2018/06/09

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1~雪が溶けると~ 第9章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第8章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
 
◆ 第9章

絵梨奈(えりな)から『発表会いつですか?』ってメールが来たんだけど、(みなと)教えてなかったの?」
 3月も中盤に差しかかり、ピアノの発表会本番の日が迫ってきた頃、レッスンの終わりに春子(はるこ)先生に訊かれた。
「え? ……まあ、はい」と僕は曖昧に答えたが、否定はできなかった。
「やっぱり、ここんとこ絵梨奈とちゃんと話してないんでしょ」
「…………」

 中2に上がる頃には絵梨奈も僕も携帯電話を持ってはいたが、お互いの連絡先は交換していなかったので、伝えるとしたら直接話すしか手段はなかった。
 しかし僕が右手を怪我したあの日以降あまり学校に行かなくなったこともあり、絵梨奈と話す機会はめっきり減ってしまっていた。

 合唱のときだけは一人にしないと約束したのに、僕はピアノが弾けなくなってしまった。
「目を合わせてくれて嬉しい」と言ってくれた絵梨奈の合図に、アイコンタクトを返せない。
「湊が伴奏で助かってる」と言ってくれた絵梨奈の指揮に、ピアノで応えることができない。
 舞台上で絵梨奈を一人にしてしまった。
 そんな罪悪感や後ろめたさから、次第に絵梨奈のことを避けるようになってしまっていた。同じクラスなのに、数カ月間まともに顔を見た記憶がない。

「完治したものを掘り返すようで悪いけど、怪我したのと関係あるんでしょ? あの頃から学校にもあんまり行ってないみたいじゃない」

 右手を怪我したことについては、もちろん春子先生にも事情を訊かれた。あまり春子先生の口から聞くことのなかった厳しい口調で咎められた。怪我したあとの最初のレッスンのときだった。
 僕はほかの親や先生に話したのと同様に、事のあらましは話したが、絵梨奈が傷つけられないように、という点は隠し通した。そのときは春子先生もそれ以上深く追及することはなかった。

 あの場において僕は加害者で、悪い奴で、〝正しくない〟存在だった。
 絵梨奈のために手を出したんだぞ、と言ってしまうのがもしかしたら〝正しい〟のかもしれないが、僕は間違ってもそんなことは言ってはいけないと思っていた。
〝正しくない〟立場にいる者がいくら意見を押し通そうと、それは己を正当化するための言い訳でしかないのだ。
 中学生の僕でも、それくらいは心得ていた。

 だから僕は何も言わないことにしていた。
 もちろん、絵梨奈本人にも。

「いや、だからあれは僕の自業自得で、カッとなって殴ろうとしたのが勢い余って窓にぶつかったんだって……」
「湊はついカッとなったくらいで殴りかかるような子じゃない」
 春子先生の目が、まっすぐ僕を見据える。
「でもあのときは……!」
「何かあったんでしょ?」
 すかさず切り込んでくる。しかしその言葉に鋭さはなく、だからこそ僕は心の内を見透かされた気がした。
 僕が絵梨奈とずっと話していないと知ってからか、もしかするともっと前からか。とにかく春子先生は何かを察したのだろう。

「……こう言っても言い訳にしか聞こえないかもしれないですけど」
 予防線を張ったうえで僕は、あの騒動の一部始終を初めて他人に打ち明けた。
 いつかの理科の授業をクラスでボイコットしたことも、岩又(いわまた)と喧嘩する少し前に絵梨奈と二人で話していたことも。
 僕の話には主観も混じっていたと思うが、春子先生は事実も感情もすべて受け止めてくれているように思えた。

「……なるほどね」
 僕の話を聞き終えた春子先生は、静かに頷いた。呆れられてさらに怒られることも覚悟していたが、それは免れそうだった。
「怪我したことを、今更とやかく責めたりはしない。要するに手段はどうあれ、湊はその岩又くんから絵梨奈を守ろうとしたわけだ」

 守れた、と自分で言ってしまうのは気が引けた。
 冷静に考えてみたら、あのとき岩又は絵梨奈に対しては結局何もしなかったはずだ。あいつは絵梨奈の机をめちゃくちゃにすることもできなければ、教科書をゴミ箱に捨てることもできなかった。
 それだけで十分だった。ざまあみろ、と思う。
 だが僕のあずかり知らぬところで、岩又が絵梨奈に直接手を下していないとも言い切れない。

「どうして今まで誰にも言わなかったの? 湊は絵梨奈の味方だったんでしょ? 絵梨奈にも、味方でいてほしかったんだよね?」
「……味方になることを強要するようなやり方は〝正しくない〟と思ったんです」

 僕は自分が悪いことをしたとは思わなかったが、絵梨奈を守っただとか、自分の味方になってくれだとか、まして自分を〝正しい〟と認めてくれだとか、そんなことを主張したりはしなかった。

