2018/06/14

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1~雪が溶けると~ 第11章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第10章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
 
◆ 第11章

 受験生になるからという理由で、中2の3月の発表会を最後に春子(はるこ)先生のピアノ教室は退会したが、勘が衰えないように、家のピアノには触るようにしていた。
 3年のときはクラスメイトが比較的協力的だったことも幸いし、伴奏の練習にも熱を入れることができた。
 そのおかげもあり、10月の合唱コンクールで僕は3年生の伴奏者賞を獲ることができた。ちなみに、クラスの合唱も銀賞に選ばれていた。
 絵梨奈(えりな)はというと、彼女も無事に指揮者賞を受賞していた。まったく心配はしていなかったが、安心したし嬉しかった。さすがだと思った。

 さて、状況は整った。
 ──僕はまた、絵梨奈の指揮でピアノを弾くことができる。

  *

 僕と絵梨奈が音楽の先生に声をかけられたのは、私立高校の入試を終え、暦が2月を迎えた頃だった。
 職員室に呼ばれた僕たちは、卒業式での卒業生合唱の指揮と伴奏をお願いね、と先生から楽譜を渡された。歌う曲はすでに決まっているらしかった。
 僕も絵梨奈も二つ返事で了承したので、話はすぐに終わった。

 絵梨奈と廊下を歩きながら、窓越しに外をちらりと見る。校庭の枯れた草木が目に入る。寒々しい冬の乾いた風が目に見えるようだった。

 職員室から教室に戻るまでの間、短い時間ではあるが、何も話さないのは気まずいしもったいない。当たり障りのない話題を探してみる。
「絵梨奈、私立はどこ受けた?」
藤高(ふじこう)山吹大(やまぶきだい)附属。藤高は学費が免除になる一番上の特待で、山吹附属は医歯薬系特進コースだった。(みなと)は?」
「藤高の特待、同じく学費免除のやつ」

 絵梨奈は3年間、学年トップの成績を保ち続けていた。
 彼女に置いていかれないようにと後を追っていた僕も、1年の頃から学校のテストの順位は一桁から下がることはなかった。夏以降、学校も塾も本格的に受験モードという雰囲気になったが、さして苦にはならなかった。
 そんな僕たちにとっては、滑り止めの私立は受かったか受からないかという話ではなく、どのレベルの特待で受かったかという話になる。幸い、僕は狙い通り特待をとれたし、絵梨奈も大きな失敗はしなかったようだ。
 とはいえ僕が受けた私立校は、入試の成績によっては学費免除などの特権を与えられるものの、代わりに部活に入れず3年間土曜日や夏休みも学校でガチガチに勉強させられるなどという噂もあったので、入学する気はさらさらなかった。

 本命は県立高校だ。入試までは、あと3週間。
 このままなら高校も絵梨奈と同じ学校に行けるだろう、と思った。

「県立、湊は一高(いちこう)受けるんだよね?」
 絵梨奈が僕に訊いてきた。
 一高、というのは僕が第一志望に据えている県立高校の通称だ。うちの地元で一高といったら、たいていはこの高校を指す。100年以上の伝統を誇るという、県内有数の進学校。例年、受験倍率は県内随一の高さとなる。
 僕たちの中学で成績優秀な人は、ほとんどがこの高校を受ける。中学の学区からは外れるが、それでも難なく通える場所にある。僕の家からだと徒歩でも20分とかからない。

「うん。欠席日数が多いから推薦はやめとけって先生に言われたけど、一般なら黒川(くろかわ)は受かるだろうって」
 僕たちは職員室のある2階から、3年生の教室がある3階へと階段を上がる。
「絵梨奈も一高受けるんだよね?」
 夏休みの学校説明会と秋の文化祭に足を運んだが、絵梨奈も同様に参加していた。
 絵梨奈と一緒にこの高校を受けられると思うと、それだけで誇らしくもあった。
 だから僕が訊き返したのは、あくまで確認のためだった。
 当然、一高を受けるという返答が来るだろうと。

「私、一高は受けないことにした」

「……えっ?」
 突然、暗闇に放り込まれた気がした。
 階段を踏み外していなかっただろうか。動揺を隠せていただろうか。
 ──頭の中で、不協和音が鳴った気がした。
 思い出したのは小6のあの日、絵梨奈が今度の発表会を最後にピアノを辞めると言ったあのとき。
 しかし、あのときとは比べものにならないくらいの喪失感。

