2018/05/22

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1~雪が溶けると~ 第4章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第3章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
 
◆ 第4章
 
 小学校の6年間は、長いと思っていたが振り返ってみると短かった。
 記憶の薄れ具合もあるのだろうが、後の中学校生活や高校生活の3年間のほうが長かったようにも感じる。
 
 気がつけば、僕たちは小学校の卒業を数カ月後に控えていた。
 
 6年生のクラスは僕と絵梨奈(えりな)は別だったので、たまに廊下ですれ違うくらいしか、学校で姿を見かける機会はない。
 まともに話をするのはピアノのレッスンのときくらいだった。
 絵梨奈とクラスが離れた年は、週に一度のレッスンを待ち遠しく感じていたと思う。
 
  *
 
 秋が深まり、少し肌寒さを感じるようになった。
 この時期になると、そろそろ3月の発表会で弾く曲が決まってくる。
 僕と絵梨奈はわりと優柔不断なほうだったかもしれない。それでも毎年、絵梨奈は僕より先に曲を決めていた。
 しかしこの年は逆に、僕が曲を決めても絵梨奈はまだ悩んでいた。
 
「練習期間もあるし、もう思い切って今日決めちゃおう。何かいい曲見つかった?」
 その日のレッスンを終えると、絵梨奈と春子(はるこ)先生の、曲決めのための話し合いが始まった。僕の曲が決まるまではここに僕も交じっていたが、決めてからは二人の話し合いになっている。
 僕はやることがなかったが先に帰るのもなんとなく気が引けて、ピアノに座って様子を見守ることにした。
 
「いくつか考えてはいるんですけど、これだっていうのを決められなくて……」
「そっか。私もいくつか考えてはみたんだけど……」
 言いながら春子先生は、本棚から一冊の楽譜を取り出した。
「たとえば絵梨奈、これなんかはどう?」
「……リストの、『コンソレーション第3番』?」
 机に広げられた楽譜を見て、絵梨奈が尋ねる。
「リストって、あの超絶技巧のリストですか?」
 
 絵梨奈が口にしたリストという名前は、当時の僕でも聞いたことはあった。
 フランツ・リスト。その超人的な腕前から、「ピアノの魔術師」と称されたピアニスト。
 彼の作った曲は非常に高度な演奏技術を要するものが多く、『超絶技巧練習曲』と呼ばれる曲もあるくらいだ。実際、何曲か聴いたことがあったが、僕にはあんなもの指が何本あっても弾けるわけがないと思った。
 
「そう、そのリスト。とはいっても超絶技巧の曲じゃなくて、比較的簡単なやつ」
「リストに簡単な曲って、あるんですか?」
「リストの曲の中では、だけどね。この『コンソレーション第3番』っていう曲は、技術的にはそんなに難しくなくて、かつポピュラーで演奏される機会も多い。綺麗な曲だよ。ちょっと弾いてみていい?」
 僕は座っていた椅子を春子先生に譲った。
 春子先生は譜面を立てかけ、曲の冒頭部分を弾いてみせた。
 
 春子先生の言う通り、落ち着いた雰囲気のある綺麗な楽曲だった。
 ゆったりとした儚げな曲。僕は少し弾くのが苦手なタイプだが、こういう曲は絵梨奈には向いているだろう。
 甘美ながらもどこか悲しげなメロディを右手が奏で、左手で弾く連符がそれを優しく支える。
 何オクターブも激しく動くわけではないが、それでも指はかなり使う。春子先生の肩越しに譜面を覗き見たが、頭が痛くなりそうな連符の数だ。
 
 一区切りつくところまで弾いて、春子先生は手を止めた。
「難易度的には中級上──ソナチネの中の難しいほう、くらいかな。譜読みは大変だし、私も昔初めて弾いたときには苦労した」
 このときの僕たちは、ソナチネアルバムという、ピアノ中級者向けの教則本に載っている曲なら半分くらいは弾けるようになっていた。
 僕や絵梨奈にとって『コンソレーション』という曲は、ギリギリ弾けるか弾けないかくらいのレベルだっただろう。
 
 春子先生は続けた。
「でも今の絵梨奈なら弾けるよ。集大成のつもりでやってみるのもいいと思う。最後の発表会なんだしさ」
 ……えっ?
「最後? 絵梨奈、ピアノ辞めるの?」
 思わず、口をはさんでしまった。僕は絵梨奈のほうを見た。
「ああ、(みなと)はまだ知らなかったか」と春子先生。
「……うん。中学行ったら、部活もあるし、塾にも通うつもりだから」と絵梨奈。
 
