろしくね、湊」

 ──湊。
 そう呼ばれて、僕の頭に、また絵梨奈の面影がちらついた。

「よろしく」ひとまず目の前の相手に返答した。「……あい、ちゃん」
 おそるおそる呼んでみたが、なんというか、意外と気恥ずかしい。
 考えてみたら、僕は同級生の女子のことをこんなふうに呼んだことなんて一度もなかった。

 あいちゃんはにっこりと笑っていた。
「よろしい。じゃ、またね、湊」
「うん、また」

  *

 薄暗い歩道を歩くあいちゃんの背中を見送る。
 彼女の祖母の家は、ここからさらに10分ほど歩いたところにあるそうだ。
 あいちゃんが歩いていく先は、絵梨奈の実家がある方角でもあった。

 絵梨奈の顔は、声は、未だ僕の脳裏に強く焼きついているらしい。

 4月の下旬。まだ肌寒い日もあるが、もうスノウドロップの季節は過ぎている。
 あたりには春を告げる鮮やかな色の草花が姿を見せていた。

 携帯電話を取り出して、メール画面を開く。
 未送信メールがすでに12件溜まっている。すべて宛先は空欄だ。
 駅を出る頃に少しだけ手をつけていたメールの作成画面を開き、近況報告でもするかのように、今日あった出来事を書き連ねてみる。
 送信先を選択するため、アドレス帳を開く。登録されているアドレスは多くなく、「白川(しらかわ)絵梨奈(えりな)」の名前はすぐに見つかる。しかしカーソルを合わせても、決定ボタンを押すことができなかった。

 結局この日も僕は、宛先を空欄にしたままメールを下書きに保存した。
 
 
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