「私立単願に切り替えるとか、そういうこと?」
 努めて冷静に、僕は尋ねる。何事もなかったかのように、また階段を上る。
「いや、県立は受ける。だけど一高じゃなくて、浅木女子(あさぎじょし)を受けることにした」
 浅木女子高校。県内では最難関クラスといわれる、公立の女子高だ。偏差値としては、僕が受ける一高と同じくらいか、もしかするとさらに上になるだろう。それでも絵梨奈なら受からないことはないと思ったが、僕にとっての問題は入試の難易度ではなかった。

「浅木って、あの県南の?」
「そう。家からだと、学校まで片道2時間以上かかる」
「通えるの?」
「実家からだと通えないから、受かったら、浅木のおばあちゃん家から通うことにする」

 僕たちが住んでいるのは、南北に長い県の中心部。県内は自然が豊かな代わりに交通網は発達しておらず、南部や北部に行こうとすると、中心部からでも数時間を要することはざらにある。
 場所によっては他県から来るほうが早いくらいだ。浅木市はまさにそういうところだった。

「……差し支えなければでいいけど、なんで浅女を?」
「迷ったんだけどね。どうせならレベルの高いところをっていうのと、大学入試を考えると、あっちにいたほうがいい刺激がもらえるかなって。大学入試は全国規模になるからさ。ほら、浅木市って県の外れだから、県外からも受けに来る人多いんだよ」

 ──まだ高校にすら受かるかどうかわからないのに、もう大学入試を見据えているのか。
 このときの僕は大学のことなんて考えたこともなかったし、こうして目の前で言われても全然ピンとこなかった。
 物理的にも精神的にも、絵梨奈が遠く離れてしまったように思えた。ずっとそばにいたはずなのに、いつの間にか、手を伸ばしても届かなくなってしまった。そんな気がした。

 受験校の変更はギリギリ間に合う時期ではあったが、仮に変更しようとしたところで女子高だともちろん僕は受けられない。
 かといって僕が絵梨奈に志願先を変えろというのも〝正しくない〟だろう。僕のわがままで絵梨奈の進路を変えてしまうのは、許されることではないはずだ。

 絵梨奈と離ればなれになること。
 絵梨奈が遠く離れてしまうこと。
 要するに、受け入れるしかなかったのだ。
 おそらく、心のどこかではわかっていた。
 だけどずっと考えないようにしていた。考えたくなんてなかった。
 絵梨奈と一緒にいられることを、ずっと続くと信じていたかった。

 僕が戻るべき教室を通り過ぎて、絵梨奈の教室の前まで来ていた。
「こうなったらさ」ドアの前で、絵梨奈が口を開く。「もう、お互い合格するのが一番いい結末だと思う」
 たしかにそれしかない、とは思う。
 仮に絵梨奈も僕も県立入試に落ちれば、同じ私立高校に通うことになる可能性はある。しかし僕はともかく、絵梨奈に受験に失敗してほしいなど、とても考えられることではなかった。

「湊は落ちないよね。あとは私が受かればいいだけ」
「いや、絵梨奈なら大丈夫だよ。僕が受かるかどうかだ」
 絵梨奈が僕を認めてくれているのが、せめてもの慰めだ。

「じゃあお互い、いい報告ができるように」
「……そう、だね」
 僕が小さく答えると、絵梨奈は軽く手を振って、教室の中へと姿を消した。

  *

 ──絵梨奈は落ちない。
 じゃあ僕が受かればすべて丸く収まるじゃないか。
 絵梨奈と離ればなれになることを完全に受け入れられたわけではなかったが、ひとまず入試は突破しなければいけないと思った。ここで一高にも落ちてしまったら、僕は本当に立ち直れなくなる気がした。

 幸い、塾で聞いていた例年の合格者平均点は、今から無理に点数を上げようとせずとも、大きなミスさえしなければ上回れる点数だった。
 落ちないように、つまらないミスをしないようにと注意を払って、入試までの残り3週間、僕は最後の追い込みをした。

  *

 ──想定していたより早くこのときが来てしまった、と思った。
 絵梨奈の最後の発表会の日に決めたこと、それを実行に移す。正確にはその提案を、なのだが。

 いつか離ればなれになるときが来たら、そのときに提案しようと決めていた。
 
 
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