2019/10/21

カテゴリー: ネタのタネ
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鬱って言われたけど症状そのものがつらいんじゃなくて不調を言語化できないことが苦しかった

 
2019年10月21日現在、27歳無職。
 
病院で「鬱ですね」と診断されました。
過去、別の病院では「抑鬱だね」と言われたこともあります。
 
 
思えば中1か中2くらいの頃から、「なんとなく体が動かない」「意味もなく学校を休む」ということがしばしばありました。
 
朝、目は覚めるのに、なんなら朝食もちゃんととるのに、外に出ることができない。
学校に行きたくないと思っているわけでもないのに、玄関のドアを開けるまでのハードルがものすごく高く感じる。
 
ある程度時間が経てば自然とよくなって、昼頃には外出できることもありました。
しかし夜になっても一向によくならない日もあったし、数日間続くことも珍しくありません。
ちょっと無理をして家を出て、一日中悪寒が止まらなかったり過呼吸になって病院に運ばれたりしたこともあります。
 
 
脳の指令を体が受けつけてくれない、といったところでしょうか。
心と体がとても遠く離れているような感覚です。
 
そして、僕はこんなとき、何と言ったらいいのかわからないんです。
 
 
体調が悪い、という感覚はありません。
風邪のような症状も出ていません。
強いて言うなら、少し寒気がしたり呼吸が乱れたりするくらいだと思います。それでも熱が出たときなどに比べればはるかに楽です。
 
(余談ですが、この記事を書く1週間ほど前、38度を超える熱が出ていました。しかし、そのときのほうが精神的には元気だったようにも思います。体は休みたがっているのに心はどこまでも走ってしまうような感覚でした)
 
頻度もまちまちです。
数カ月何も問題なく過ごせることもあれば、1週間に一度くらいのペースで休むこともありました。
 
 
そんな僕の様子を見て、高校までの頃は母が学校に「体調が優れないみたいなので休ませます」と連絡を入れていたものでしたが、僕はいつも「違う、そうじゃない」と思っていました(無理に学校に行かせようとしなかったのは感謝すべきなのだと思いますが)。
仮病を使って学校を休むようで、いつも後ろめたかったです。
 
当時は精神的な病ということは思いもせず、かといって内科などで診てもらうような症状でもなく、このような日はたいてい家にこもっていました。
 
 
 
働き始めても、この症状が消えることはありませんでした。
 
それこそ新卒で会社に入ったときは「もうあんなふうに休むわけにはいかない」と気合いを入れていたものですが、半年ほど経った頃にガタがきました。
 
同級生はもう社会人5年目とかになるんですが、僕は未だに「1年以上働き続ける」ことができていません。
 
 
「行かなきゃ」とは思っているはずなのに、体がまるでついてこない。
「仕事のためにも会社のためにも自分のためにもお金のためにも、行かないメリットはない」と頭では考えていても、外出すること自体がひどく億劫で、ときに恐怖すら感じる。
 
(逆に、動ける日はこんなことを考えるまでもなく会社に行けます。むしろ「あのときはどうして行けなかったけなかったんだろう」とさえ思います)
 
たとえていうなら、テスト勉強をしなきゃとは思うものの勉強する気が起きなくて、だけどテストが終わるまではテストに関係ないことはしてはいけないという強迫観念に襲われて、結局何もできないままただ時間だけが過ぎていく、みたいな感覚でしょうか。
 
 
いざ仕事を休む際、「熱があるので」などと嘘をつくのは気が引けて(一度くらいならよくても何度も同じ手が使えるわけではないし、休んだ分をどう埋め合わせしていくかを考えられる頭もありません)、かといって何も理由をつけずに「休みます」とだけ言うわけにもいかない。
 
結局何も言えずに一日が過ぎていきます。
 
傍から見たら無断欠勤。そう思うと罪悪感からさらに精神が不安定になり、遅刻や欠勤が重なりました(もっと言うと、仕事以外のことも手につかなくなります。このことについては後述します)。
やがて向こうから契約を打ち切られます。
 
 
同じことを何度も繰り返しました。
何度も退職・転職を経験しましたが、自分から辞めたいと申し出たことは一度もありませんでした。
「何か連絡は入れてよ」とか「社会人としてどうなの」とか、そんなことを言われたのも一度や二度ではありません。
 
