2018/03/21

カテゴリー: 作品, 小説
タグ: , ,

Sponsered Link



【小説】『片翼の蝶と白昼夢』 第6章

「ここにいる私たちってさ、なんか、ちょうちょみたいだよね」
 
前 → 『片翼の蝶と白昼夢』 第5章
 
最初 → 『片翼の蝶と白昼夢』 第1章
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
 
◆ 第6章
 
 
 七日目の朝。
 昨夜は遅くまで『K255』と話していたのに、ずいぶん早く目が覚めてしまった。
 とりあえず体を起こして、ベッドを仕切るカーテンを開けてみる。
 ほかのベッドのカーテンは閉まっていて、物音もしない。まだ私以外は全員寝ているらしい。
 やっぱりもう一眠りしようか。そう思った頃、ゆっくりと部屋のドアが開いた。
「あ、起きてたね。おはよう」
『K255』だった。彼女は音をたてないようにそっとこちらにやってきて、私のベッドに腰かけた。
 
 朝の日差しで同室の人たちを起こしてしまうかもしれないので、窓のカーテンも閉めたまま、私たちは声を潜めて言葉を交わした。
「おはよう。どうしたの? 寝る前に会ったばかりじゃん」
「会えるのが最後かもしれないって思ったら、会いたくなっちゃって。……今日、だよね。死ぬの」
「うん。今日の正午」
 取り立てて話すことは浮かんでこなかった。彼女も同じだったのだろう。
 何も言わず、ともに過ごせる時間をただ噛み締めていた。
 
「そういえば、ほんとの名前は何ていうの?」
 しばらくして、彼女が思い出したように訊いてきた。
 予想外の質問だった。
 彼女は自分の名前を呼ばれたくないと言っていたし、私の名前にも興味がないのだろうと思っていた。現に初対面のときから今まで、彼女が私の名前を尋ねてくることはなかった。
「どうして?」
「うん。……名前、呼ばれたそうに見えたから。なんとなく」
 朝陽がカーテンの隙間から射し込んできたのだろうか。薄暗い部屋が、徐々に色鮮やかになっていく。『K255』のはにかむ顔も、ゆっくりと彩りを帯びてきたように見えた。
 名前を呼んでくれる人などもういないと、私はいつの間にか諦めていた。名前を呼ばれたいという気持ちに、自分でも気づかないふりをしていた。
 私の心にできていた、虫に食われたみたいな穴が、彼女の言葉で小さく疼く。
 この子には敵わないな、と思いながら、私は自分の名前を告げた。
「つばささん、か。いい名前だね」
 胸の内側がほのかに温かくなるのを感じた。それは、いつか「芋っぽい」と言われたときとは正反対の感覚だった。
『イモムシ』でも『A127』でもない、私の名前を呼んでもらえた。いい名前だと言ってくれた。そのことを、素直に嬉しいと思った。気がつくと、「ありがとう」という言葉が私の口からこぼれていた。
 私ももう一度、彼女の名前を尋ねてみた。
「私は『K255』でいいよ。本名はどうしても好きになれない。ごめんね」
「……そっか」
 予想通りの答えではあったけど、ほんの少しだけ、彼女との壁を感じてしまう。でも名前だって、きっと誰しもが呼んでほしいものではないのだろう。
「『K255』として死ぬのが、私の理想の死に方だから。『K255』って呼んでくれれば、私はそれで嬉しいよ」
 そう言うと、『K255』はベッドから立ち上がった。
「じゃあね、つばささん」
 笑って手を振る彼女に、ふいに、いつかのツバサくんの姿が重なった。
「うん、じゃあね」
 私も手を振る。
 彼女に呼びかける名前がないのが口惜しい。
 
 正午までの数時間を、私はベッドの上でまどろみながら過ごした。
 
 外の世界に出たら、私はまた『イモムシ』にならなければならない。
 だから、死ぬと決めたことに後悔はしていないつもりだ。
 死ぬためにここに来たんだ。その意思は変わらなかった。
 だけど最後に過ごしたひとときはまるで夢のようで、それだけで、私の人生も悪くなかったかな、とさえ思える。
 
  *
 
 0時00分、正午きっかりに、A号室に人型ロボットが入ってきた。
 私のベッドの前で止まり、音声を発する。
「『A127』さん、お待たせしました。所定の時刻になりました。私のあとについてきてください」
 いよいよだ。私の人生の終わりまで、もう秒読みに入った。
 言われるままに、ロボットのあとをついていく。1階に下り、廊下を進んで、『職員以外立入禁止』の扉の前で立ち止まる。
 ロボットが扉にアームをかざすと、電子音が鳴って扉が開いた。
「お待たせいたしました。中にお入りください」
 私がその部屋に足を踏み入れると、ロボットは外側から扉を閉めた。
 
