【小説】『片翼の蝶と白昼夢』 第7章

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「ここにいる私たちってさ、なんか、ちょうちょみたいだよね」
 
前 → 『片翼の蝶と白昼夢』 第6章
 
最初 → 『片翼の蝶と白昼夢』 第1章
 
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◆ 第7章
 
 
 ツバサくんに連れられて、重そうな扉の向こう側へ出る。
 ここは施設の裏口のようだ。四方を高い塀に囲まれていて、日の光は当たらない。
 見上げると、建物の灰色に、空の青が切り取られていた。
 目の前には、大人一人が横になって入れるくらいの大きさの、カプセルのような機械がある。これが例の『安楽死マシン』らしい。
 上半分は半透明のガラスがドーム状に張られていて、下半分は淡い緑を基調とした半月状の機体だった。
 それはサナギか、繭のようにも見えた。
 
 ツバサくんが、ガラスの部分を開けた。
「今から君はこの中に入ってもらう。入ったら、僕がこの中の酸素をだんだん薄くしていく。1分もすれば、君は眠るように死んでいける。窒息や酸欠の苦しみはないから、安心していいよ」
 説明を聞いてマシンの中に入り、仰向けに寝た。ガラス部分が閉められる。
「それじゃあ、空気を抜いていくね」
 外側から、ツバサくんの声が聞こえる。密閉はされているけど、真空ではないのがわかる。
 サナギの中から見る空は、さっき見上げた空より少し曇って見えた。
 
 ゆっくりと最期のときを待った。
 
 私の人生は、大半が悪い夢みたいなものだった。
 生まれ変わったら、もし生まれ変われたら、蝶のような存在になれればいいけど、仮に私がそうなったところで、別の誰かが『イモムシ』になってしまうだろう。
 だから、『イモムシ』みたいな人でも生きやすい世界に生まれたい。
 あるいは、誰からも引け目を感じずに生きることを辞められるような世界になっていてほしい。
 
「どうして僕が今日まで君に会おうとせず、名前も呼ばないでおいていたかわかるかい? それはね、最後に一度だけ会って、最期に一度だけ名前を呼ぶほうが、命の輝きがより増すと思ったからだよ」
 意識が遠のいていく中、ツバサくんの声だけが鮮明に聞こえる。
 
 言いたいことはいくらでもあった。
 聞きたい言葉も山のようにあった。
 だけど、嬉しさとか驚きとか戸惑いとか悲しみとか。
 いざ前にしてみたら、いろんな気持ちが渦を巻いて。
 笑ってしまうくらい流されてしまって。
 泣いてしまうくらい何もできなかった。
 もっと違う形で再会できれば、どんなによかっただろう。
 私の、たった一人の友達。今思えば、私の、最初で最後の恋だったかもしれない。
 そんな人に、殺されなければならないなんて。
 でも、それでいいのかもしれない。これが『イモムシ』の私の人生なんだ。
 
「じゃあね、つばさちゃん」
 あぁ、私の名前だ。『A127』でも『イモムシ』でもない、私の本当の名前だ。
 それだけで。
 ──どうしようもなく生きたいと思ってしまう私がいた。
 
『イモムシ』の私にとって、生きることを強いられる世の中は苦痛すぎた。
 だけど最後に、本当に最期の最後に、少しだけ、生きたいと思うことができた。
 私にも、人並みの感情があった。私だって、生きていたいと思う普通の人間だったんだ。
 そして、やっと生きたいと思えたときに死ななければいけない。やっぱり私はこの世界、向いてなかったんだな。
 
「今の君は、最高に綺麗な顔をしているよ」
 霞みゆく視界に、ツバサくんの笑顔が映る。
 その笑顔はどこか歪んでいるように見えたけど、そんなことを悔やんでいる時間も、もう私には残されていないだろう。
 だから、最期に見れた景色がツバサくんの顔でよかった、と思うことにする。
 今この瞬間は私にとって、最後の、刹那の白昼夢。
 
 ツバサくんが引っ越したあの日、私は彼の名前を呼べなかった。
 ほかに唯一名前を呼んでくれたあの子には、呼びかける名前がなかった。
 ようやく、私は名前を呼び返せる。
 
 ──君の名前を、呼んでいいかな。
 そう思ったけど、言葉が声になるより先に、私の意識は白い光の彼方へと静かに消えていった。
 
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
『片翼の蝶と白昼夢』 了
 
 
作品解説
『片翼の蝶と白昼夢』あとがきのようなもの
 

カテゴリー:作品, 小説
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