嘘をつくこと何も言わないこと。どちらが問題なのか本気でわからない僕は、頭の中の天秤がとっくに壊れているのでしょう。
 
 
日によってはどういうわけか気分がとてもハイになることもあるんですが、そういうときに自分のキャパシティを超える約束を取りつけてしまい、数日後それが自分の手に負えないことに気づく、ということも少なくありません。
たちの悪いことに、それでも「まだ大丈夫」「自分にはできる」と思ってしまうこともよくあります。
(このあたりは躁鬱っぽい症状でもありますが、はっきり双極性障害と診断されたわけではありません)
 
自覚がなかっただけで幼い頃から狂っていた思考回路が、今になって致命的なバグを起こしているともいえるかもしれません。
 
 
 

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2年ほどのニートを経験したのち2019年の初めに復職したんですが、これを書いている2019年10月現在、再びニートという身分になりました。
 
ですが、「仕事がないから自由だ!」などという考えは微塵も湧いてきません。
 
仕事がないと仕事以外のことも手につかなくなるもので、「今こんなことをしていていいのだろうか」「友人どころか後輩にもどんどん置いていかれる」「この先の人生はどうなってしまうのだろう」という考えがいつも頭をぐるぐるしています。
とてもじゃないですが、心が安らぐことなどありません。
 
(中高の部活や文理選択などの時点から双子の弟と常に違う道を選び続けていたのは、せめてもの救いのようにも思います。今考えると、最も身近な「双子の弟」に対する劣等感で塞ぎ込んでしまうことを、無意識のうちに避けていたのかもしれません)
 
 
仕事内容も職場環境も非常によかったおかげもあり、復職してすぐの頃は何も問題なく働けていて、そのときには逆に精神が安定した感覚がありました。
それはおそらく、「働けない」ことによって生じるマイナス思考から解放されていたからでしょう。
 
しかしながら、やはり半年ほどが経った頃から次第に行けなくなりました。
 
 
「ゆっくり休んだほうがいい」とよく言われますが、休んだからといってどうにかなる問題でもないだろう、というのが僕の実感としては強いです。
いくら休んだところで、そのあと仕事が続くかどうかは「やってみなくちゃわからない」というのが本音です。
 
先述のとおり2年も休んだ末に復職しても、結局半年ほどしかもたなかったのですから。
 
 
多くの人を敵に回しそうですが、「働きたくない」と言っているのを見るとすごくモヤモヤします。
 
 
 
しかし、医者から鬱だと言われても、本当にそうなのだろうかという疑問が常にありました。
 
正確には、言われてすぐの頃は「ああそうだったのか」と楽になる気持ちもするのですが、しばらく時間が経つと「果たして本当にそうなのだろうか」と思ってしまう、という感じです。
 
 
一般的な鬱の症状が強く出ているわけではないし(申し訳ありませんが、当事者の体験談などにもあまり共感できませんでした)、鬱になる原因にも心当たりがない。
「普段はまったく鬱っぽくない」とよく言われるのもあるかもしれません。
 
業務の内容や働く環境に恵まれていても仕事が続かないので、単なる怠けでしかないようにも思えるんですが、それならそれでどう克服していけばよいのでしょう。(皆さんどうやって克服しているんでしょうか…?)
 
 
いっそ高熱でも出てしまえば、あるいは誰が見てもわかるほど重度の鬱にでもなってしまえば堂々と休んでしまえるのでしょう(もちろんそれはそれで別の苦しみがありますが)。
 
ですが、僕は不調の原因を言語化できないので何も言えません。
嘘を貫ける度胸があればよかったけどそれもない。
それどころか、「まだ大丈夫」「もっとやれる」と思ってしまって、助けを求めるタイミングをつかめないんです。
 
 
お金は大切だとは思うけど、僕のモチベーションはお金ではないのかもしれない。
何度同じことを繰り返すことになろうと、自己犠牲でしか状況を変えられないのかもしれない。姿を消すことでしか窮状を訴えられないのかもしれない。
 
それはとても不器用で、愚かなことだと思います。せっかく言葉というものがあるのにそれを使えないんですから。
 
 
失敗だという自覚もないまま同じことを繰り返し、自分でもよくわからないままクズの烙印を押される。
 
そんなことに今更のように気がついて、僕自身がどのように考えているかを整理したくてこのような記事を書きました。
(より正確にいうと、整理していたら2000字を軽く超えたので、これはブログに書いたほうがいいと思い記事にしました)
 