 ──僕の頭の中で、不協和音が鳴った気がした。
 うっかり指が滑って隣の鍵盤を押さえてしまったような、些細といえば些細な不協和音。
 
 中学に上がっても学校は同じだから、ときどき顔を合わせることはあるだろう。
 だが、ここに来ても絵梨奈に会えることはない。
 たぶん心のどこかでは考えていた。だけど考えたくなかった。
 
 絵梨奈の言葉に、僕は「そうなんだ」としか返すことができなかった。
 なるべく平静を装おうとしたが、動揺は隠しきれていなかったと思う。
 
「湊はどうする? 続けるの? 辞めるにしろ続けるにしろ、私は止めるつもりはないよ」
 ついでだから訊くけど、といった口調で春子先生が言う。続けるとも辞めるとも決めつけない言い方をしたのは、おそらく僕への配慮だったのだろう。
 僕は答えられなかった。
「そういや、若葉(わかば)──湊のお姉さんは、今度の発表会を最後に辞めるんだよね?」
「はい。受験生になるので。母は、僕は姉と同じく中2の終わりまでは続けると思ってるみたいです」
「まあ、今決めろっていうわけじゃない。お母さんともよく相談しないといけないだろうし。ただ手続きとかもあるから、辞めるならなるべく早めに言ってね」
「……わかりました」
 
 春子先生はこれ以上この話題には触れず、話を戻した。
「で、絵梨奈やってみる?『コンソレーション第3番』」
「……やってみます」
 絵梨奈は意を決したようだった。
 
  *
 
 うちの教室では、年1回ある発表会を除けば、コンクールなどは基本的に任意参加だ。
 コンクールの類には、僕はあまり積極的に参加するほうではなかった。
 大きな賞をもらったこともない。せいぜい銅賞とか奨励賞とかいう名前の、「よくできたけど次のステップには進めない」ランクの賞だった。
 絵梨奈はというと、2年生の頃から毎年1回は何かしらのコンクールで入賞していた。
 
 そんな僕たちに対して、春子先生は比べることなく平等に接してくれた。
 入賞したからといって特別に優遇するわけでもなく、賞をとれなかったからといって手厳しく扱うわけでもない。
 それがよかったのだろう。絵梨奈の演奏は上手いとは思っていたが、かといって自分の演奏が絵梨奈に大きく劣っているとは思わなかった。
 自分で言うのもなんだが、絵梨奈も僕のことは認めてくれていたと思う。
 
 これは彼女の人格もあるだろうが、自分より実績の面では下のはずの僕と同等に扱われても、卑屈になることはない。
 ピアノが上手で、ついでに勉強もできる優等生だったが、決して自慢したり驕ったりすることはなかった。
 そんなところもまた、尊敬できる点だった。
 学校のほかの同級生たちにはないものを、絵梨奈は持っていた。
 
  *
 
 そんな絵梨奈が一つの曲にここまで苦戦するのは、信じられないという気持ちもあるが、正直見ていて痛ましい気持ちが強かった。
 
 難易度は中上級、リストの曲の中では平易、とはいっても当時の絵梨奈にとって、おそらく僕にとっても、『コンソレーション第3番』という曲は難関だった。
 絵梨奈だって練習をしてきていないわけではない。もちろん、左利きだから右手の演奏に粗が出るとかいう次元の話でもない。絵梨奈の技術はそんなレベルなど何年も前に超えている。
 春子先生も当然それはわかっている。だからこそ指導も難しいのだろう。
 
 絵梨奈が曲を決めて1カ月あまりが経った頃、春子先生が言った。
「ごめんね。やっぱり難しすぎたかもしれない。この曲を勧めたのは私だし、絵梨奈が変えたいなら反対はしない。今ならまだ変えても間に合うよ?」
 生徒の意志と頑張りを尊重する春子先生が曲の変更を提案するのなんて、おそらくめったにないことだろう。
 
「……やります。やらせてください」
 しかし絵梨奈は譲らなかった。
 何がここまで絵梨奈を衝き動かしているのか、このときの僕にはわからなかった。
 
 一応、僕のほうは順当に進んでいた。このままのペースなら発表会にはじゅうぶん間に合うだろう、と春子先生には言われた。
 一方で発表会のあと自分はどうするのかということについては、結論を出せずにいた。
 
 絵梨奈に会えないから、という理由で僕も辞めるのは、なんか〝正しくない〟気がする。
 しかし、モチベーションを保てるかという不安もある。
「辞める」か「続ける」か。どちらを宣言するのが〝正しい〟のだろう。
 絵梨奈は僕に、どちらの答えを言ってほしいのだろう。
 そんなことを考えていた。
 
 
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