2018/05/11

カテゴリー: 作品, 小説
タグ: , , ,

Sponsered Link



【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1~雪が溶けると~ 第2章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.1 ~雪が溶けると~ 第1章
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
 
◆ 第2章
 
 4月になり、僕は小学校に入学した。
 入学式の日、新入生はまず教室に集合、保護者は先に体育館で待機ということになっていた。廊下で母と別れた僕は一人、自分の教室に足を踏み入れた。
 
 自分の席に着席して、教室内を見回してみる。
 当然といえば当然だが、まわりは知らない先生に知らないクラスメイトたち。
 小学校の隣の幼稚園から上がってきた児童が多いらしく、クラスの何人かはすでに友達同士のようだった。
 一方、少し離れた私立幼稚園出身だった僕は、初めての場所で見ず知らずの人に囲まれ、寂しくて泣きべそをかいていたことを覚えている。
 
「……(みなと)?」
 僕が自分の席で俯いて泣いていると、隣の席から聞き覚えのある声が聞こえた。
「……え、絵梨奈(えりな)?」
 顔を上げると、そこにいたのは白川(しらかわ)絵梨奈(えりな)だった。
 
 春子(はるこ)先生が僕のことを湊と呼ぶので、それに倣ってか、2回目のレッスンのときから絵梨奈も僕のことを湊と呼ぶようになっていた。
 そして春子先生も絵梨奈ちゃんのことを絵梨奈と呼んでいたので、自然と僕も絵梨奈と呼ぶようになった。
 
「湊、同じクラスだね。しかも隣同士。1年間、学校でもよろしくね」
「う、うん。よろしく」
 
 先月から一緒に春子先生のもとでピアノを習うことになった女の子と、隣同士の席。
 マンガみたいな展開に、僕は驚きと喜びが混ざったような気持ちになった。涙はいつの間にか乾いていた。
 
  *
 
 絵梨奈も近所の幼稚園の出身ではないらしく、始めのうちはなかなか友達が作れないでいたようだった。
 家が反対方向だったので登下校は別々だったが、学校にいるときは何かと二人で一緒に行動していたし、二人で話すことも多かった。
 
 しかし小学生にもなると、男の子と女の子がいつも一緒にいたりすると何かとからかわれる。
 ただでさえ、僕が黒川で絵梨奈が白川と、名字が似ている。そのことでもおもしろがってちょっかいを出してくる奴もいた。
「湊、白川さんのこと好きなのかよ」と言われたことも、一度や二度じゃない。そのたびに僕は否定した。
 
 そういったこと嫌で、僕は学校内では絵梨奈とは距離を置くようにしていた。
 ある程度時間が経つと僕も絵梨奈も友人ができてきたので、学校で会話がなくてもお互い気にならなくなっていた。
 それでもやはり、僕は気がつくと絵梨奈のことを目で追っていたかもしれない。
 
 週に一度、一緒にピアノのレッスンを受ける。
 まわりのみんなより1カ月早く知っていた。
 それだけのことだったが、彼女は僕にとって、どこか特別な存在になっていた。
 
 ただ、この気持ちは「好き」ではないのだろうと、このときの僕は思っていた。
「好き」だと思うべきではないと考えていた、というほうが正確かもしれない。
 
  *
 
「ゆきが とけると なにになりますか」
 
 あれは何の教科のテストだっただろうか。小学校でこのような問いを出されたことがある。
 僕は問題を見た瞬間、「おっ」と思った。春子先生が言っていた言葉を思い出した。
 
 ──雪が溶けるとね、春になるんだ。
 
 僕は「はるになる」と書いた。
 絵梨奈も同じ答えを書くだろうと思った。
 
 一通り問題を解き終わってもまだ時間があったので、僕は「ゆきが とけると なにになりますか」を改めて考えてみた。
 
 あのとき、絵梨奈は「水になる」と言っていた。
 普通に考えれば、たしかに雪が溶けたら水になる。
「雪が溶けると春になる」というのは、春子先生のちょっとした遊び心というか、詩的な言い回しだ。現に僕は、ひっかけ問題だと思った。
 やっぱり、「水になる」という答えが正解なんじゃないか。もしかしたら、絵梨奈もそう書いているんじゃないか。
 
