2018/05/09

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【小説】『白と黒の雪どけに』Film.1~雪が溶けると~ 第1章

──僕の「好き」という感情は、果たして〝正しい〟ものなのだろうか?
 
前 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
最初 → 『白と黒の雪どけに』 Film.0 ~プロローグ~
 
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『白と黒の雪どけに』Film.0 ~プロローグ~
『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~
『白と黒の雪どけに』Film.2 ~ポートレイト~
『白と黒の雪どけに』Film.3 ~君ともう一度会うために~
『白と黒の雪どけに』Film.4 (制作中)
 
『白と黒の雪どけに ~snowdrop portrait~』設定・登場人物など
『白と黒の雪どけに』あとがきのようなもの (制作中)
 
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【Film.1 ~雪が溶けると~】
 
 僕は僕の気持ちの答え合わせのために、彼女に会わなければならない。
 その前に、僕と彼女のことや、僕自身のこれまでのことを書いておく必要があるだろう。
 
  *
 
◆ 第1章
 
 ピアノを習い始めたのは4歳のときだった。
 きっかけはよく覚えていない。たぶん、先に始めた2歳年上の姉に便乗させる形で、親が習わせたのが始まりなんじゃないかと思う。
 まあそんなことはどうでもいい。僕にとっては、ピアノを続けていた理由のほうが重要だ。
 僕、黒川(くろかわ)(みなと)が通っていたのは、家の近所の、未就学児から中学生までを対象とした少人数制のレッスンを行っている教室だった。
 
  *
 
 小学校に上がる直前の春休みのことだった。
 僕と一緒に習っていた男の子が2月の発表会を最後にピアノを辞めて、3月から代わりに新しく女の子が入ってきた。その子との初めてのレッスンの日だった。
 
「じゃあ、今日はここまで」
 レッスンの終了時間になり、春子(はるこ)先生が僕たちに帰るよう促した。片づけをする僕たちに、先生が言葉をかける。
「湊は今日言ったところ、ちゃんと弾けるようにしてくること」
「……はーい」
 僕はしぶしぶ答える。
 発表会が終わった直後なので新しい曲を弾いてみることになったのだが、どうしてもつっかえてしまう部分があり、今日は何度注意されても弾けなかった。来週までにできるようになるのかな、などと考えつつ、僕は鞄に楽譜をしまった。
 
  *
 
 この教室を主宰している、灰賀(はいが)春子(はるこ)先生の自宅の一室。
 僕たちは基本的に教室になっているこの部屋にしか入れてもらえなかったけど、かなり広そうな家だ。本来何に使う場所なのかは今でも謎だが、この一室だけでもけっこう広い。
 アップライトピアノ2台に加えて机などの家具が置かれていてもまだスペースがあるので、小さい頃の僕はよく走り回ったり寝転がったりしては先生に注意された。あとで知ったことだが、床や壁にはちゃんと防音対策も施されていた。
 
 今日初めてここに来た女の子は、緊張からか始めのほうこそおどおどしているように見えたが、レッスンが終わる頃には慣れたようだった。
 
「絵梨奈ちゃんは、ときどき右手が危なっかしくなるかな。今日は初めてだから先生もあんまり用意ができなかったけど、次からは右手の練習になるような曲をやってみようか。まあ一通り上手に弾けてるから、自信もっていいよ」
「はい。ありがとうございます!」
「始めたばっかでいろいろ大変だと思うけど、だんだん慣れていこうか。これから一緒に頑張っていこうね」
 
 その子は、名を白川(しらかわ)絵梨奈(えりな)といった。
 
 僕より背が高くしっかりとしていて、同い年だけど大人びて見えた。
 小学校に入るまで僕は「です」や「ます」なんて使ったことがなかったし、そもそも目上の人には敬語を使うということすら知らなかった。そんな僕と比べると、春子先生にちゃんと敬語を使っていた絵梨奈ちゃんは、よくしつけられた子だったのだろう。
 ピアノもたぶん僕より上手い。この日彼女が弾いていたのは僕も過去に弾いたことのある練習曲くらいだったが、僕よりも淀みなく指が動いていた気がする。
 