 
 
“社会で生きていくために求められることが100あるとして、70くらいあれば普通に生きていけるし、実際30くらい欠けていても問題なく生きている人はたくさんいるけど、世の中には「外していい30」と「絶対に外してはいけない30」というのがあって、僕は決まって後者を外してしまう”
 
みたいなことを以前Twitterで書きましたが、要するに僕はどこでどう力を抜けばいいのかがわからないんだと思います。
 
たとえるなら、ジェンガで、周囲の人は引き抜きやすいブロックを見つけてうまいことタワーを積み上げていく一方で、僕は引き抜くブロックの選択を(あるいは引き抜く際の力加減を)いつも誤り、すぐタワーを崩してしまう。そんな感覚です。
 
これはたびたび言っていることですが、僕に合わないものがあったとすれば、仕事内容でも労働時間でも一緒に働く人でもなく、社会というシステムそのものだと思うのです。
 
 
大切にしたいものを何度も失ってきました。
犠牲にしてはいけないものまで犠牲にしてきました。
これからも無意識のうちに誰かを傷つけ、裏切り続けていく気がしています。
 
 
こんな僕だから、もう常識的な生き方はできないかもしれない。
人並みの人生など諦めるべきなのかもしれない。
 
他人の目なんて気にしなければいい。
そう思いつつも、これを書いている今でさえ、この文章を読んだ人はどう思うだろうかという不安が消えません。
 
自分だけが生きていける道を選べばいいじゃないかと、そう割り切ってしまえれば楽なのですが、そのためにはまだまだ時間が足りそうにありません。
一生かかっても割り切れないような気さえします。
 
 
個性が尊重される時代だからこそ、こんな自分のことも認めてくれる人がいることを諦めきれないし、そうでなかったら「多様性」も「優しさ」も嘘っぱちだと思うし、もし自分に似た境遇にある誰かがいるのならその人にとっても救いがどこかにあると信じたいのです。
 
創作という行為も、そのためにやっている節はあります。
創作を「人生の捜索」だとか「世界に対する答え合わせ」だとか言っているのは、こういうところに由来があると思ってください。
 
(本当は創作でなくても、手段は何でもいいんですが、僕に思いついてかつ実行できそうなのがそれしかなかったのでそうしている、というのが正確なところです)
 
 
こんな考えの持ち主だからか「発達障害の傾向があるね」とも言われましたが、そのあたりの話はまたの機会に書こうと思います。
 
 
 
最後に。これは余談になりますが。
 
 
ライブに行くのが趣味なんですが、その手のイベントにも行けなかったことはあります。
ざっと覚えているだけでも片手では数え切れないくらい。遅刻も含めれば両手でも収まらないですね。
 
「絶対楽しい」「久しぶりに推しを生で見れる」「行かないと●千円のチケ代が無駄になる」「会場限定グッズ絶対にほしいのに」などといくら考えても無駄でした。
これもやはり「脳の指令が体に行き届かない」ような感覚です。
 
それから、僕は外出時、ほぼいつも帽子をかぶっています。
最初は「夏の日よけ」程度だったと思いますが、今では「帽子がないと落ち着かない」くらいになっています。
 
なんとなく覆われていたいというか、後頭部を何かで覆っていないと頭の中を覗かれているような感覚になることがあるんです。
厚着をすることが多かったり(10月中旬~下旬頃で長袖4~5枚。一応言っておくと、北国とかではなく関東在住です)、家ではパーカーのフードをかぶっていたりするのも関係しているかもしれません。
 
オフィスの中ならともかく、外では季節問わず帽子がないと不安になるため、スーツを着なければいけない仕事も今後できる自信がありません。
過去にパニック発作を発症したことなども考えると、接客や電話対応を主とする仕事も難しい気がします。
そうなると自ずと仕事は限られてしまうんですよね…。
 
とはいっても、ライブ会場では後ろの人の邪魔になるので、なるべく帽子をかぶらないようにしました。
自分も周囲も音楽に身を任せている環境だとあまり気にならないのと、何より帽子がないと心置きなくヘドバンができることを学習しました。
(代わりに首がおかしくなることが多くなりました……)
 
 
以上、余談でした。
 
 
 
気づけば4000字を超えていました。
長文におつき合いいただき、ありがとうございました。
 
 
それでは、今回はこのあたりで。
 
 

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