 僕は「はるになる」という答えを消して、小さく「みずになる」と書いた。
 
 後日、返却された答案を見ると、「みずになる」と書いたところにはマルがついていた。
 どうやら、「水」で正解だったらしい。
 しかし、当たったのになんだか喜べないような、間違った答えを正解だと言われたような、複雑な気持ちになった。
 
 その日の授業が終わると、絵梨奈がテスト用紙を持って教卓で担任の先生と何やら話をしていた。
 僕はそっと近寄り、こっそりと会話に耳を傾けてみた。
 
 話の内容は予想がついた。実際、おおかた予想通りの内容の話をしていた。
 やはり絵梨奈は、あの問題で「春になる」と答えていたらしい。
 先生は、絵梨奈の気持ちもわかると前置きしたうえで、「これは学校のテストだから」「模範解答がそうなっているからしょうがない」「常識で考えたら水になるでしょう」みたいなことを説いていたと思う。
 
 絵梨奈は納得のいっていない表情で、自分の席に戻っていった。
 僕も何か言おうか迷った。
 しかし、ここで絵梨奈をかばうような発言をしていたら、間違いなく誰かにからかわれただろう。僕はそれを避けた。
 そもそも僕は「春」とは答えなかった。だからかばう必要も、その資格すらもないのだ。そう自分に言い聞かせた。
 
 このとき僕が何かしら行動を起こしていれば、今の僕はまったく異なる考え方をもった人間になっていたかもしれない、と思うのは大げさだろうか。
 
  *
 
 その日はちょうどピアノのレッスンがある日だった。
 レッスンが終わると、絵梨奈は春子先生に疑問をぶつけていた。
「春子先生、雪が溶けたら春になるんじゃないんですか?」
「どうしたの絵梨奈」
 唇を尖らせている絵梨奈に、春子先生が尋ねる。
 
 絵梨奈は、テストで「雪が溶けると何になりますか」という問題が出たこと、その問題に「春になる」と答えたらバツをつけられたことを話した。
 
「あっはは、そうかそうか。そりゃあ、テストでその問題が出されたら、『水になる』が正解かもねぇ」
「春子先生……」
 苦笑いを浮かべる春子先生に絵梨奈が少しふてくされていると、春子先生は今度は真面目な顔になった。
 
「テストっていうものでは、点数をつけなくちゃいけない。だから点数を決めやすくするために、あらかじめこれが正しいっていう答えを決めてる。その答えっていうのは、あくまで模範的、常識的なものだ。みんなが納得いくような答えじゃないと、怒られちゃうからね」
「似たようなこと、担任の先生も言ってました」と相槌を打つ絵梨奈。
「だけどね、答えっていうのはたいていの場合、一つじゃないものなんだ。そのテストではたまたま『水になる』が正解だったみたいだけど、私は『水になる』でも『春になる』でも、どっちも正しいと思う。もちろん、『水』でも『春』でもない、ほかの答えだってあっていいと思ってる」
 
 諫めるでもたしなめるでもなく、優しくなだめるように言い聞かせている春子先生。
 絵梨奈はそんな春子先生の話に、いつの間にか真剣な顔になって耳を傾けている。
 僕はピアノの椅子で脚をぷらぷらさせながら、そんな二人の様子を見ていた。
 
 ふいに、絵梨奈がこちらを見た。
「湊はあの問題、なんて書いた?」
 
 絵梨奈の質問に、僕はドキッとした。
 僕は「春になる」という答えを消し、「水になる」と書いてマルをもらった。
 僕は正しい答えを書けた。だけどそのことが、今では絵梨奈に対する裏切りのように思えた。
 