  *
 
 片づけを終えた僕と絵梨奈ちゃんは廊下を通り、玄関で靴を履いて外に出た。玄関を出た先にある駐車スペースは、春子先生の車が停まっていてもまだ2台分ほど余裕がある。
 母の迎えの車はまだ来ていなかった。絵梨奈ちゃんの親御さんの迎えも、まだ来ていないらしい。
 
 絵梨奈ちゃんと二人で玄関の前に立っていた。僕は母の車がやってくるであろう方向を眺めた。
 僕の記憶にあるその景色の中には、雪は降っていなかった。しかし、建物の陰や道路の片隅などには雪が残っていた。ということは、数日前に雪が降っていたのだろう。
 日本国内としては比較的寒冷なこのあたりの地域は、3月になっても雪が降ることは珍しくない。しかし地形などの関係で、何センチも積もることはあまりない。
 この日は3月上旬。まだ冬の気配が残っていた。コートを着て手袋をしていても、とても寒かったのを覚えている。
 
「……みなとくん、だっけ」
 絵梨奈ちゃんが、僕の名前を確かめるように話しかけてきた。
「うん」
「湊くん、ピアノ上手だね」
 女の子から面と向かって褒められて、嬉しくなかったわけじゃない。
 こういうことを言われたとき、なんて返すのがいいんだっけ。
「いや、えりな、ちゃん? のほうが、上手かったよ」
 僕はたどたどしく返事をする。こんな返答でいいだろうか。
「ほんと? ありがとう!」
 絵梨奈ちゃんがぱあっと微笑んだ。
 そうか、こういうときは「ありがとう」って返せばいいのか。
 
「湊くん、ピアノはいつからやってたの?」
「幼稚園の年少のときから」
「じゃあ、私と同じだね」
「ってことは、今までは別のとこで習ってたの?」
「うん。だけど冬休みの頃、通ってた教室が閉鎖されちゃってさ」
「へいさ?」
「おしまいになっちゃったってこと」
 当時の僕はまったく知らなかったが、個人で運営している場合などは特に、少子化、不況、その他講師の家庭の事情などの理由で教室を閉鎖するということはしばしばあるらしい。
「私がまだピアノやりたいって言ったら、お母さんが教室を探してくれて、それで見つかったのがここ」
「そうだったんだ」
「このあいだの発表会も、春子先生にどうですかって言われて、見に行ったよ」
「来てたの? どうだった?」
「みんな上手だった。同い年の子、何人かいたけど、湊くんが一番よく覚えてる。一緒にレッスンができて、嬉しいよ」
 
 絵梨奈ちゃんはよくできた子だ。もしかしたらこれはお世辞だったかもしれない。だけど僕にそんなことはわかるはずもなく、単純に嬉しくなっていた。僕は「ありがとう」と返した。
 この日が初対面だったが、僕たちは打ち解けていた。絵梨奈ちゃんと話している間は、寒さを忘れることができた。凍えるような空気の中でも、少しだけぽかぽかするような気がした。
 
  *
 
 すると、僕たちの気配を感じたのか、春子先生が玄関のドアから顔を出した。
「あれ、二人ともお迎えまだ来てない? 寒いから中入ってていいよ」
 春子先生の言葉で僕は屋内に戻ろうとしたが、絵梨奈ちゃんが玄関先の花壇の前で立ち止まって動かなかった。
 
 その小さな花壇には、毎年、季節によって異なる色の植物が咲いていた。春子先生が趣味でいろいろな種や球根などを買っては育てているらしい。
 もっとも、小学校にも上がっていない頃の僕は、花になんてまったく興味をもっていなかったのだが。
 
 絵梨奈ちゃんは花壇の花を見ているようだった。
 気になって彼女の視線の先を覗き込んでみると、白い花が咲いていた。
 
 地面から細長い葉が2枚。10センチほどの茎の先には、白い花がランプのように吊るされていた。下を向いて咲いているその花は、けれど枯れているわけではないことは明白だった。外側に大きな花びらが3枚あり、よく見るとその内側には緑色の斑がついた小さな花びらが3枚ほど重なり合っていた。
 当時の僕の語彙ではせいぜい「きれいな白い花だ」くらいにしか思わなかっただろうが、雫を思わせる形状の花びらは、雪のような白さという言葉がよく似合っていた。土の茶色と葉と茎の緑に、眩しいほどの純白。その花の凛とした佇まいにはどこか異国の庭園のような神聖さすらも感じさせる。
 