 薄暗い小部屋だった。
 左右の壁には天井までの高さがある本棚。正面の机の上ではいくつものモニターが光っており、雑多な機械が青白い光に照らされている。
 私のイメージでしかないけど、研究室みたいだな、と思った。
 白衣を着た男性が、私に背を向けて座っていた。
「『A127』さんだね。待ってたよ」
 彼は椅子から立ち上がり、こちらを向いた。
『A120』が違反行為をしたときに一度だけ姿を見せた、あの職員だった。
「初めまして。いや、久しぶり、と言ったほうがいいかな?」
 敬語を使っていたあのときと比べてやけに親しげに話すのは、私が若い女だからだろうか。
 それにしても違和感があった。顔を見たから初めましてではないにしても、あれは三日前のことだ。久しぶりというほどでもない。
 どういうことだろう、などと考えていると、彼がポケットから右手を抜き出した。
 白衣の下から、人間の肌ではない、それが見えた。
「義手……。まさか……!」
 大きさは違うけど、見覚えのある色と形をした、右腕の義手。間違えようがなかった。
「そう。僕は志村ツバサ。この施設の職員だ」
 彼は白衣の胸ポケットにしまわれていた名札を取り出した。
 
 心臓が高鳴る。手足が麻痺したように動かない。
 会いたかった、嬉しい、はずなのに、脳が処理しきれていなかった。
「まさか君がここに来るとは思わなかったよ。あの頃の君はそういう感じの子じゃなかったのに。僕と別れてから今までの間に、何があったんだい?」
 今目の前にいるこの白衣の男性に、あのツバサくんの面影は見当たらない。私が記憶の中にしまい込んでいたツバサくんからは、想像できない人だ。
 だけど、右腕の義手と、名札に書かれた名前。彼はツバサくんで間違いない。
「……ツバサくん、どうしてここに……?」
 やっとの思いで、言葉を振り絞る。
 こんなことを言いたいはずじゃなかったのに、という思いが頭の裏側にちらついたけど、何を言えばいいのかわからなかった。
「僕は君の顔を見ただけじゃわからなかったよ。君も、僕の顔を見ただけでは気づかなかったみたいだね。まあお互い、最後に会ったのが11年も前だから、しかたないか」
 喉が渇く。顔が紅潮しているのがわかる。
 混乱している。この状況を受け入れきれていなかった。
「なんで僕は君がわかったと思う?」
 彼が私に問いかける。
 フリーズしかけている今の私の頭でも、その答えは少し考えればすぐにわかった。
「……最初のアンケート、だよね?」
「そう。ここに来たとき、君はあのアンケートに名前を書いただろう? それで僕にはわかったんだ」
 そう言うとツバサくんは私に背中を向け、モニターに表示されたデータを読み上げた。
「改めて、『A127』さん。希望の死亡方法は『安楽死』だね。安楽死には、専用の『安楽死マシン』を使う」
 言われて、今更のように思い出させられた。
 私はこれから死ぬ。
 ──ツバサくんの手によって、安らかに殺されるのだ。
「特に希望はなかったみたいだから、誰にも見られない場所で、ひっそりと死んでもらうことにするよ」
 義手の右手で、机の上の機械を操作する。
「さて、この部屋の向こうに、例の『安楽死マシン』がある。だけど、ちょっとマシンの準備に時間がかかるんだ。その間、少し昔話でもしようか。僕がどうしてここにいるのかの話だよ」
 私に向き直り、ツバサくんは語り始めた。
 
  *
 
 僕の右腕が義手になったのは交通事故が原因だ、っていう話は覚えてるよね。
 事故に遭ったのは、幼稚園の卒園式の日だった。
 あの事故で僕は右腕だけじゃなくて、本当は命まで失うところだったんだ。
 当時の僕はまだ小さい子どもだったし、放っておいたら間違いなく死んでいた、って病院の先生も言ってた。
 でも医療技術ってすごいもので、僕は右腕の肘から下を義手にするだけでたちまち蘇生した。
 小学校に上がる頃には、事故に遭う前と何ら変わりない生活ができるようになってたよ。
 
 だけど怪我が治った僕は、この世界のことを、どこかつまらないと思った。
 何かが足りない、と子どもながらに感じたんだ。
 
 その違和感の正体に気づく瞬間が、その後の人生でいくつかあった。
 
 最初は、小学校1年生のある夏の日のことだった。
 翼の千切れたアゲハ蝶を見つけたんだ。そいつはただでさえ短い命を、片方の翼だけで、懸命に生きようとしてた。
 そういえば、あのときは君も一緒にいたよね。覚えてるかな?
 
