2018/03/06

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【小説】『明日はきっと晴れますように』第5章 秋時雨

どうかあなたが、少しでも優しい夜明けを迎えられますように。
 
前 → 『明日はきっと晴れますように』第4章 雨籠り
 
最初 → 『明日はきっと晴れますように』プロローグ
 
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◆ 第5章 秋時雨
 
 
  ※
 
 私は学校帰りに、ときどき『あまやどり』に行くようになった。
 店内は、椅子の並びや小物の配置はおろか、常にカーテンを閉め切っているため光の当たり方もいつも同じだった。時間の感覚を忘れそうになる。
 変わっているのは、ノートの中身と、壁にかかっているカレンダーの日付くらいだ。
 
 
  9/9 (金)
  お返事ありがとうございます。
  高校3年生なんですね。
  受験ですか? 勉強、大変じゃないですか?
  あ、敬語じゃなくていいですよ。
 
  音楽は好きです。聴くのも、歌うのも好きです。
  CDがたくさん家にあって、いろんなジャンルの曲を聴きます。
  家にいるときは、よく一人で歌ってます。
  だけど、ごめんなさい。その歌手さんは知らないです……。
  そんな名前の方が実際にいるんですね! すごいです!
  今度調べて、聴いてみますね。
 
 
 この子は、あのアーティストのことは知らなかったらしい。まあ、デビューして1年が過ぎたばかりで知名度はまだまだこれからの歌手だから、無理もないかな、とは思う。
 
 2015年8月26日、彼女は『明日はきっと晴れますように』というシングルでデビューした。1年前、私は偶然その歌を間近で聴き、心が震え上がったのを覚えている。
 彼女はその後、1年間で3枚のシングルを発表。聴く人を惹きつける歌声や共感を呼ぶ歌詞が話題となり、10代から20代の若者を中心に、徐々に人気を集めていった。
 
 相手の子は本当に音楽が好きみたいで、たびたび音楽の話をしてきた。
 だけどこのとき以来、その人に関する話題が出てくることはなかった。私はその人以外の曲はほとんど聴かないから、残念ながら音楽の話を広げることはできなかった。自分で最初に話を振っておいてどうかとは思うけど、音楽の話題は適当に流すしかなかった。
 
 
  9/11 (日)
  ほかに何か好きなものはありますか?
  わたしは雨が好きです。
  雨は目に見えて、音が聞こえて、触れて、匂いがあって、
  感じることができるから、信用できるんです。
  わたしもずっと、日陰でひっそりと生きてきたんです。
  太陽は、あまり好きではありません。
  自分の心が晴れていないときに見る他人の晴れやかな表情ほど、
  嫌になるものはないでしょう?
 
 
 この子の意見は、頷きたくなるものばかりだった。まるで昔どこかで会っていたかのように、未来で会うことが約束されているかのように。初めて見るものを懐かしく思うということがあったら、きっとこんな感覚なんだろうな、と思った。
 
 返事を書いた。
 私も相手にならって、その日の日付と曜日を書くことにした。少しためらったけど、相手の言葉どおり、敬語は使わないでおいた。
 
 
  9/14 (水)
  私は空が好き。
  人工的な無機物とは違って、寄り添ってくれるような感じがする。
  太陽が好きではない、というのは私もなんとなくわかる。
  だけど、太陽と仲良くなれなくても、私は
  晴れた日に見える景色は好きだった。
  夜空とか、日の出や日の入りの頃の、紫がかった空とか。
 
 
 私の言葉に、相手の子はいちいち同意や感銘を示してくれた。私のことを、この子は悪く思ってはいないみたいだった。
 こんなことを書いていたこともあった。
 
 
  9/18 (日)
  そういえばわたし、ほかにも好きなものありました。
  境界線が好きなんです。
  国境とかって、もともと何もないところに、
  人間が勝手に線を引いてるんですよね。
  なくなってしまえばいいのになって思う一方で、
  でも何らかの理由で、それは必要なもので。
  人間の考えた跡や生きた証が、そこにあるんだと思います。
 
 『あまやどり』を出て左手の坂を下っていくと川があるじゃないですか。
  あの川って、隣の市との境界線になってるんですよね。
  それで、たしか篠月橋(しのつきばし)っていう名前でしたっけ。橋が架かってますよね。
  あそこ好きで、よく行くんです。わたし的に、パワースポットです。
  たぶんわたしは、境界線上に立ったり、境界線を越えたりするのが好きなんです。
 
 
 独特の感性をもった子だな、というのが率直な感想だった。
 この文章は、街の東側を流れるあの川のことを言っているんだろう、というのはわかった。川が市の境界線になっていることは知ってる。
 だけど引っかかるところがあった。橋? あの川に、篠月橋という名前の橋なんて架かっていたかな? まあ、川の土手を歩いて確かめたわけでもないし、おそらく私の知らないところに橋の一つくらいあるんだろう。私は特に言及することはしなかった。
 
 この子になら、胸に溜まっているいろいろなことを吐き出すことができた。自分と同じような、日陰に生きる仲間を見つけた嬉しさがあったのだと思う。
 彼女は、いじめを受けるようになったこと、どこにも自分の味方がいないこと、自分が世界と交わるのが苦手らしいということを書いてくれた。
 私も、小中学校時代に周囲から孤立するようになったこと、高校に入ったら劣等感に苛まれるようになったこと、人の声が怖くなったことなどを打ち明けていった。
 しだいに、暗い心の内も明かすようになった。
 
 
  9/29 (木)
  わたし、ときどき、死にたいって思うことがあるんです。
  でも、死ぬのは怖いな、ひょっとすると痛いかもしれないな
  って思うと、勇気が出ないんです。
  だから、生きることをやめたい、っていうのが正確かもしれません。
 
 
  9/30 (金)
  私も、なんで生きてるのかなって思うことがある。
  なんとなく生きて、なんとなく疲れて、
  私は何をやっているんだろうって思いながら一日を終える。
  だけど死ぬまでには至らない。
  生きた証を、どこかに残していきたいのかもしれない。
  あるいは、日の当たる場所にいたいっていう気持ちがあるのかな。
 
 
 決して会うことはないし、顔も見えないのだけど、相手はたしかに存在している。そう感じた。向こうも同じことを感じていたんじゃないかと思う。
 日陰者どうし、どこかお互いに共鳴するところがあるように思えた。
 
『あまやどり』にはいつ行っても、いるのはマスター一人だけだった。彼は必要最低限の言葉しか発さないし、〝交換日記〟の内容に触れることもない。長居をしても注意してくる気配はなかったので、私は『あまやどり』で参考書を広げたこともある。案外集中できるのだ。
 
 一度だけ、マスターがこんなことを言ったことがあった。
「心にも雨は降るのです。空から降る雨と違い、傘で防ぐことができなければ、自然にやむこともありません」
 それは珍しく、本当に珍しく、感情のこもった人間味のある話し方だった。ほんの少しだけ、遠い目をしたように見えた。
 
 1カ月ほどの間、彼女との〝交換日記〟は断続的に続いた。
 
 
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次 → 『明日はきっと晴れますように』第6章 こぼれ雨
 

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