「この花は、スノウドロップっていうんだ」
 
 春子先生が外に出てきて、僕たちに目線の高さを合わせるようにしゃがんだ。
「すのうどろっぷ?」と僕。
「きれいなお花ですね」と絵梨奈ちゃん。
「ね、綺麗でしょう。2月から3月、ちょうど今の時期に花を咲かせるんだ。スノウドロップ、別名、待雪草(まつゆきそう)。春の訪れを告げる花ともいわれてる」
 マツユキソウ、という単語が当時の僕では漢字に変換できなかったが、「ユキ」というのは冬に空から降ってくるあの白いやつだろうな、とは思っていた。
 
「そうだ湊、絵梨奈ちゃん。雪が溶けると何になると思う?」
 思い出したように、春子先生が僕たちに尋ねた。
 僕は頭にハテナマークを浮かべながら、道端に残っている雪を見つめた。えーっと、これが溶けたらどうなるだろう?
 
「地面がびちゃびちゃになる」と僕は答えた。
 僕の答えを聞き、絵梨奈ちゃんは「水になる、ですか?」と訊き返した。
「そうだね、地面はびちゃびちゃに濡れるよね」
 僕たちの答えに頷く春子先生。
「濡れるっていうことは、絵梨奈ちゃんの言う通り、雪が水になったっていうことだ。だけど、今先生が言いたいのはそういうことじゃないんだよ」
 春子先生はここで一呼吸置いた。僕たちがきょとんとしているのを見ると、こう続けた。
 
「雪が溶けるとね、春になるんだ」
 
 雪が溶けると、春になる。「素敵ですね」と絵梨奈ちゃんは言ったが、僕はなんだか、意地悪ななぞなぞみたいだと思った。
「ずるい! ひっかけ問題だ!」
「ははは、ひっかけ問題か。たしかにそうかもしれない」
 春子先生は笑って僕の頭に手を置いた。
「雪の季節が終わると、桜が咲いて、動物たちも冬眠から目覚めてくるでしょ。雪が溶けたら春はもうすぐそこ、っていうことだよ」
 春子先生の話を、絵梨奈ちゃんは目を輝かせて聞いていた。僕も、ひっかけ問題だとは思っていたけど、なんとなく納得はできた。
「春になると、いろんなものが動き始めて、変わり始める。湊と絵梨奈ちゃんも、4月からは小学生になる。スノウドロップはね、そんな雪どけを知らせる花なんだ」
 
 ちょうどそのとき、見慣れた車がやってきた。春子先生が立ち上がり、車に向かって軽く会釈をする。
「湊、お母さん来たよ」
「じゃあ春子先生、さようなら」
「はい、さようなら。また来週ね」
 春子先生に続けて、絵梨奈ちゃんも僕に向き直った。
「またね、湊くん。これからよろしくね」
「うん、よろしく。じゃあね」
 僕は絵梨奈ちゃんに挨拶すると、母が運転する車のほうへ走っていった。車に乗って窓の外を見ると、春子先生と、それから絵梨奈ちゃんも僕に手を振っていた。
 
  *
 
 明日になったら忘れているだろうと思ったスノウドロップとかいう花のことは、しかし次の日になってもその次になってもなぜか頭から離れなかった。
 同様に、初めて会ったはずの絵梨奈ちゃんのことも、やけに印象強く僕の頭に残った。
 僕が春子先生のもとで、絵梨奈ちゃんと一緒にピアノを習う日々は、それから6年間続くことになった。
 
 結果から言えば、あまり好きでも得意でもなかったピアノを僕が辞めなかった理由は、白川絵梨奈という人がいたからだ。
 
  *
 
 そしてこの白川絵梨奈こそが、僕が好きかもしれなくて、おそらく僕の人生に欠かすことのできなかった存在で、今の僕がもしかしたら会うべきではない人だ。
 
 
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次 → 『白と黒の雪どけに』Film.1 ~雪が溶けると~ 第2章
 
 

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