「今の話は絵梨奈にも言うべきだよ」
「でも、僕にそんなことを言う権利は……」
「あるよ」
 僕が濁した言葉を遮るように、春子先生は短く答えた。
「きっと絵梨奈も、正しさの押しつけだなんて思わないはずだよ」

 僕はしばらく黙って考え込んでしまった。
 正しさは認めてもらうものであって押しつけるものではない、というのが僕の信条だった。

「わかった」
 春子先生が、行き詰まった会話の流れを変える。
「今話してくれたこと、絵梨奈に伝えたくないなら伝えなくてもいい。私も黙っておく。ただ伝えないにしても、湊はほかに、絵梨奈に言わなきゃいけないことがあるでしょ?」
 そう言われて、僕はようやく気がついた。
 大切な、しかしごく当たり前なことに。
 ここにきて、やっと少し冷静になることができたのかもしれない。

「学校で話しにくいなら発表会のときでいいからさ、ちゃんと話しなさい」
「……わかりました」

  *

 帰りがけ、玄関先に咲いているスノウドロップが目に入った。
 この花を眺めながら絵梨奈と言葉を交わしたことが、遠い昔のように思えた。

 僕はポケットから携帯電話を取り出し、スノウドロップの写真を1枚、カメラに収めた。

  *

 ギプスが外れたのは合唱コンクールが終わって間もない頃だった。
 僕たちのクラスの合唱は、2年生どころか1年生と比べても酷いものだったらしいが、そんなことに関心はなかった。
 右手にギプスをはめられてから、合唱のことなんてどうでもよくなってしまった。

 怪我をしたとき、すでに発表会で弾く曲は決めていた。譜読みを終え、そろそろ本格的に弾き始めようかという時期の怪我だった。

「湊はあんまり基礎をしっかりやってなかったでしょ。それでもそこそこ弾けてたから別に強く言わなかったけど、この際だから基礎練習をみっちりやろうか」
 そんな春子先生の提案で、怪我から約2カ月、右手が動かせるようになってからもしばらく経つまで、僕は楽曲から離れて基礎を鍛え直していた。
 僕は基礎練習というものがあまり好きになれず疎かにしがちだったが、この練習が功を奏したのか、いざ曲に取り組むとなったとき、思いのほかスムーズに指が動いた。
「この際だから」なんて言っていたが、春子先生は基礎をたたき直すことが最善の策だと思ったのだろう。
 結果的に、ギリギリではあったが曲を仕上げることができた。ここを間違えていたら、もしかすると本番には間に合わなかったかもしれない。

  *

 4月からは受験生だ。今回の発表会を最後に、僕もピアノ教室を退会する。
 だから、絵梨奈に見に来てほしくなかったわけがない。見に来てくれて、嬉しくなかったわけがない。

 だが本番直前に絵梨奈と会ったときには、僕は軽く挨拶をするくらいしかできなかった。

 その場に居合わせていなかったとしても、あの昼休みのことを絵梨奈は誰かしらから聞いているはずだ。
 絵梨奈は僕のことをどう思ったか。一度気になりだすと、それ以前からそもそも僕のことをどう思っていたのかというところまで疑いたくなってしまう。
 顔を見たら冷たい視線を向けられるのではないか。目を合わせてくれないのではないか。
 考えれば考えるほど、僕は何も言えなくなった。

 会いたかった。だけど会いたくなかった。
 せめて今日、この曲を弾き切るまでは。

 ──ここでちゃんと弾けないと、本当に僕は絵梨奈に顔を合わせられなくなる気がした。

  *

 いよいよ僕の出番が始まる。
 2年前に絵梨奈が経験した、「最後の発表会」という舞台。

 最後だからって下手に気負う必要はない、とは春子先生にも言われた。だが今回の曲は今まで弾いてきた中で、間違いなく最高難度の曲だった。
 万が一本番で醜態を晒したらという不安も、ないわけではない。もし最後の発表会で、音を外してしまったら? 譜面が頭から抜け落ちてしまったら?
 ……いや、大丈夫だ。そうならないために早い段階で曲を決めて、「失敗したくない」という一心で、今まで練習してきたんだ。

「正直、この曲弾きたいって言いだしたときにはどうしようかと思ったし、手を怪我したときにはもっとどうしようかと思った。だけどこれ弾くことは、ずっと前から決めてたんだよね?」
「はい。まあ、曲をこれにしようって決めたのはもっとあとなんですけど、リストを弾くことは2年前から考えてました」
 いつだったか、春子先生とそんな会話をしたことを思い出していた。

 春子先生は僕を止めることはしなかった。
 2年前、絵梨奈だってギリギリのところで曲を完成させたんだ。
 あとは僕が、ここで弾き切るだけだ。

 絵梨奈が最後の発表会でリストの『コンソレーション』を弾いたのを見て、僕は心に決めたことが二つあった。
 そのうちの一つを、ここで実行しよう。

 ──曲目は、リストの『愛の夢 第3番』。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~ 第10章
 
 

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