 ここで僕は悟ったんだ。
 寿命の短い生き物たちにあって、今の人間たちにないもの。
 それは生きたいという強い想いだ。
 あのアゲハ蝶はとても綺麗で、儚くて、僕は心を打たれた。こういう生命の輝きこそ、僕が求めていたものだったんだと、そう思った。
 そして生命の輝きというものは、限られた命にこそ宿るんだ。
 
 思えば、義手をつけ替えるときなんかもそうだ。
 当然、体の成長に合わせて義手はつけ替えなきゃいけないんだけど、つけ替えるときに、千切れた自分の右腕を見ることになる。
 そのたびにいつも、僕は事故に遭ったときのことを思い出すんだ。
 あのときのことはよく覚えてる。すごく痛かった。すごく怖かった。
 だけど、僕は本気で「生きたい」って思ったんだ。
 
 科学や医療が進歩して、人間は何年でも生きられるようになった。
 だけどその代わり、生きる喜びや、命の価値を見出せなくなっているように思ったんだ。
 そんな人間が蔓延してる世界は、僕には何もおもしろくなかった。
 僕はあのアゲハ蝶みたいな、生命の輝きが、命の強さがもっと見たかった。
 そして願わくば、その輝きを、生きたいという強い想いを、剥製のように保存したかった。
 
 かといって今の時代、他人の命が危険に晒されてる場面なんて、そう見かけるもんじゃない。
 人間以外だと、案外あっさり死んじゃうかぜんぜん死なないかってことが多くて、いつかのアゲハ蝶のような生き物はなかなかお目にかかれない。
 だから僕は、生死の境を自分から彷徨いにいくようになったんだ。
 具体的には、致命傷になる危険行為や、致死量ギリギリの薬物なんかを試した。
 その過程で顔に怪我を負って手術したこともある。君が顔を見ても僕だと気づかなかったのは、そのせいもあるかな。
 
 そんなあるとき、僕は『自殺幇助推進組合(じさつほうじょすいしんくみあい)』の存在を知った。
 死期の迫った人間、死が約束された人間を相手にすれば、生命の輝きを見ることができる、と思ったんだ。
 
 そして僕は組合の職員を志願して、3年前、無事に採用された。どうやら意気込みを買ってもらえたらしい。
 今年の春からはこの施設を任された。実際に人の命に触れられる部署だ。
 僕はまだ18歳だけど、一昔前とは違って、今は18歳でも立派な成人だからね。
 ここはいい職場だよ。毎日のようにいろんな輝きが見られる。
 死に際に儚く光る命を見るのは楽しいし、やっぱり生きたいと足掻く人の、燃えるように煌めく命を眺めるのはもっと楽しい。
 ついこの前も、やっぱり生きたいって必死に嘆願してた人がいたよね。『A120』さんだっけ。ああいう人を見るのが僕は嬉しくて、とてもぞくぞくするんだ。
 
  *
 
 ツバサくんは酔いしれるように話していた。
 一呼吸置き、再び機械の画面を一瞥すると、彼は落ち着きを取り戻した。
「よし、準備OKだ。お待たせ、『A127』さん」
 11年ぶりに再会したツバサくんは、私の名前を呼んではくれなかった。
 
 
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
 
次 → 『片翼の蝶と白昼夢』 第7章
 

カテゴリー: 作品, 小説
タグ: , ,

このエントリーをはてなブックマークに追加


Sponsered Link




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


閲覧いただきまして、ありがとうございます。

当サイト管理人、〝小説家兼絵描き兼ラジドラ脚本家兼音声編集者のニート〟の
脳内航海士(のうないこうかいし)と申します。
生きる自信も死ぬ勇気もありませんがよろしくお願いします。


『脳内航海』は、脳内航海士の創作&ブログサイトです。
小説、イラスト、ラジオドラマなど、あまり形式にとらわれずに作っていきたいと思っています。


=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

【お知らせ】

作品の通販を始めました。

購入はこちらからどうぞ
BOOTH『脳内航海士の作品売場』

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

作品はこちら
脳内航海士の作品一覧


Twitterもやっています。
たいしたことは呟きませんが、よろしければフォローお願い申し上げます。
■ Twitter:@Ju1yWhite__


死にたいとは思わなかったけれど、かといって生きることに執着することもできず、
自分に対する慰めと世界に対する答え合わせとしてこのような場を作りました。
ここで綴る言葉の中に、あなたに少しでも響くものがあれば幸いです。


初めての方は、まずこちらをお読みください。
『【はじめに】航海日誌の航海図』


自分なりの創作のヒントやメイキング、作品の解説なども載せていければと考えています。
『作品について ~創作の羅針盤~』


ざっくりとした自己紹介や、『脳内航海』の由来など
『自己紹介 ~脳内航海士って何者?~』

ニートになるまでの詳しい話
『出航前夜 その1 ~僕がニートになるまでの話~』

当サイト立ち上げの経緯や野望など
『出航前夜 その2 ~ニートが月収200万円を夢見た話~』

ブログ記事カテゴリー一覧
『脳内航海士の航海日誌』カテゴリー一覧


お問い合わせは お問い合わせフォーム もしくはメールにてお願いします。
■ Mail:bra.92in.cruise.0717●gmail.com
 (お手数ですが、● を @ に変えていただきますようお願い申し上げます)


2018年3月3日、サイトおよびブログを移転しました。
お手数ですが、新URLをブックマークしていただきますようお願いします。

Web『脳内航海』
 旧URL:http://braincruise.web.fc2.com/top.html
 新URL:https://braincruise.net/

ブログ『脳内航海士の航海日誌』
 旧URL:http://cruisediary.blog.fc2.com/
 新URL:https://braincruise.net/blog


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



このエントリーをはてなブックマークに追加


Sponsered Link



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です