「……『春』って、書いたよ」
 おそるおそる、だけどなるべく悟られないように、僕は答えた。
 僕が嘘をついたとは気づかなかったようで、絵梨奈は安心したように笑った。
 その笑顔が、僕の罪悪感をさらに駆り立てた。
 
「学校では何が正しいのかを教えてもらう。それが本当に正しいのかは、いつも自分で考えないといけない。学校で教えてもらう答えは、もしかしたら正しくないかもしれない」
 今思えば、このときの僕と絵梨奈の短い問答を、春子先生はどう見ていただろう。僕の嘘を、春子先生は見抜いていたかもしれない。
「何が正しいのか、何を基準に判断するのか、何を信じて、何を捨てるべきなのか。難しいと思うけど、絵梨奈と、それからもちろん湊にも、そういうことを考えられる大人になってほしい」
 
 絵梨奈の答えは、テストという場面においては〝正しくない〟ものだったかもしれない。
 だけど僕は、絵梨奈がとった行動は、「春になる」と答えたことも、先生に訴えたことも、〝正しい〟ことだと思った。
 
 何が正しいのか。何を信じればいいのか。
 僕は絵梨奈を〝正解〟だと信じていこうと思った。
 
 絵梨奈に認めてもらえるように。絵梨奈を裏切らないように。
 
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
次 → 『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~ 第3章
 
 

カテゴリー: 作品, 小説
タグ: , , ,

このエントリーをはてなブックマークに追加


Sponsered Link




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


閲覧いただきまして、ありがとうございます。

当サイト管理人、〝小説家兼絵描き兼ラジドラ脚本家兼音声編集者のニート〟の
脳内航海士(のうないこうかいし)と申します。
生きる自信も死ぬ勇気もありませんがよろしくお願いします。


『脳内航海』は、脳内航海士の創作&ブログサイトです。
小説、イラスト、ラジオドラマなど、あまり形式にとらわれずに作っていきたいと思っています。


=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

【お知らせ】

作品の通販を始めました。

購入はこちらからどうぞ
BOOTH『脳内航海士の作品売場』

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

作品はこちら
脳内航海士の作品一覧


Twitterもやっています。
たいしたことは呟きませんが、よろしければフォローお願い申し上げます。
■ Twitter:@Ju1yWhite__


死にたいとは思わなかったけれど、かといって生きることに執着することもできず、
自分に対する慰めと世界に対する答え合わせとしてこのような場を作りました。
ここで綴る言葉の中に、あなたに少しでも響くものがあれば幸いです。


初めての方は、まずこちらをお読みください。
『【はじめに】航海日誌の航海図』


自分なりの創作のヒントやメイキング、作品の解説なども載せていければと考えています。
『作品について ~創作の羅針盤~』


ざっくりとした自己紹介や、『脳内航海』の由来など
『自己紹介 ~脳内航海士って何者?~』

ニートになるまでの詳しい話
『出航前夜 その1 ~僕がニートになるまでの話~』

当サイト立ち上げの経緯や野望など
『出航前夜 その2 ~ニートが月収200万円を夢見た話~』

ブログ記事カテゴリー一覧
『脳内航海士の航海日誌』カテゴリー一覧


お問い合わせは お問い合わせフォーム もしくはメールにてお願いします。
■ Mail:bra.92in.cruise.0717●gmail.com
 (お手数ですが、● を @ に変えていただきますようお願い申し上げます)


2018年3月3日、サイトおよびブログを移転しました。
お手数ですが、新URLをブックマークしていただきますようお願いします。

Web『脳内航海』
 旧URL:http://braincruise.web.fc2.com/top.html
 新URL:https://braincruise.net/

ブログ『脳内航海士の航海日誌』
 旧URL:http://cruisediary.blog.fc2.com/
 新URL:https://braincruise.net/blog


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



このエントリーをはてなブックマークに追加


Sponsered Link



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です