2018/05/17

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1~雪が溶けると~ 第3章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第2章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
 
◆ 第3章
 
 絵梨奈(えりな)に対する承認欲求の満たし方は、今思えば少々歪んでいたかもしれない。
 だけど幼き日の僕は、少しでも絵梨奈と同じことを感じていたいと思ったのだろう。
 
  *
 
 きっかけは、国語の授業で、ある物語を読んでいたときだ。
 
 席順に一人ずつ、教科書の文章を句点から句点まで音読していた。正式な名称なのかは知らないが、僕たちの小学校の先生が「まる読み」と呼んでいた読み方だ。
 
「しばらくあるくと、女の子のよくしっているみちにでてきました」
「ここからのみちあんないを、おねがいできるかい」
「女の子はおにいさんの手をにぎったまま、だまってうなずきました」
「ここのみちは、どっちにまがればいいんだい」
「こっち、えんぴつもつほう」
「つぎの四つかどは、どっちにまがるのかな」
「おちゃわんもつほう」
「おにいさんとおんなのこは、一つめのみちを右にまがって、つぎの四つかどを左にまがりました」
 
「はい、読んでくれてありがとう」
 担任の先生が、ここでいったん音読を切った。
「じゃあ、ちょっとここで問題です。女の子が『えんぴつもつほう』って言ってますが、これは右と左どっちでしょう」
 クラスの一人が手を挙げて言った。
「簡単だよ。鉛筆を持つほうの手だから、右でしょ」
 先生が頷く。
「そうですね。少しあとの文で、『一つめのみちを右にまがって』と書いてあることからもわかります。じゃあもうわかると思いますけど、『おちゃわんもつほう』は右左どっちか、わかる人」
 続く問いかけに、別のクラスメイトが答えた。
「お茶碗持つほうだから、左」
「次んところで、『つぎの四つかどを左にまがりました』って書いてある」
「その通り。『えんぴつもつほう』が右で、『おちゃわんもつほう』が左です。右と左は、もうみんなわかりますね」
 先生の言葉にみんな納得した様子で、授業は何事もなく先に進んだ。
 
  *
 
 実際、僕は右手で鉛筆を握っている。ご飯を食べるときは、右手にお箸を持つ。つまりお茶碗を持つのは左手だ。
 大半のクラスメイトも僕と同じく、右手で鉛筆を持っている。先生がチョークを持っているのも右手だ。ご飯のときもお茶碗を左手に持つだろう。
 
 ここでふと絵梨奈のほうを見ると、彼女は首を傾げていた。
 絵梨奈は頭がよく、真面目な子だった。彼女に右と左がわからないとは思えない。たぶん、もっと別のことで悩んでいるのだろう。
 
 よく見ると、絵梨奈が鉛筆を持っていたのは、僕と反対の手だった。
 
 左利き、という言葉を知ったのは、この少しあとのことだ。
 
  *
 
「鉛筆を持つほう」「お茶碗を持つほう」と言われて首を傾げていた絵梨奈が、僕にはなんだか仲間外れにされているみたいに思えた。
 そしてそんな絵梨奈を見て、きっと彼女にはまわりの人と違うものが見えていて、違うことを感じているんだろう、と思った。
 
 そのときの僕は、自分は絵梨奈の仲間でいたい、絵梨奈の見ているものを自分も見てみたい、絵梨奈が感じていることを自分も実感してみたい、と考えたようだ。
 
 それから僕は、片手で使えるものはできる限り左手で使うようにした。
 要するに、左利きになろうとしたのだ。
 
 スプーンやフォークは1カ月ほどで、お箸は半年近くかけて、左手でも不自由なく使えるようになった。今では左右両方の手で食事ができる。
 道具を使うときだけでなく、ものを取り出すとき、ボタンを押すとき、ドアを開けるときなど、常日頃から左手を使っていくことを意識した。初めて使うものはとりあえず左手で使ってみた。
 
 いざ左手を使ってみると、つくづく世の中は右利きの人が生きやすいようにできているのだと感じた。
 絵梨奈に対して知らず知らずのうちにやりにくさを強いたり仲間外れにさせたりしていたのではないかと、子どもながらに申し訳ない気持ちにもなった。
 
 ピアノを弾いてみても、僕は左手だと右手に比べて薬指や小指が滑らかに動かないことに気づいた。
 そういえば、春子先生が「絵梨奈は右手がときどき危なっかしい」みたいなことを言っていたっけか。きっと絵梨奈は左手のほうが使いやすいのだろう。
 それまで意識したことはなかったが、ピアノでは左手よりも右手をよく動かさないといけない曲のほうが多い。絵梨奈は大変だっただろうと思う。
 
 ある日の掃除の時間に、クラスの友人から「湊って左利きなんだね」と言われたことがある。
 特に意識していなくても、箒や雑巾くらいは自然と左手で使うようになっていたみたいだった。
 絵梨奈に少し近づけた気がして、僕は嬉しかった。
 
 端から見れば、僕は左利きに見えないこともないのだろう。
 一方で、僕は自分を左利きだということには抵抗があった。
 
 僕は、鉛筆だけは左手で使いこなすことができなかった。
 字だけならまだしも、細かい絵や図となると左手だと上手く描けない。それに字を書けるといっても、速さは右手には劣るので、テストなど時間に制限のある場面では使えなかった。
 
 あくまで左利きに擬態していただけなのに「左利き」を自称することが果たして〝正しい〟ことなのかは、僕にはわからなかった。
 
 それでも僕は、鉛筆以外では左手を使い続けた。できる限り左利きに擬態した。
 そうすることで絵梨奈に近づけると思っていたし、ともすると絵梨奈が僕に意識を向けてくれるかもしれないと思っていたのだ。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~ 第4章
 
 

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